閑話 師匠ゴーレムの日常


 ベギラの師匠のゴーレム。つまりは師匠ゴーレム。彼の朝は深夜0時から始まる。


『うーむ。このゴーレムはちょっと強度に問題があるのう』


 レイラス屋敷の地下には岩の壁で作られた部屋がある。その師匠専用ゴーレム研究所(地下拷問室)にて、一体のゴーレムが研究を行っていた。


 この場所は元々拷問室だったのだが、師匠に貸し与えられているのだ。別に嫌がらせというわけではない。


 レイラスからすればこの謎ゴーレムが動き回っているのは見られたくない。師匠ゴーレムからしても、自分の姿を必要以上に晒したくない。


 つまり二人の意見が合致した結果、研究室が地下の拷問室になったのだ。やはり拷問に使われているだけあって不衛生でクサいが、師匠ゴーレムはゴーレムなので特に問題はなかった。


 薄暗いのも平気なので彼からすれば完璧な研究室だ。


『ほれ動け』


 師匠ゴーレムの命令に従って、二足歩行の細いマネキンみたいなゴーレムが、そこそこ機敏に歩き始める。ゴーレムがゴーレムの指示を出すのはシュールであった。


『うむ、やはり敏捷性は上がっておるな。じゃがやはり耐久性がダメじゃのう』


 師匠ゴーレムはブツブツと呟いている。


 彼はここから八時間ほどゴーレムの性能テストを行うのだった。そして日が照った頃。


『ふぅーそろそろ休憩するか』


 マネキンゴーレムへの指示をやめて、グルグルと右腕を回し始めた。そして更に手首がドリルのように高速回転していく。


 火花と回転の音が立ち始めていてもはや工事現場のようだ。


『弟子に聞いたドリルをうまく実装できれば、ゴーレムの可能性を更に引き上げることになる。車輪ができたなら次はこれじゃろ』


 そうして師匠ゴーレムは左手の上にゴーレムコアを作成した。近くにあった土に投げつけて、30cmほどのミニゴーレムが誕生する。


 そろそろお気づきだろうか。師匠ゴーレムにとって息抜きとは、研究の内容を変える程度のことでしかないと。彼は誇張抜きで一日の大半を研究にあてていた。


『ワシと同じ動きをしろ』


 ミニゴーレムは腕をグルグル回し始めるが、すぐにボロッと腕がとれて地面に落ちる。落ちた腕は土くれへと戻ってしまった。


『やはり土ではダメじゃのう。かといって鉄にすると今度は重くて回転速度に難が……』

「やはりここにおられましたか」


 地下室にメフィラスが入ってきた。彼は二つのティーカップがのったお盆を持って、師匠ゴーレムに対して微笑みかける。


『おおメフィラス殿。いかがなされたかな?』

「少しお茶でもいかがでしょうか?」

『ではお言葉に甘えて。机ゴーレム、椅子ゴーレムはこっちゃこい』


 部屋の端に立っていた机と椅子が、まるで犬のように四足を足にして走って来る。それを見てメフィラスは楽しそうに笑う。


「便利ですね。動く姿も可愛いですし、可能なら屋敷に入れたいくらいです。お館様は人の方がよいそうですが」

『あのお嬢ちゃんはゴーレムを信用しておらんからのう。まあワシも全てゴーレムにしなくてもよいとは思うわい。まあ座って』

「これは失礼」


 メフィラスは椅子ゴーレムに腰かけて、机ゴーレムの上にお盆を乗せた。師匠ゴーレムは疲労がないからか立ったままだ。

 

 そして二人は共にティーカップを手に取る。


「今日の紅茶は上等ですよ」

『それは楽しみじゃ』


 メフィラスはティーカップを口にした。師匠ゴーレムはのっぺら顔の一部が窓の用に開き、そこに紅茶を流し込んでいく。


『うむ、これはよい葉じゃな』

「わかりますか。ところでどうやって味がわかるのですか? 仕組みがまるでわからない」

『ワシの身体の一部に神経をつくったんじゃ。そこから味も頑張って流しておる』

「いやはや貴方はどこに行きつくつもりですか?」


 呆れるメフィラス。対して師匠ゴーレムはしばらく腕を組んで考え込んだ後。


『行けるところまでじゃ。じゃが後ろに誰もついてこなくてよい。いやむしろ誰もついてこない方がよい』

「自分の中だけの技術にすると?」

『その通り。ワシはゴーレムを極めるためにいくらでも学ぶが、それはワシが知りたいだけのこと。弟子たちに負の遺産を残すつもりはない』

 

 師匠ゴーレムはかなり真剣な声音だ。彼にとって絶対だと言わんばかりに。


「そうですな。我ら老人が若者に何でも残す必要はない。残したいモノだけ残して、後は墓まで持って帰りましょう」

『うむ。じゃがワシは不老なので、何もなければ永遠に生き続けるがの』

「それはそれで困りものですね。終わりがなければ大変なのでは?」

『いやまだまだゴーレム道に終わりはないからのう』

「そうですか」


 二人はクツクツと笑い合う。


 ゴーレムと人間のお茶会(IN拷問部屋)。この奇怪な会はたまに開催されている。もちろん互いに忙しい身なので毎日とはいかないが、数日に一度くらいは行っていた。


 彼らもまた同年代の話が合うものと会話したいのだ。特にライラス屋敷は若者が多いし、しかもメイドなど女の比率が高い。この二人同士でしか話は合わないのだから。


『メフィラス殿。ワシに何かあったら我が弟子のことを頼みたいですのう』

「ははは。私の方がよほどはやくなくなるでしょうに」

『いやいや。ワシとて不死身ではありませんからな』

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