第124話 王家詰む


 レーリア王城の玉座の間。そこでは王と財務卿が機嫌よくワインを飲んでいた。


「ラレヤ盗賊団をライラス領に派遣してから二ヶ月半か。そろそろベギラの妻とやらを捕縛できたかの。余たちと散々苦しめた盗賊団に、王家の兵まで貸してやったのだから失敗はあるまい」

「当然でございます。しかもエルフたちまで動いでくれているのです。むしろこれで暗殺できないなどあり得ませぬ」


 彼らは酒ではなくて己の策に酔いしれていた。厄介な強敵を味方にする王道展開を行ったが故に、負けるはずはないと確信していたのだ。


 ラレヤ盗賊団は王都近辺を数年荒らした猛者。エルフにいたっては人の及ばぬ力を持った一騎当千とうたわれる怪物だった。


「その二組を相手にして勝てるわけがないのう。流石のワシらでさえも暗殺されそうじゃ」

「恐ろしい戦力を持った暗殺者集団たち……もはやベギラの側室の誘拐どころか、ライラス辺境伯も暗殺されておるやもしれませぬ。できてなくてもライラス領は盗賊団によってズタボロでしょう」

「むぅ。それは少々もったいなかったな。あの女狐に首輪をつけて飼えればさぞ愉悦だっただろうに。まあよい、手紙の準備はできておるな?」

「もちろんでございます」


 彼らは先の動きを考えていた。


 ベギラの側室つまりメイルを捕縛できたならば、それを人質にして脅していく。もしライラス辺境伯すら暗殺できたならば、敵の頭が消えた間にライラス派の大部分を寝返らせる。


 完璧な計算だった。まさに捕らぬ狸の皮算用。そんな彼らの計算の答えがすぐに訪れる。


「た、大変でございます! 至急の連絡ですが入ってよろしいですか!?」

「構わん、入れ」


 許可を得た兵士が玉座の間へとなだれ込んでいき、王の前に跪いた。


「捕縛成功の報告か? ならば待て、どうせならとっておきのワインを飲みながら報告を聞きたい。勝利の美酒だな」

「勝利報告を酒の肴にするとは流石は陛下」

「ち、違います! ほ、報告しますっ! ラレヤ盗賊団、ならびに派遣されたエルフの双方が全滅いたしました!」

「「…………は?」」


 王と財務卿は顔をひきつらせたまま笑っている。報告が理解できずに表情が変わらないのだ。


「ははは、冗談はよせ。ライラス辺境伯の軍が壊滅の間違いだろう? ラレヤ盗賊団は猛者な上に、我らの兵士まで貸し与えて……」

「じ、事実でございます! 早馬にて報告が入りました!」

「………………ふざけるなぁ!」


 王はもう耐えられなかった。敗北報告に激怒して絨毯を踏み鳴らして激昂する。


「そんなことがあってたまるか! あのラレヤ盗賊団とエルフだぞ!?」

「そうだ! その報告の信ぴょう性はあるのか! 疑わしいにもほどがある!」

「し、しかしライラス領に忍ばせた間者からの報告で……」

「それが怪しいと言うのだ! そう簡単に負けるはずがない面々だぞ!」


 ラレヤ盗賊団は王家を長年苦しめた難敵。なればこそその強さに絶対の信頼を置いていた。エルフに関しては今さら言うまでもない。


 そんな彼らが簡単に潰されたなど到底信じられるものではない。


「すぐに正しい情報を得てきなさい! 急げ!」

「は、はいっ!?」


 兵は財務卿に命じられて逃げるように玉座の間から飛び出していく。残された二人は顔に激怒の色を宿していた。


「ふ、ふざけるなよ! もうたくさんだ! 余は勝利報告しか聞きたくないのだ! 財務卿! お前も余が怒る原因を作り続けるなら……もはや無事ではすまぬと考えよ!!」

「は、はへっ!? た、ただちに正しい情報を集めますゆえ!」

「それと諸侯にも連絡せよ! 偽情報に踊らされるなと!」


 彼らはまだ知らなかった。


 すでに盗賊団やエルフが壊滅したどころの話ではないことを。


 レイラスが荷台ゴーレムを使って動きまくっていて、とっくに諸侯たちには王家がエルフや盗賊団たちと繋がっているのが知らされていた。


 更にアイリーン第三王女とベギラの婚約まで完了していて、それもすでに諸侯に連絡済み。もはやライラス領が現王家を滅ぼす大義名分も構築されている。王家がライラス領から馬を出して連絡が届く間にだ。


 もはや現王家討伐軍の編成段階にまで入っているのだが、それを彼らが知るのはまた一ヵ月近くかかるのだろう。すでに王手を決められていることにすら、彼らが気づくには長い時間が必要だ。ライラス領ならば数日でわかる。


「す、すぐにやりますゆえ!」


 財務卿もまた逃げるように玉座の間を飛び出して行った。


 そして急いで自宅の屋敷の執務室へと戻すと、席に座って爪を噛みながら考え始めた。


「ま、まずいまずいまずい……まさか本当にラレヤ盗賊団とエルフの暗殺部隊が壊滅した……? 信じがたいがこれまでのことを考えるとあながち嘘とも思えぬ……!」


 財務卿は少し前からライラス領に対して、停戦や和睦交渉を考え始めていた。


 彼は王ほどの無能ではないが故に、劣勢になり始めていることくらいは理解できている。


「か、考えろ考えろ……もし私がライラス辺境伯ならばこの後にどう動く…………はっ!? まさか王女を神輿にして王家討伐の名分を得るつもりでは!?」


 財務卿はとうとうレイラスの策を思い至った。とうとう彼は彼女に追いつけたのだ。なお二ヶ月遅れ、すでに諸侯には婚約発表のお手紙まで届いているのだが。


「アイリーン第三王女に手紙を送れ! ライラス辺境伯の妄言に付き合ってはならないと!」

「すみません、お手紙が届いております」

「手紙など後にしろ!」


 執事に対して財務卿は怒る。だが執事は首を横に振った。


「ですが……差出人が……」

「誰であろうが優先すべきはアイリーン第三王女で……!」

「ライラス辺境伯からなのですが……」

「な、なんだと!?!?!? あの女狐が私個人に何を!? ええい貸せ! すぐに見る……!」


 レイラスの王家、そしての策。その最後の詰めが始まるのだった。

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