第121話 フレイアの葛藤


「はぁ……」


 私はライラス様の御屋敷の庭で、思わずため息をついていた。


 先日の盗賊団との戦で失敗してしまって、師匠から叱られてしまった。師匠のゴーレムをいつも間近で見ていながら、彼の設計思想とは相反するモノをつくるという非を犯したのだ。


「ゴーレムは人を殺すためだけに造るものじゃない、か……」


 その言葉を聞いた時、心臓を叩かれる想いがした。自分がゴーレム魔法を学び始めた理由を思い出せと。


「失敗ですっ……師匠に合わせる顔がありません」


 私は師匠に、スクラプ領で見た巨大ゴーレムに憧れていたのだ。


 巨大ゴーレムそのものが恰好よかったわけではない。あのゴーレムによって血を流さずに戦が決したことに、私の理想を見た気がした。


 戦争である以上、当然だが戦死者は出てくる。それは仕方ない、むしろ私たち魔法使いは敵に多大な被害を与える側だ。でも私は人を殺すのはあまり好きではない。


 敵を徹底的に焼いて降伏させることで味方の被害を減らす。それが戦場に出た魔法使いが最も命を助ける方法と思い込んでいた。だが師匠に魅せられたのだ、それは違うのだと。


 あの戦では巨大ゴーレムが出現することで、スクラプ領の軍が完全に崩壊して逃げ纏った。そしてまともに戦わずに降伏して、敵味方ともに血は一滴も流れず……正確にはひとり潰されたけどそれ以外に被害はなかった。


 潰された人は自業自得だろうから仕方ない。


「……叱られても仕方ないですっ。私は今まで散々、師匠の背中を見て来たのに」


 スクラプ領の戦だけではない。


 王家との争いだってそうだ。馬車ゴーレムの性能を見せつけて、諸侯を自陣営に寝返らせ続けている。アイガーク国に至っては荷台ゴーレムを製造して、戦わずして国を従属させてしまった。


 湧き出てくるエルフとの戦いですらも、師匠は相手を殺していない。ゴーレムは壊されても構わないから、本来ならリスクのあることでも容易くやり遂げる。


 今回の盗賊団相手だってそうだ。絶対に勝てる相手に対して、殺すことだけ考えたら虐殺だ。それは……私が以前に否定したスクラプ領主とまったく同じ。


「結局、私にゴーレム魔法の才能はないのかも……」


 師匠に憧れた。凄まじい性能のゴーレムを作り出して、なるべく血を流さずに勝つ師匠に。もちろん彼だって戦争となればゴーレムで人を殺すこともあるだろう。


 だが殺す必要がないなら殺さない。助けられるなら助ける。そんなことができる人だから弟子入りした。私は当初の目的を忘れて、人を殺すためだけのゴーレムを造ってしまった……!


「このゴーレム屋敷すごいなぁ……」


 先ほどのエルフの大捕り物も見ていた。エルフは本来なら一騎当千とうたわれる恐ろしい存在であるはず。その五人がかりをも師匠はたやすく捕縛してしまうのだ。


 殺すよりも捕縛する方がなお難しい。不可能に近いのにそれでもなお成し遂げる。そんな師匠のことが私は…………す。


「フレイア」

「!?」


 後ろからの声に思わず心臓が跳ね上がった。反射的に振り向くと……師匠がそこにいた。


「し、師匠!? な、なんでしょう……」


 気まずくて視線をそらしてしまう。対して師匠は私をじっと見てくる。


「……前の盗賊退治の時、怒ってすまなかった」

「そ、そんな!? 謝らないでください……悪いのは私と理解してるので……むしろ私のアレを見逃したら、師匠じゃないです……」


 むしろ謝らないでほしい。それが師匠なのだから。


 後ろからヌッと大師匠もやってきた。


『ワシもすまなんだ。実は弟子……ベギラと話しあってな。ワシらは忙しさのあまり、フレイアのことをそこまで面倒見られてなかったと。特にゴーレム魔法では人を殺さないという考えを、

「…………俺はフレイアに対して、ゴーレム魔法の技術だけ教えていた。本当にすまない。あれで叱られても理不尽だよな……」

「ち、違いますっ……! 私が自分で気づけなかったから……」


 確かに師匠は直接は言わなかった。でも彼の背中を見ていれば気づけたはずだ。


 師匠は殺すことを主目的にしないゴーレムを造り続けて、私はずっとそれを見続けていたのだから。そして何より……そんな師匠に憧れて私は弟子入りしたのだから。


「本当にすまない、今後はもっとフレイアのことも考えていく。まだまだ教えたいこともある」

「師匠……」


 ……こんなことを考えてはいけないのだろう。でも本音を言うと……嬉しく感じてしまう。憧れの人が私のことを考えてくれていることに。


 綺麗な妻が三人もいらっしゃる師匠に対して、弟子としてでも視界に入っていることが嬉しい。


「だから出来れば俺の弟子として残り続けて欲しい。俺にとってフレイアは大切な存在なんだ」


 この言葉が女性相手ではなくて、弟子への言葉だとしても、憧れの相手から大切と言われることが……何よりも嬉しくて、気が付くと涙が流れていた。


「ひっく……はいぃ……私、師匠のことが好きです……! これからも御側に置いてください……!」

「ありがとう、フレイア。じゃあこれからは更にビシバシ行くぞ。お前も俺に言いたいことや希望があればどんどん来い」

「は、はいっ! 頑張りますのでご指導お願いしますっ!」


 これからもゴーレム魔法のことを頑張っていこう。それとせっかく師匠が希望があれば来いと言ってくれるのだ……あわよくば、師匠の側室を狙うのは……ダメ、かな?


『そういえばちょっと聞きたいのじゃが。嬢ちゃんは他から引き抜き来たりしてるのかの?』

「し、師匠!? 今それを聞きますか!?」

「あ、先月は十通くらい引き抜きの手紙が来てましたね。読まずに燃やしましたけど」

『なん……じゃと……? わ、ワシは今まで一通ももらったことがないのじゃが……? 弟子に負けとるのじゃが……?』

「そりゃゴーレムに引き抜きの手紙を送る人はいないかと……」



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忘れがちですが師匠は別にコミュ力高くありません。

ベギラに対してもしっかりとは教えておらず、たまたま二人の考え方が合致していただけです。考えが合わなかったら師弟関係はすぐ崩壊してたでしょう。

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