第150話 歴史
「おいおいまじかよ……」
アイガーク王国宮殿、書庫の間。許可された者以外は入れない、重要書類が大量に並ぶ場所。
巨大な本棚が大量に並び、その中にはところせましと本が詰め込まれている。
アイガーク王はその中の一冊を開いていた。
(レイラスから古い本を確認してくれと頼まれたが、こういうことかよ……! くそっ)
彼は歯ぎしりしながら本をめくり続ける。記載されたあまりの内容に、額から汗を流していた。
「チッ。エルフ公国からすれば、俺の成り上がりすら好都合だったってわけか……! 歴史が知らない奴がトップに立つってのがよ……!」
アイガーク王は沸き立つ怒りを抑え込むように一息。そして読んでいた本を閉じて、片手に持って歩き始めた。
(やべぇぞ! この本に書かれていることが本当なら、群れたエルフどもは無敵に近い!? いや本だから尾ひれがついている内容かもしれないが、それでも注意は必須だ!)
いつもに比べて早足で歩く。並ぶ巨大な本棚の間をぬって、書庫の出口へと近づいていく。
「司書! 二百年以上前のレーリア国関係の書物をすべて集めろ! これは最優先事項だ!」
アイガーク王の大きな声による命令が書庫内にこだまする。だが返事はない。
(あん? 司書は入り口付近で待たせていたはずだが……)
違和感を持ちながらも歩くアイガーク王。
ようやく本棚の並びが終わって、入ってきた扉が目視できる。だが出口の扉の付近には、血まみれで倒れていた司書がいた。
アイガーク王はその状況を見た瞬間、腰に帯刀していた剣を即座に引き抜く。
彼は武で成り上がった者。戦士であったからこそ、動揺せずに周囲を睨むように見渡した。
本棚が並んでいるがゆえに隠れられる場所はいくらでもあり、獣じみたアイガーク王でも潜む者が分からなかった。
「何者だぁ!」
吠えるように叫んで威嚇する。物音ひとつない書庫内に、先ほどとは比べ物にならない声量がこだまする。だが返事はない。
「……俺の前の扉を塞ぐ一人。真後ろに一人か」
アイガーク王はつぶやく。するとその答え合わせをするかのように、耳の長い人間たちが二人。アイガーク王の言った通りの方向から現れた。
「見事だ。なぜ我らの配置がわかった?」
「風魔法で気配は消していた」
エルフたちはアイガーク王を挟むように移動する。その動きにまったく隙はなく、対するアイガーク王は彼らを睨みながらわずかに口角を釣り上げた。
「俺は鼻が利くんでな。戦場でもこの鼻のよさで生きてきた」
「嗅覚か。なるほど、たしかに風魔法で匂いまでは消してなかった」
「戦場で鬼神のごとく活躍できた理由、それが常人離れした鼻の良さか。蛮族王と言われるに値する力。だがその伝説は今日終わる」
エルフたちはダガーやナイフを取り出して構える。それを見てアイガーク王は内心で舌打ちをした。
(チッ。この本だなの並ぶ狭い場所じゃ剣を満足に振れねぇ。エルフどものナイフのほうがだいぶ使いやすい……。それにエルフと言えば凄腕で有名で、さらに数も負けているとなるとな)
アイガーク王は人間の中ではかなり強い部類に入る。王でなるまでは戦場では常に先陣を切って、大暴れしてきた武人だ。
とった首は百を超えたところからは数えるのをやめ、敵からはひたすらに恐れられた。そんな稀有な男だったからこそ、荒れた周辺諸国をまとめたアイガーク国を建国できたのだ。
だがそんな彼でも相手が悪い。エルフは人間に比べて腕力以外の大半が優れている。
彼らは永く生きるがゆえ、全員が武芸を数十年は学んでいた。並みのエルフの戦士ですら、人間の優秀な戦士に勝る腕を持つのだ。しかも例外なく魔法の才を持つ。
「おいおい。どうやってこの書庫に忍び込んだ? ここは王宮、見張りも多数いたはずだぞ」
「我らエルフにかかれば、人ごときにバレずに侵入するくらいは容易よ」
エルフはさも当然と告げる。彼らは暗殺者として非常に優れていた。
風魔法によって空を飛んだり、自分の速度を加速したり、気配を消したりとできることも豊富。正面きって戦う愚行を犯さず、また天敵さえいなければ恐ろしい存在だ。
(チッ、こいつら隙がねぇ。両方倒してってのは無理だな。書庫の内部の音は外には聞こえねぇから騒いでも援軍は期待できねぇ。そもそも外にいた護衛は殺されてる可能性が高い……自力でなんとかして逃げるしかねぇな……)
アイガーク王は瞬時に行動を決めて、前方のエルフを睨んだ。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
アイガーク王は咆哮し、真っすぐに突撃して剣を振り下ろす。
エルフはその剣を回避。ナイフでアイガーク王の首を刎ね飛ばそうとするが、獣のような動きで空中で無理やりに身体を翻して回避される。
アイガーク王は床に転がると瞬時に立ち上がろうとした。後方からのエルフのダガーが振るわれる。
それはアイガーク王が立ち上がった時、ちょうど彼の首を刈り取るように振るわれた。だが。
「なっ!?」
アイガーク王は立たずに動きを止めた。まるで後ろに目がついているかのように、エルフの攻撃を予期して行動を変えたのだ。
エルフの一瞬の隙。それを見逃すほど愚かではない。
「おらぁ!」
「「なっ!?」」
アイガーク王は隙のできたエルフを背負い投げて、もう片方のエルフへとぶつけた。その隙に書庫の扉を開いて外に飛び出す。
「ぐっ……なんだあの男、獣じみている……!」
エルフたちは悔しそうな顔で立ち上がり、扉の外に見える廊下を睨んだ。
「……追いかけるか?」
「いや今からではさすがに難しい。それよりもこの部屋の書物を燃やしてしまえばよい。我らの秘術がレーリア国に伝わらなければよいのだから。しかし奴はどうやって背後からの攻撃を見切ったのか……」
「おそらく耳だな。あいつが我らの位置を把握したときも、叫んでこだまさせていた。ナイフを振る音などで判断したのでは」
「なら鼻が利くのは嘘か。人間め、我らをたばかるとは」
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エルフ君が負けてない……だと……?
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