第134話 まな板の上の王家
王都が完全包囲された日のレーリア王城の玉座の間。そこでは王が珍しく真剣な表情で玉座に背を預けていた。
「ライラス辺境伯が身のほどもわきまえず、この王都を包囲してきおった。しかも我が娘たるアイリーンの名を借りてだ」
「…………」
財務卿はその言葉に無言でうなずく。
「くだらぬ、実に下らぬ。アイリーンは確かに余の娘だが、所詮は第三王女。権力も権威もないに等しく、ただのあの女狐の操り人形! いやそれこそゴーレムだ!」
王は怒りを混ぜた声音で叫ぶ。
彼とて人の親である。娘を利用されたことに怒りを覚えていた。
「我が娘を脅して大将にしたに決まっている! 余は父として何としても娘を救わねばならぬ! そのために最強の作戦を考えついた! 包囲しているライラス軍を蹴散らして、そのまま逆侵攻する策を!」
王は知らない。アイリーン第三王女もむしろ積極的に協力していることを。
彼の頭の中はもはや自分が正義という発想で塗りつぶされていた。対して財務卿は暗い顔で恐る恐る口を開いた。
「さ、最強の作戦とは……?」
「まずは籠城して時間を稼ぐ! そうすればエルフの援軍が来るし、諸侯も戦費の負担から忌避感が出てくるはずだ! その時勢を見極めて王都から打って出て一転攻勢を仕掛ける!」
籠城とは援軍が来るまでの時間を稼ぐために行うものだ。援軍までこらえてから反撃するという王の考えは理にかなっていた。問題はエルフが見捨てているのでいくら待っても援軍が来ないことくらいだ。
「し、しかしエルフからの手紙の返信がありません。本当に援軍は来るのでしょうか……」
「包囲されて手紙が届けられないだけだ。盟友たるエルフが余を見捨てるはずがない! 正義である余が負けることなどあらず!」
王都が完全包囲されたことここに至っても、なおも王はレーリア国最大権力者の自覚があった。逆賊たるライラス領に負けるはずはないと。
財務卿はその様子を見て更に顔を青くした後。
「あ、あの……王よ。王都がすでに包囲されている状況です。ここは敵軍と交渉してみるのもよいのでは……」
財務卿は必死に言葉を絞り出した。王は「は?」と目を見開いているが、財務卿は更に言葉を続けて行く。
「ほら、例えばアイリーン第三王女に王位を譲る代わりに、王都に危害を加えるなと交渉するのです。さすれば王の面目も立ちますし、民からの信頼も……」
「財務卿、お主は阿呆か? ぼけてしまったか? 簒奪者に交渉などあり得ぬ!」
「しかしこのまま王都が陥落すれば、それこそ無条件での敗北になり……」
「この王都が! 数百年続くレーリア王家を支える都が! 簡単に落ちるわけがなかろう!」
レーリア王都は完璧を誇る城塞都市だった。
強固な壁は敵を寄せ付けない上に、五十を超える魔法使いを戦力として抱え込んでいる。城攻め側にとっては攻めずらい都市ではあった。天下の名城などとは言えないが籠城するには十分過ぎる。
「明日から見ておくがよい! ライラス領はこの城塞を攻略できずに、尻尾を撒いて出て行くはずだ! 無理に包囲を続けるならば、外から来る援軍と共に挟み撃ちにしてくれるわ!」
王は豪語した。そうして翌日、ライラス領による攻城戦もといゴーレムパフォーマンスが開始される。
王は籠城一日目ということで玉座で優雅に紅茶を飲んでいる。その仕草は王だけあって洗練されてはいた。
「さてライラス軍はどうしておる? やはり兵を使って門に仕掛けて来たか」
「それが……報告によると兵たちは下がらせて、ゴーレムだけで正門を攻めていると。まずは小手調べといったところでしょうか」
「相変わらずの人形遊びよの。あの小娘にはお似合いじゃわい」
実は正門での戦いはずっと声で中継されているのだが、王城にだけは聞こえていなかった。レイラスがあえて遮断していたのだ。
この王都攻城戦においてなお王家は情報差をつけられていた。もちろん王が前線に立つなり、もう少し戦場に興味を持って目視で確認すれば防げた話だ。
だが……それができるならこんな状況には陥っていない。
そんな中で兵士が玉座の間に飛び込んできた。王は許可すら求めず勝手に入室する態度に眉をしかめる。
「無礼だぞ! 勝手に玉座の間に入るなど! 余を誰と心得る!」
「も、も、申し訳ありません! ですが緊急事態です! 正門陥落いたしましたっ!」
「……は? 何を言っておる。そんなはずがなかろう! あの丈夫な城門が一日で破られるはずがない!」
「しかし鉄の爪を持つゴーレムに穴をあけられて、そこからこじ開けられて……! す、すぐにお逃げください! ここにも敵がなだれこんで……」
「あり得ぬ! 余は認めぬ! 余はレーリア王! この国で最も偉大で偉い者であるぞ!」
兵士の諫言も王は拒否する。
だがそのまま翌日になっても、ライラス軍は王都内に攻め入ってこなかった。玉座から逃げなかった彼の行動が正解になったのだ。
「ほれ見ろ! あの女狐も余の威光の前では何も出来ぬのだ!」
「…………」
「所詮はただの小娘よ! 余の前ではな! それにこの王都はレーリア国だ! つまり奴らが王都を蹂躙すれば自国民の虐殺になる! 奴らもそんなことは流石にできぬ!」
彼ら、いや王は知らない。ただひたすらに舐めプされていただけだと。
もはや王家は敵としてみなされておらず、ゴーレムの力を示す当て馬として考えられていることを。
「この戦、余に負けはない! 何故ならば余は王であるからだ!」
何の根拠もない王の叫びが、玉座の間にむなしくこだまするのだった。
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次話から隔日更新にします。
60話くらいにもそろそろと言ってましたが、何だかんだで134話まで毎日更新してましたね!
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