第139話 周辺国の絶望


 ライラス辺境伯軍が王都を制圧してから八か月が経った。


 すでに王都はレイラスによって平穏無事に統治されていて、レーリア国自体もほぼ掌握されていた。ライラス領にとってこれ以上ないほどの進み具合。


 それは逆に言うと周辺国家からすれば脅威であった。


 レーリア王国の東に位置するイース国。


 そこの王城の玉座の間では、冠をつけてヒゲを蓄えた男が手紙を読んでいた。


「ぐっ……レーリア国の統治は完璧だそうだ」

「それは……好ましくないですな」


 玉座の側に控える大臣が暗い顔になる。


 イース国にとってレーリア国が膨れ上がるのは好ましいことではない。あの愚王の下で弱体化し続けた方が都合がよかったのだ。


 そうすればいずれレーリア国を奪い取ることも視野に入れていた。レーリア王とレイラスが争う時も、漁夫の利を得る魂胆で二年の停戦を結んだのだ。もしレイラスが統治に失敗すればその後に攻めることも考えていた。


 どちらが勝とうとレーリア国は必ず弱体化し、戦後復興には多大な時間がかかる。なのでこの内乱はイース国にとって都合がよい、はずだった。


 だがその目論見は木っ端みじんに砕けたのだ。


「あの愚王はともかくとして、レーリア王都は鉄壁の要塞だったはず! なぜあんなすぐに陥落するとは思うまい!? いくらあの愚かな男でも壁を柔らかくはしないだろと踏んでいたのに!?」

「まさかゴーレムがそこまで強力な兵器でしたとはな……」


 イース王家は愚王家とは違う。レーリア王都がどのように滅ぼされたかはちゃんと把握していた。


 だからこそゴーレム魔法の脅威を感じている。


「ううむ……やはり我が国でも速やかにゴーレム魔法使いを育てねばなるまい。もはやゴーレム魔法は価値がない魔法ではなく、凄まじくすぐれていると証明されたのだから」

「ははっ。しかしですな、わが国にゴーレム魔法使いはおりませぬ。まともに育つのにどれほどの時間がかかるか……」

「くっ……」


 ゴーレム魔法が低く評価されていたのはレーリア国だけではなかった。他国でもレーリア国ほどではないが、使い勝手のよくない魔法と敬遠されていたのだ。


 つまり技術を促進させようにも土台がない。土台を作るだけですさまじい時間を要してしまう。レーリア国のベギラの師事した師匠のような存在は、イース国どころか世界中を探しても彼だけだ。


「れ、レーリア国に技術提供を求められぬのか!」

「最先端の技術をわざわざ広めるとはとても思えませぬ……仮にできたとして属国や従属、いやそれ以上を要求されるやも。少し前ならばもう少しよい条件を結べたかもですが……」


 大臣の言葉に王は反論できなかった。


 誰が好き好んで他国に最新知識を渡すだろうか、あり得ない。以前にアイガーク王国はレーリア国に従属したが、あれはかなりよい判断であった。


 ライラス領が困っている状況であったが故に、技術提供を得た上で従属できたのだから。もし今さらアイガークが従属しようとしていたら、イース王国と同じ状況になっていただろう。


「くっ……! な、ならばレーリア国のゴーレム魔法使いを引き抜いて……!」

「無理でございます……彼らは破格の待遇を受けております。あそこまで金をもらっていては、我らがよりよい条件を出しても引き抜くのは無理かと……下手にリスクを冒す必要もないわけで」

「ぐぎぎ……!」


 レイラスは金を惜しまずにゴーレム魔法使いに払っていた。


 もちろんイース国とてお金はあるので、特定のひとりを絞って更に多く払うことは可能だろう。だが現状で満足している者たちが、わざわざ裏切り者の汚名を被るだろうか。更に言うならば国を抜ける時には危険も伴う。


 技術漏洩を防ぐためにレイラスは生死問わずで妨害してくる。そんなリスクを冒して他国に逃げる者はほぼいない。


「な、ならば拉致や誘拐は!」

「優れたゴーレム魔法使いには護衛がつけられているようで……半端者ならば接触も可能でしょうが、連れて来ても役に立つかどうか」


 更にレイラスはゴーレム魔法を身に着けた者には、護衛などを用意していた。


 まだゴーレム魔法使いの数が少ないからこそできる芸当だが、これで他国からの間者を完全にシャットアウトしていた。狙いはもちろんレーリア国のゴーレム技術を、他国に比べてより進ませるためだ。


 ゴーレム馬車にゴーレム荷台はいくらあっても困らない。なので優れたゴーレム魔法使いもいくらいても困らないし、増えれば増えるほどもうかるのだから。


「ど、どうすればよいのだ! このままでは二年の協定が終わった後、逆に我らが攻められかねんぞ!?」

「れ、レーリア国の北にはエルフがいます。彼らはゴーレム魔法を嫌悪していますので、あの者らに勝利してもらえれば……!」

「そ、そうだな! エルフがおったな! あの者らの魔法は間違いなく強いし、我らがゴーレム魔法を促進しなかったのはエルフとの兼ね合いもあった!」

「ですが逆にエルフが負ければ……我らも降伏せねばならぬかも」

「…………なんでこうなってしまったのか」


 イース王はため息をつくのだった。


 ゴーレム魔法の急速発展。それはもはや他国の命運すら握るものへと進化している。


 そしてレーリア国とエルフ公国の戦いは、今後の世界の行く末を握りかねないものになりつつあった。

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