第115話 弟子の失敗


 俺達の軍は洞窟から少し離れた平野に陣取っていた。泥ゴーレムたちが盗賊を攻めているのを見守りながら、後方の森を警戒し続けている。


 泥ゴーレムたちはよい働きをしてくれている。何よりその泥の身体をまとわりつかせることで、盗賊たちを生け捕りにできるのが。


 今後の俺の主戦力ゴーレムはこいつらにしたい。普通のゴーレムだと力が強すぎて意図せず殺してしまうことがあるからな。


『弟子よ。お主の泥ゴーレムはよいな』

「ありがとうございます、師匠。我ながら会心の出来です」

『泥だからねばりついて敵を飲み込み捕縛できる。よいぞよいぞ』


 師匠ゴーレムが絶賛してくれる。師匠はなかなかにヤバイ人だが決して人命を軽視しない。ツェペリア領でミクズの手下たちに無双していた時も、なんとひとりたりとも殺していないのだから。


 もちろんその意思は俺やフレイアにも受け継がれている。ゴーレムとはあくまで人間を便利にするために使われるものであって、人間を壊すのを目的に造るものではないと。


『ではワシの新作も見せようかの』

「わ、私も!」


 師匠の言葉にフレイアが追随する。彼らの新作ゴーレムは軍の後方にいるのでまだ見ていない。というか見ないようにしていた。


 特にフレイアはこれが初オリジナル、どんなゴーレムかすごく楽しみだ。でも俺の泥ゴーレムに勝てるかな?


 そんなことを考えていると後方から叫び声が聞こえてきた。


「おおおおおおお! ラレヤ盗賊団別動隊参上!」

「覚悟しやがれ! 俺達盗賊団が全員殺してやらぁ!」

 

 森から大勢の男たちが出てきて、俺達に向かって襲い掛かって来る。俺達を怯えさせるために大声で叫び、上等な剣に鎧を着て綺麗に隊列を組んで……いや絶対に盗賊の動きじゃないだろ。


 ならずものがそんなによい剣を揃えられるとは思えないし、隊列を組めるほどの練度はない。どれだけ盗賊としての練度が高かろうが、しょせんはならずもの集団なのだから。


『待っておったぞ! 行け、ワシの新作よ! 奴らを捕らえよ!』


 師匠が叫ぶと同時に、後方に襲い掛かっていた男たちの前にゴーレムが出てきた。だが形状がおかしい、いや待てあれは……!?


「なっ!? しゃ、車輪のついたゴーレムですって!?」


 馬車の荷台に木で構成された腕が生えた、本当の意味での荷台ゴーレムだった。地面をカラカラと車輪を回して移動している!


 車輪、それは俺が匙を投げて諦めたゴーレムの形状だ。どうしても軸を回しての移動がイメージしきれず、普通の足を生やした荷台ゴーレムにした経緯がある。


 結果的にはどんな悪路だろうが走れるし、超速いゴーレムができたので怪我の功名だったが……師匠は完成させたというのか!?


 思わず師匠に視線を向けると、彼は胸をはってドヤ顔をしている。いやゴーレムだから表情なんて分からないけど態度が。


『弟子よ、今のワシは人間ではない』

「間違いなくそうですね」

『故に分かるのじゃ。普通の足でなくても動く感覚がな。ぶっちゃけるとこないだ腕に車輪つけて、回してみて感覚掴んだ。こんな感じ』


 師匠の両手がドリルのように回転していく!? 確かにこの腕に車輪をつけて、地面を走り続ければ感覚を掴めそうだ……! 人間技じゃないけど!


「さ、流石は師匠……!」

『ゴーレムになった利点は生かさねばな。ワシもまだまだ発展できるわい!』


 この車輪ゴーレムが量産できれば、荷台ゴーレムよりも魔力コストが低くて移動能力の高いゴーレムが造れるかもしれない。俺はこの人を師匠に選んでよかったと思う。未だに越えられない壁であり偉大な師匠だ。


