第158話 エルフの本気
レーリア国の北に位置するエルフ公国。その大森林の巨大な大樹をえぐって作った住居の大部屋。
そこでは巨大な円卓を囲んで大勢の者が、座席に座って沈黙していた。
「あの時の危機が再び繰り返されようとしています。我らエルフが人の家畜におとされそうになった、あの屈辱を」
「「「「…………」」」」
女王の宣言にたいして他のエルフたちは黙り込んでいる。彼らは全員が例外なく神妙な面持ちをしていた。
エルフたちはレーリア国を侵攻して、ゴーレム魔法の技術をすべて消した。それは事実、だが人間側の視点でしかない。
「レーリア国の人間はまた、ゴーレム魔法を以て我らが国を攻めようとするでしょう。ですが以前と同じように打ち破り、そのままレーリア王都まで逆侵攻します」
過去二百年以上も前であれば、些事とみなされ文献にもロクに記載されていない。だが……かつてのエルフと人間の戦争において、先に攻めたのはレーリア国だった。
「私たちは今回も勝利して、人の上位種であることを示し続けなければなりません。そうでなければ……少数の我らは即座に滅ぼされる。弱みを見せてはなりません、エルフは最強にして不可侵と思わせなければ」
女王は静かに事実を述べた。
エルフは個人単位なら優秀ではあるが、たかが五千人の国だ。そしてゴーレム魔法に凄まじく弱いという弱点もある。人間の国がこぞってゴーレム魔法を研究すれば、いつか必ず滅ぼされる。
そんな彼らが生き残る術。それはエルフは人を遥かに凌駕する存在と思わせて、人間たちにエルフに逆らうことを愚かと考えさせる。そうすることでゴーレム魔法の研究自体を、束縛するという狙いがあった。研究すればエルフが狙うと明言して。
「もはや演技は不要です。風よ、耳を潰せ」
エルフの女王が呟くと部屋の中を一筋の疾風が吹いた。
風魔法を使って盗み聞きしていた者の耳を消すために。
「怒りは心に宿し、感情に出さないように。速やかに、風のようにレーリア国を攻めます。一時間で支度しなさい」
「「「「はっ!」」」」
エルフたちは一斉に立ち上がって敬礼する。
彼らの表情にもはや嘲りなどはない。ただ真剣に戦う顔をしていた。
長寿であり数百年のときを生きているエルフ、その代表者たちが愚かなはずがない。ましてや一度は滅ぼされたかけた相手に油断などあり得ない。
ならばエルフたちのいままでの態度はなにか。
彼らの人間への酷い態度のうち七割ほどは演技だった。恨みなどもあったり勝利したのもあって、三割ほどは本当に思っていたが。
更に言うならばレーリア国に出向いたエルフたちは若い者ばかりだった。人から攻められたのを知らない者で、演技ではなく本当の意味で人を舐め腐っていた。
「ウインドコアを準備せよ! 我らが一年かけて貯めた魔力を、人ばらに見せつける時が来た!」
「他国に連絡を! 短期間でのレーリア国の拡大を恐れた諸国ならば、我らへの協力をするものも必ず現れる!」
エルフたちは時間間隔が狂っていて、一年ほどレーリア国の猶予を与えるフリをしていた。その実は戦争のための準備を整えている。
「なんとしても人間の兵を借りて、地中への対策をするのだ! 奴らは以前にゴーレムを地面に埋めて、不意打ちを仕掛けてきたことがあった! 風魔法は地中には効き目がない!」
「しかしどう対策すればよいのだ。汝が言ったように風魔法では対抗できぬ」
「普通のゴーレムならば近づかせずに吹き飛ばせるが、近づかれ過ぎては無理だぞ」
彼らは一年の間、絶えず情報を収集していた。
レーリア国のゴーレムのことに関しては、すべてを知り尽くしている。ベギラの飛躍のきっかけとなった戦い。アイガーク国とレーリア国の争いについても、徹底的に調査をし終えている。
「それについては私が策を弄しています。確かにゴーレムは強い、ですがそれは我らにとって天敵だからです。ならば、天敵でない者に戦ってもらいましょう」
エルフの女王の宣言に他のエルフはしばらく黙り込んだあと、その言葉の意図に気づいて目を剥いた。
「ま、まさか……人間の兵を使うと言うのですか!?」
「その通りです。私たちは腕力がないのでゴーレムの破壊は難しい。力に関しては人の方が優れているので、人間の軍にゴーレムを相手してもらいましょう」
「し、しかし……人間が我らに援軍を用意するとは思えませんが。それに信用も出来ませぬ」
エルフのひとりの言葉に他の者もうなずいた。
当然だろう、彼らからすれば異種族の人間など信じるに値しない。そんな彼らに女王は僅かに氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「なんのために一年待ったと思うのですか。すでに周辺諸国から人間基準で凄腕の傭兵を、借り受けることで話がついています」
「なっ……!? 人間が我らエルフの味方をすると!?」
「レーリア国は周辺国家から恐れられています。このまま大きくなられては困る国家が多数いて、彼らが少数ずつ派兵しているのですよ。露見を恐れて正規の軍人ではないようですが、個として優れている者達を」
レーリア国は周辺諸国から脅威に見られていた。
周辺諸国は恐れているのだ。もしレーリア国がエルフ国に勝ったら、周辺諸国を飲み込んでいくことを。いまのレーリア国はエルフ国がいるからこそ、周辺国家に手を広げていないに過ぎない。
なのでエルフ国という抑えがなくなれば、後はもう火を見るよりも明らかだ。
「なるほど……人間どもは我らに勝って欲しいと」
周辺国家からすれば逆にエルフ国がレーリア国に勝てば、なんのデメリットもなく助かるのだ。
エルフはゴーレム技術が発展した国以外には攻めない、それは歴史が証明している。そもそも五千の兵士では周辺国をすべて飲み込むなど不可能で、レーリア国の統治すらおぼつかない。
だからこそ周辺国家はエルフ国を支援する。ただしレーリア国が勝利したときも考えて、大々的な軍の派兵まではしないが。
だからこそ優秀な冒険者など――国が雇っていない傭兵の派兵だ。傭兵ならばエルフが雇った兵だと言い訳が出来る。
それにゴーレム相手なら雑兵は役に立たない。普通の兵士が持つ槍や剣や弓では痛手にならない。魔物などを相手にして、大剣などを装備した優秀な個がいた方が戦力となる。
――例えば風以外の魔法使いとか。
「レーリア国。貴方達は悲しい存在ですね。同じ人間国家にすら疎まれている」
ゴーレム対策をしたエルフたちは、必勝のために動いている。そこに油断も隙もなかった。
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エルフは自分達の国が種族の全てだから、ほとんど身内で争わない。
なので国家間で争う人間と比べて、自分達を有能と見ている節はありそう。次は周辺諸国のお話。
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