閑話 トゥーンの正妻


 俺はトゥーン。弟であるベギラの活躍によって、何故かツェペリア次期領主が確定した次男だ。


 改めて考えると色々とおかしい。まず長男はどこにいったのか、次に弟が出世して何故俺がツェペリア領主になるのか。だがもう気にするのはやめた。


 それよりも遥かに大事なことが目の前で起きているからだ。


「私はヨナス領の……」


 元スクラプ領主屋敷の応接間、そこでは俺と四人の少女が同席していた。


 俺ひとりが机の左、残り全員が右。俺に対して四人の女の子が相対する形だ。人数が釣り合わなさすぎる。


「私はペタン領の……」

「エーウ領の……」


 令嬢たちが俺に自己紹介をしてくるが名前が覚えられない。申し訳ないが許して欲しい、なにせこのお見合い会は一日に三回、それが四日連続で行われている。


 つまりこの四日間で三十六人の女性と知り合った。しかも皆が貴族の派手な姿のために、逆に特徴が薄くなってより覚えづらい……! 


「初めまして、トゥーン・ボーグ・ツェペリアです……」

「恰好よいお声ですわね!」

「見た目も凛々しい! 流石はツェペリア領主様ですわ!」


 すごく露骨なべた褒めに辟易してしまう。毎回無理に褒められて胃もたれしそうだ。


 何故こんなことになっているのか。それはおよそ二週間ほど前にさかのぼる。





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「トゥーン様、そろそろ妻を決めませんとマズイかと」

「…………」


 執務室で仕事していたら空耳が聞こえてきた。


 気のせいなので書類にサインを続けて行く。


「そろそろ妻を決めませんとマズイかと」


 ジーイが俺の横まで歩いてきたが気のせいだ。失せよ雑念、俺に万物を無視する集中力を与えたまえ……!


「トゥーン様! そろそろ!! 妻を決めませんと!!! マズイかと!!!!」

「う、うるさい!? 耳元で叫ぶな!?」

「露骨に無視されるからでしょう! 早く妻を二人はお決めになってください! 自由恋愛とか戯言抜かしている場合ではありません!」

「た、た、戯言じゃねーよ! 可愛い街娘と身分を隠して恋愛して結婚する予定で……」


 俺の言葉にジーイはこれ見よがしにため息をついてきた。


「どうやって身分を隠されるおつもりで? この地であなたの顔を知らない人は少ないのですぐにバレます。まさか他領地で身分を隠して旅行されると? 領地の経営も放置して危険なマネをすると?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

「夢見てないでさっさと貴族令嬢とお見合いしてください。ご安心くだされ。ベギラ様から荷台ゴーレムを一台預かっておりますので、お見合い相手のご令嬢を高速で交換できます」


 高速で交換とかもう者じゃなくて物扱いしてる……だから俺はそういうお見合い嫌なんだけど!? それに何で荷台ゴーレムがあるんだよ!?


「な、なんで荷台ゴーレムが……数少ないはずなのに」

「私がベギラ様に直訴しましたところ。兄であるトゥーン様のハーレムのためならと快くお貸しいただけました」


 べ、ベギラめ……余計なことしかしないなあいつ!? 


 俺はお前と違ってハーレム希望じゃないってのに! 

 

「ちなみに伝言です。『とうとう兄貴も目覚めたか。協力は惜しみません』とガッツポーズ込みで」

「あいつ今度会ったら一発殴る……!」

「そういうわけですのでさっさと妻を決めましょう。ご安心ください、変なのはお見合い前に省いておりますので。王家派閥だったり、平民上がりだったり身分が低いのは全部拒否です」