 車輪荷台ゴーレムは盗賊に突撃すると、大きな腕でわしづかみにして自らの身体である荷台に放り込んでいく。


「な、なんだこいつ!?」

「た、たすけてくれぇ!?」


 馬車から生えた腕に掴まれて、荷台に飲み込まれていく盗賊たち。なんか絵面が完全にホラー映画の類だなぁ……。


『うーむ。移動と捕縛を設計思想にしたが、やはり車輪では小回りが利きづらいのう。戦いに使うならコストが重くても足の方がよいのう』

「あ、それなら荷台ではなくて、小さなボディに車輪をつけるのはどうですか? 例えば馬くらいの大きさで車輪」

『おお! それも面白いのう! 小回りがきくようになりそうじゃ!』


 師匠は腕を組みながら車輪荷台ゴーレムの暴れを見学している。そのうちバイクゴーレムが爆誕しそうだな。


「わ、私のゴーレムを見てください! 会心の出来ですよ! 前に出て!」


 フレイアが叫ぶと更に数体のゴーレムが前に出てきた。


 なんとそのゴーレムは燃えていた。いや違う、全身が炎だけで構成されている。


「フレイムゴーレムです! 私の得意魔法の炎を活かしました!」


 すごく得意げな顔をしてくるフレイア。炎の身体のゴーレム……恰好よいのは認める。でもちょっと微妙な気もするが……使い道は……。


「……戦場では火種を用意するのも大変だし、普段はかまどとかで使う感じか? 火だと物は持てないもんな。でもこんなところに出しても使い道が……」

「え? いえ普段になんて使いませんよ? だってこのフレイムゴーレムは……」


 フレイムゴーレムは前進していき、盗賊のひとりに抱き着いた。え? いやちょっと待て、それだと……。


「た、たすけ! あ、あち、あち、あ…………」


 燃えて焦げて苦しみながら死んでいく盗賊。思わずフレイアを見ると彼女は笑みを浮かべていた。


「どうですか! このゴーレムなら反撃されずにいっぱい燃やせます! 戦場で大活躍間違いなしです! 無敵で……」

「フレイア、すぐにあのゴーレムを下げろ」

「……え? いやあのフレイムゴーレムの真価はここからで……」


 なおも食い下がるフレイア。でもこれはなぁ……。


「ゼロ点だ。こいつはゴーレムとして失格だ」

「な、なんで……」

「このフレイムゴーレムの設計思想、人を殺すことだよな?」

「は、はい……戦場で大活躍できて、かつコストの低いゴーレム……」

「ゴーレムはな。人を殺すためだけに造るものじゃないんだよ」


 困惑しているフレイア。だがここで言い含めておかねばならない。


 俺だって戦場でゴーレムを暴れさせていた。でもあくまでそれは自動車を戦場で使うようなものだ。ゴーレムの最大の利点にして特徴は、造ったら他のことでも役に立てること。


 敵を殺すことだけ考えたゴーレムなんてただの殺戮人形でしかない。


『ワシのゴーレムはな。元々は物運びや乗り物を想定しておる。ベギラのゴーレムとてだいたい乗り物や運び用じゃろ。泥ゴーレムは戦争用ではあるが捕縛用途じゃし』

「あのフレイムゴーレムなら、例えば夜間の照明やかまどの火とかで使って欲しい。最初から人を殺すためだけのゴーレムはやめてくれ」


 泥ゴーレムが前方の盗賊を襲って捕縛しつつ、後方では師匠の車輪荷台ゴーレムたちが敵を荷台に閉じ込めて無双している。


 俺や師匠の根底にあるのは人命尊重だ。もちろん俺達の造ったゴーレムが人を殺すこともあるが、それは結果的に殺傷能力を持ったゴーレムが人を殺したに過ぎない。


 ゴーレムは色々な使い道がある。普通のゴーレムは重い荷物を運べるし、アイスゴーレムは冷凍運輸できる。荷台ゴーレムは言わずもがな。


 以前に造った巨大ゴーレムに関しても、敵を降伏に追い込むためのものだった。


 包丁でも人は殺せる、だが用途のメインはあくまで食材を斬ることだ。フレイムゴーレムの設計思想は、最初から人を燃やす想定になってしまっている。


「ご、ごめんなさい……」

「俺も言ってなかったからな。今度から気を付けて欲しい」

「ぎええええええ!?」

「助けてえええええ!? 泥に飲まれるぅ!?!?!?」

「おえええぇぇぇぇぇぇ!?!?!? 降ろして……おろしてうえええええええぇぇぇぇ」


 盗賊たちの悲鳴を聞きながら俺はフレイアを叱るのだった。


「……ところで師匠。車輪荷台ゴーレムはわりと拷問なのでは? 荒っぽい運転で間違いなく乗り物酔いで、たぶん中は地獄絵図ですよ……?」

『ワシが自分で飲み込まれて試した時は大丈夫じゃったが』

「そりゃ師匠は酔わないでしょう……」


 これでとりあえずラレヤ盗賊団は壊滅できるだろう。



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フレイムゴーレム自体が悪いわけでもなく、戦争で使うのがダメなわけでもない。

フレイアの設計思想と想定運用方法が、ベギラたちと合わなかったと。

ベギラならフレイムゴーレムを敵の食糧庫に突撃させたり、食事時の火だねに使うみたいな。


フレイアは元々普通の魔法使いなので、魔法は戦争で扱うものという認識が強いですからね。


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