第136話 裸の王様
「に、逃げるぞ! ここにいたら踏みつぶされてしまう!」
余は焦りながら王城の廊下を走っている。後ろには財務卿と護衛の騎士が二人ほど付き従っていた。
この騎士たちは財務卿が連れてきた子飼いの者らしい。全身鉄鎧を着こんでおり肌をいっさい晒していない。それに余を前にしてロクに礼もせずになんと無礼なと思うが、緊急事態であっては言う時間も惜しい!
「王よ。どうされるおつもりですか?」
「この城には王家にのみ伝えられている隠し通路がある! そこからなら逃げられるはずだ!」
淡々と他人事のように告げてくる財務卿。
こやつは阿呆か! あの巨大ゴーレムに踏みつぶされるというのに!
正門と城塞が破られただけならば、まだ王都の民や兵士で時間を稼ぐ選択肢はあった。エルフの援軍が来るまで耐えれば済む話なのだから。
あの女狐とて必死に抵抗する同じ国の民衆を、迂闊に殺せるはずはないのだから! だがあの巨大ゴーレムは流石に卑怯だ!
あんなのがいては民衆を踏み越えて余が潰されるではないか!!!
更に急いで廊下を走って厨房へとたどり着く。そこの北側端の床に移動して「開け王の路傍よ!」と口にする。
するとガコンと床に穴が空いて階段が出現した。
「これは魔法の隠し通路だ! かなり遠くまでつながっているのでここを通れば王都から脱出できる! 行くぞ財務卿! ここは逃げてエルフ公国に亡命し必ずや国を取り戻す!」
「なるほど、こんなところに隠し通路が。ちなみに隠し財宝の間などはございませんか?」
「前にも言ったじゃろ! そんなものは流石にない! あったら逃げる時に全部持ち出すわい!」
まったく財務卿は何を言っておる! さっさと逃げねば踏みつぶされるというのに!
その財務卿はブツブツと何かを告げながら、ワシをにらみつけてきた。今までに見たことのない視線をぶつけてきたのだ。
「わかりました。ではもう……よいですね。ゴーレム騎士たちよ、王を捕縛せよ!」
「……は?」
ついてきてた二人の騎士が、ワシの両腕を抱きかかえてしまう。み、身動きがとれぬ……!?
「貴様ら何をしておる! 放さぬか! 城の兵士ならば余の命令を聞けっ!」
「ムダです。その鉄鎧たちはゴーレムなので、貴方の命令など聞く道理はありません」
ゴーレムだと!? この鉄鎧たちはゴーレムだというのか!? ば、ばかな……いやよくよく見れば兜の目穴の中が空洞だぞ!?
「財務卿!? ワシを誰だと思っておるのだ!? それにゴーレムとはいったい何を!」
財務卿は余の怒りに対してため息をついた。そして見下すような視線を投げかけてくる。
「亡国の元王ですね。そのゴーレムはレイラス女王陛下からお借りしたもの。普通の兵士では貴方の命令に従う恐れがありましたが、絶対に裏切らない者をお借りできました」
「な、なにを言って……財務卿、まさか寝返ったのか!?」
あり得ぬ! 財務卿は余の側近だぞ!? 仮に余が敗北すればこやつも一緒に殺される、一蓮托生の者のはず!
だが財務卿はふっと小さく笑ってうなずいた。
「そのまさかです。あなたには愛想がつきました。私は和平や停戦を申し込もうと進言いたしましたのに無視されましたから。いくら何でもあの状況で徹底抗戦など無謀の極み」
「き、貴様もあの女狐に殺されるぞ!?」
「ご安心を。私は助命してもらえる確約を得ていますので。土地や財産などほぼ没収ですが、それはもはや致し方ありません。ここまで来れば流石に諦めるしかない。己の無能さを噛みしめてね」
財務卿は冷めた笑みを浮かべた後、再びワシにニコリと微笑んだ。
「それで私の助命の条件が貴方の身柄、それと可能な限りの城の情報の確保でした。ですのでこうして貴方が必死に逃げるのを待っていました。城門が破壊された時点で逃亡すると思っていたのですが……」
「き、貴様! 王都が包囲された時点で寝返っていたのか!?」
「そうですね。そのおかげで色々と見えたものがあります」
自嘲気味に笑った後、更に財務卿は言葉を続ける。
「外から見ると呆れますね。少し前までは私も貴方と一緒に、ここまで無能な行いをしていたとは……。わが身となると分からないものです……」
なんというものいい! 王である余を前にして何という無礼!
「よ、余を無能を申したか!? そこに直れ! 首をはねてやる!」
「ははは。ではゴーレム騎士たちよ、元王を外に運んでください。しかし我々が勝てないわけですね。このゴーレムたち、どんな命令にも忠実に従うのですから。忠誠心を養う必要もなく、兵士の練度を上げる必要もない。理想の兵士です」
ゴーレムたちは余を宙に上げて歩き始めた!? 必死に身体をばたつかせるがこやつらビクともせぬ!? こ、このままでは余は……余は……!?
「は、放さぬか! 余を誰だと思っておる! レーリア国王なるぞ! 無礼者!」
「だからゴーレムに言っても無意味ですよ……彼らは私の命令しか聞きません。より上位の命令者がいたら、更にそちらに従うそうですが。いやはや、軍の指揮系統も完璧ですね。ではレイラス女王陛下の元に向かいましょうか」
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!? やめろぉぉぉぉ!? 余は、余はあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
こんな、こんなことがっ! こんなことがあってたまるかっ!?
余はレーリア国王! この国で! 最も偉い! 男なのに!
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