 ジーイは淡々と俺に死刑宣告してくる。


「待って!? 後半むしろ俺の希望条件なんだけど!? 街娘とか絶対そこに該当するよな!?」

「ははは。身分もわきまえずにお見合いを申し込んでくる相手など、ロクなのがいるわけないではありませんか」

「ち、ちくしょー!?」

「荷台ゴーレムをフル稼働して、様々なご令嬢とお見合いいたします。ご安心ください、ほぼ全員がトゥーン様(の身分)にホレておるでしょう!」

「待て、今こっそりと俺の身分って言ったろ!?」

「ははは、それこそ空耳ですな!」


 こうして超過密日程のお見合いが開始されるのだった。







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 そして今に至るというわけだ。


「トゥーン様は完璧に元スクラプ領をお治めなさっているとお聞きします。すごいですわ」


 ヨナス領のAさんが褒めてくる。


「普通の人にはできませんわ」

「有能な方はまとっている空気が違いますわね」


 ペタン領のBさんとエーウ領のCさん。いやもう誰が誰だか分からない。みんなド派手な衣装に似たような喋り方、それに俺をべた褒めではなぁ……。


 ……ところで端に座ってる娘だけ、何も言わずに不機嫌そうに黙り込んでいるんだけど。髪の毛も貴族令嬢にしては短く切り結んでいるし、ドレスも比較的地味だ。


「えーと……先ほどから喋ってないけど体調悪かったりするのかい?」


 思わず話しかけてみるとその娘はさらに顔をしかめた。


「……私はこのお見合いに好んで参加したわけじゃないのです。あなたも同じでしょう? 数日でこんな大勢相手にして、私が貴方の立場なら令嬢の顔も名前も覚えられないですから……互いに不干渉でいきましょう」

「なんて無礼な!」

「トゥーン様を前にして!」

「恥を知りなさい! 恥を!」

 

 不愛想な少女に対して、他の貴族令嬢たちは口撃を始める。だが俺としてはこの娘に親近感と興味がわいていた。他の令嬢と違っていたから。


「不干渉にしても名前くらいは知らないと困るでしょう。お名前は?」

「…………ファラです」


 俺は他の貴族令嬢の名前も言葉も忘れたがこの娘のことだけは覚えた。


 お見合いが終わった後、改めてファラの家に遊びに行った。そして徐々に仲良くなって意気投合し始めたのだ。


「俺は領主になりたかったわけじゃないんだ」

「私も以前は平民の母と街で生活していたのです。でも領主であった父がいきなり迎えに来て……母がメイドで働いていた時にお手付きされたらしく。それからは明らかに結婚のための道具扱いです」

「だからあの時はあんな態度を……すごく分かる……! 急に身分上げられても困るよな!」


 俺と彼女は待遇が似ていて話も合った。そしてあまり時間もないし、そこらの貴族令嬢よりはと結婚することになった。


「よし! これで正妻が決まったな! 後はまたいずれ妻を考える方向で!」


 俺は執務室で勝ち誇った顔でジーイに宣言する。


 流石のジーイも反論できないのかしばらく考え込んだ後に。


「まあよろしいでしょう。残りの一人はてきとうにそれなりの貴族令嬢を見繕います」

「ん? のこり一人? なら娶るのは二人でいいってことか?」

「はい。すでに正妻は決まっておりまして、側室にファラ様が入るので」

「………………………………………は?」


 ???????? どういうことだ?????


 ひたすら困惑している俺に対してジーイはニコニコと笑っている。


「トゥーン様の正妻はとっくに決まっておりますよ。お見合いの前からすでに」

「は? 誰? いや誰だか知らないがどこの馬の骨と結婚なんてしてたまるか! しかも正妻だなんて冗談じゃない!」


 ファラは家柄もよい! 母親が平民なのでちょっと身分は低いが、そこは俺の力でゴリ押せばいいんだ! 今の俺はツェペリア領主だからな! 


 更にいざとなればベギラの助力も求めてやる! あいつの一声があればそこらの木っ端貴族の声なんて無視して……!


「ご安心ください。馬の骨どころか、良き血統のお方です。誰からも文句は出ません」

「だから誰だよ! 俺は簡単には頷かないぞ! いざとなればライラス辺境伯やベギラに直接お願いしてでも……!」

「イリアス・シルヴィア・様です」

「…………すまん、空耳が聞こえたのでもう一度頼む」


 どうやら幻聴が聞こえたようだ。俺も歳かなぁ。


「イリアス・シルヴィア・ライラス様。ライラス辺境伯の姪に当たるお方ですね。現在のご年齢は十一歳になられます」

「おっぼぼだださだだだだあ!?!?!? な、な、なんで!?」

「ツェペリア家とライラス家のつながり強化のためでしょう。ベギラ様はもはやツェペリア領の枠から外れ気味なので新たな鎖を用意したと」


 開いた口が塞がらない。なんで? どうして?? 俺が何か悪いことした???


 ミクズの業まで押し付けられてない????


「べ、ベギラやライラス辺境伯に言って……」

「ははは、トゥーン様はご冗談がお上手ですな。最悪処分されますが?」

「……お、俺の自由は?」

「ははは。そんなものがあるといつから思われていたのですか?」

「そ、そんな……」


 俺はガクリとうなだれるのだった。

 


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ベギラに対して若すぎるからと避けられた少女が、兄のトゥーンに嫁ぐという謎ムーブ。どうしてこうなった、いや本当にどうしてこうなった。

トゥーンはそこまで急いで世継ぎ作らさなくてもよいから仕方ないね……。

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