第151話 帰還


ツェペリア領でエルフを撃退したベギラたちだが、すぐにライラス領へ戻るわけにはいかなかった。


「それでー、なんでー、私の姪がひどい扱いを受けているのですかー?」

「い、いえそういうわけでは!?」


 ツェペリア領主屋敷の食堂。食卓の席にレイラスとベギラが隣り合って座っていて、対面でトゥーンが縮こまって空気椅子をしていた。


 レイラスの姪、イリアス・シルヴィア・ライラス。彼女はトゥーンの嫁に出されて数ヶ月は経っているのだが、いまだにツェペリア領になじめていない。


 それをレイラスは大きく問題視している。


「困るのですよー。貴方とイリアスが割れていると、私とツェペリア領の仲まで勘繰られるのですがー?」

「す、すぐに対処いたしますので!?」

「それが正室を相手にする言葉ですかー?」

「も、も、申し訳ありません!?」


 必死に頭を下げ続けるトゥーン。それをベギラは同情する目で見ていた。


(やっちゃったなぁ兄貴。レイラスも怒るに決まってる。強制的な婚姻だから相性とか関係なく決まったが、それでもなんとかして合わせないとダメだからな)


 貴族において自由恋愛は珍しく、基本的にはお見合い結婚で決まる。そしてその結婚は他の貴族家との関係構築のために行われることが多い。つまり貴族にとって恋愛結婚でないからうまくいかないは禁句だ。


 どんなに取り繕ってでもうまくやるのだ。少なくとも外面上は。


 もちろん貴族の男と言えども人間だ。相性の悪い女性は絶対に存在する。だがそれでも見せかけだけでも仲が良いと見せなければならない。


 内実は正妻とまったくうまくいっておらず、側室ばかり愛していたとしてもだ。正妻との仲の悪さはすなわち、正妻の実家ともうまくいっていないという宣言に等しいのだから。


「ただでさえエルフを相手に一致団結する必要があるのに、足を引っ張らないでいただきたいのですが?」


 レイラスは声を間延びせずに冷たく言い放ち、それを聞いたトゥーンは背筋をよりピンとさせる。


 つまりトゥーンは大失態を犯していた。レーリア国にとってエルフが外憂だとするならば、ツェペリア領での問題は国内の内憂だ。


 現在のレーリア国での現在の最大派閥は、レイラスの直轄地を除けばツェペリア領と言っても過言ではない。その最大派閥とレイラスが割れているとなれば、


「こうなればとりあえずやることはひとつですねー」

「な、なにをすれば……」

「イリアスを妊娠させなさいー。そうすれば膨らんだお腹が、夫婦間が崩壊していない証拠になるでしょうー」


 レイラスの発言は正しい。


 世継ぎができるということは、周囲に対して夫婦間が冷え切っていない証明としてもってこいだ。それに正妻との子供は早い方がよい。


 側室の子がかなり早く生まれて、その十年後に正妻の子が誕生する。それでもし当主が早死にでもしたら最悪だ。


 後継者争いが始まってしまうのだ。正妻の子は若すぎて領主を継げないからと、側室の子を後継者に推す勢力が出てくる危険がある。そしてもし側室の子が後継者となった場合、正妻陣営の貴族を追い出そうとするだろう。


 ひどいお家騒動に発展する恐れもあるので、正妻に早く子を産ませろというのは間違っていなかった。ただ問題があるとすれば。


「あ、あの!? ですがイリアスはまだ十二歳で……!」

「もうすぐ十三歳ですよねー?」

「どっちにしてもアウトだと思うのですが!?」


 イリアスの年齢であった。


 十三歳での妊娠は流石に危険であり、かつこの世界でも幼女好きのそしりを免れない。


「はぁ……スリーンはとくに問題なく統治できているようですね」


 レイラスの発した言葉によって場の空気が凍った。


 この場でいきなり脈絡なく発せられたスリーンの名。それが意味することはひとつしかない。レイラスは優秀な者は優遇するが、無能な者にはかなり厳しい。


 特に権力を握らせる相手にたいしては、二度目の失態はゆるさない。彼女は国を統治する者として、そういったことにはに厳しい。失態を取り返す努力をしないトゥーンは、レイラスにとっては本来ならとっくに見限っている対象だった。


 そんなトゥーンにまだチャンスが与えられている理由は簡単だ。レイラスはベギラをチラリと一瞥したあとに、ため息をついて席から立ち上がる。


「また数ヶ月後に来ます。それまでに仲たがいの噂を解消できないようなら、分かっていますね?」

「は、はひっ……」


 レイラスの冷たい視線にトゥーンは必死に頭を下げる。


「兄貴。俺がなにかゴーレムを……」

「ベギラ、手を貸すのはやめてください。この程度すら解決できない者なら不要です。行きますよ」


 そう言い残して食堂から去っていくレイラス。ベギラも少し気まずそうについていく。


「……やべぇ。どうすれば……」


 残されたトゥーンは死にそうな顔でつぶやくのだった。




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 そして廊下に出たレイラスは、後ろについてきたベギラにたいして振り向く。


「ベギラ、そもそもゴーレムでなにをするつもりなのですか?」

「いやなんかこう。二人を隣り合わせに乗せて移動できる、座席つきゴーレムでも造ろかなと。そうすればラブラブっぽく見えるし」

「……貴方は発想力がありますね」


 ベギラはレイラスの言葉の意図を理解していた。


 彼女がトゥーンに命じたのは、イリアスを妊娠させろということではない。仲たがいを噂されている状況を解消しろであった。


 孕ませろとはもっとも分かりやすい解決方法なだけだ。彼女とて鬼畜外道というわけではない。失態の責任を取れと命じていて、自分で解消方法が思いつかないなら言われたことをやれと告げているのだ。


 だがそれを分かりやすくは決して言わない。レイラスは自分で考えられる者を求めているがため、無能な者はふるい落としていく。彼女にとって人の上に立つ者とは、民のために優秀でなければならないという考えがある。


 これがレイラスの短所であった。彼女を理解する者でなければ分かりづらく、他人に恨みをかいやすい。冷たく残酷な君主に見えるのだ。


「あ、俺達用のも造ろうかな」

「…………帰りますよ。アイガーク王に調べものをお願いしていますし、王都に戻ったころには返事が来ているはずです」


 レイラスは二人並ぶ様子を想像してわずかに頬を赤く染める。


 彼女もまた少女であった。

 


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実はレイラスの対応は甘かったりします。

他家、しかも自分より格上の家から迎え入れた正妻冷遇はヤバイ。

日本だと徳川家康の息子の話が斬首されたとか。

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