閑話 トゥーンは頭が上がらない


 ベギラから手紙が着た。王都に攻め込むので大勢の兵を出してくれ、という内容だ。ただし兵糧は少なめでよいし軽装で十分だと。


 これは俺に箔をつけるためだろう。新たなレーリア国王となるレイラス女王、その夫であるベギラ。その兄、つまりは一門かつツェペリア領主の俺が大勢兵士を用意すれば、周囲の貴族からの覚えもよくなる。


 それに多くの兵士を用意したということは、今回の戦いにより協力したことになる。今後にライラス辺境伯が国を統治する時に、俺に対してより多くの褒美を集められるというわけだ。


 軽装なのはどうせベギラがお得意のゴーレムで何とかするからだろう。つまり兵数という見栄えだけよければよいと。三千人もの軍を連れてきたツェペリア領主、と褒めたたえるための筋書きが欲しいだけ。


 レーリア国は大きく動くのだろう。だが、今の俺にとって、それよりも遥かに大事なことがあった。


 屋敷の前で俺とジーイはとある賓客を待っている。


「い、いつ来るんだ……ああ、胃が痛い……」


 俺がここまで胃を痛ませる理由。それは簡単だ、今日ここに俺の正妻がやってくるからだ。あのレイラス女王の姪、どう考えても粗末に扱える存在ではない。やらかしたら俺は暗殺されてもおかしくないのだ。


 しかも会うのも今日初めてなので余計に恐ろしかった。


「落ち着いてください。妻と初めて会うのですから悲痛な顔はやめてください」

「悲痛というより胃痛だけどな……」

「どちらでもよいので満面の笑みで笑ってください。ベギラ様ならどんな美人が来るか興奮して待機しているでしょう」

「あの心臓に毛の生えた奴と一緒にするなよ!?」


 ジーイがものすごく無茶ぶりをしてくる。いや無理だろ、相手は女王陛下の姪だぞ……俺はベギラみたいに心臓に


 本当に早く来て欲しい。このままでは賓客というよりも刺客としか思えない。


 俺の胃が死ぬまえにはやく……と考えていると、ガラガラと馬車が走ってきた……! 来たか……! 俺は背筋をびしっと伸ばして、人生最高クラスの礼を意識する。


 かかってこい! どんな怪物だろうが相手になってやる!


 俺が息をのむと同時に馬車は屋敷の前へと到達し……そのまま通り過ぎて行った。


「って別馬車かよ!?」

「ははは、そういうこともあります。おやまた別の馬車が」


 ジーイの言葉通りにまたさっきと同じような馬車がやってくる。ジーイの言う通りどうせまた他の馬車だろう。だって普通の馬車だから。


 よく考えればわかる、ライラス辺境伯の姪ならばゴーレム馬車でやってくるはずだ。馬車より遥かに優秀なものを、姪がもらっていないわけがない。


 そんなわけで少し気を抜きながら空を見ていると、馬車が俺達の目の前で止まった。…………あれ?


 そして馬車の御者台に乗っていた男が降りてきて、馬車の扉に手をかけて開いた。


 そこから出てきたのは輝くような銀髪を肩まで伸ばした、美しい人形のような少女だった。見た目こそ十二歳くらいの小柄だが、ものすごい気品を感じる。歩く動作などの一挙一動だけ見ても、怖ろしいほどに洗練された動きだ。


 これは間違いなく幼い頃から礼儀の訓練を行っている。俺がいくら頑張って礼儀を気を付けても、自然体である彼女の足もとにも及ばない。


「私はイリアス・シルヴィア・ライラスです~。よろしくお願いいたします~」


 イリアス様は俺に対して深々と頭を下げてきた!?


 やばい!? 俺も頭を下げかえす! 角度だ! お辞儀の角度をイリアス様よりも更にあげなければ!


「いえいえいえいえ!? 私はトゥーン・ボーグ・ツェペリアでございますぅ!? イリアス様どうぞこの屋敷を差し上げますのでください!?」

「イリアス様。この屋敷はこれから貴方様の家でもあります。我が家と思っておくつろぎください」


 俺のな言葉をジーイが変換する。俺はこの屋敷本当に差し上げるつもりで言ったけどな!?


「はい~。ありがとうございます~。それとトゥーン様、妻である私に様づけも敬語も不要です~。夫を立てていきますのでよろしくお願いします~」

「は、はひっ!? よろしくお願いしますっ! では屋敷にどうぞ!」


 俺はイリアスさ……イリアスを屋敷内に案内するのだった。


 くそぉ!  このお方に対して屋敷の格が釣り合ってねぇ!


 スクラップ領主め! 上流階級のお方招くように、もうちょっとまともな屋敷作っておけよぼけ!


 イリアスはもう態度からして俺とは格が違うね!? 新たな土地でも全く動じてないし、少女の人間として負けた気分だな! 流石はレイラス様の姪!




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 屋敷に与えられた個室で、イリアスはベッドに腰を下ろして息をついていた。


 彼女は少し不安な様子で落ち込んでいる。


「叔母様……私、本当にうまく妻になれるのでしょうか~……不安です~……」


 イリアスはレイラスとは違う。礼儀作法こそ身に着けているものの、普通の十二歳ごろの少女であった。


 本来ならトゥーンはもっと夫として、彼女を慰めて慣れさせなければならない。だがアレはイリアスを怖がっている。今後の彼女の前途は多難なのであった。



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トゥーン兄貴仕事しろ。超人的な人物の姪だからって、姪も超人とは限らないです。

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