王家粉砕編
譲れないもの
第111話 せっかくの時間が
アイガーク国から戻ってきて二ヶ月が経った。
俺達はリテーナ街の屋敷の食堂で朝食をとっているところだ。
「あまり食欲がないのです……」
メイルの顔色が悪い。彼女は少しお腹が膨らみはじめたのだが、あまり体調がすぐれてないようだ。
「ダメですよー。少し無理してでも食べないとー」
「そうそう。メイルちゃんの身体が弱ったらお腹の中の赤ちゃんも困るよ」
「が、がんばるです……」
メイルは辛そうな表情をしながら、フォークで野菜を食べ始めた。
「頑張ってくれメイル……何か俺にできることがあったら言ってくれよ?」
「もう十分してもらってるです。本来なら妊娠しても働かないとダメですが、あなたやレイラスちゃん、ミレスちゃんのおかげでしなくて大丈夫なのです。面倒を見てくれるお手伝いさんもいて私は幸せ者なのです」
「メイル……」
メイルが天使で辛い。でも働かなくてよいとしても大変なのは間違いない。
なるべく精神的負荷となるストレスは排除しないとな。
「今日は気晴らしに少し街に出るか? 俺もついていくからさ。お腹がもう少し大きくなったら外で歩くのも厳しくなるだろうし」
「……嬉しいです。でもお仕事は大丈夫です?」
「何とかする」
「答えになってないです。レイラスちゃん、大丈夫なのです? この人はたまに無茶することがあるのです」
メイルはチラリとレイラスに視線を向ける。おかしい、俺の言葉があまり信用されていない……?
「一日くらいなら何とでもなりますー。それよりメイルさんの体調の方が大事ですからー。ただ護衛はつけてくださいねー」
「……ならお言葉やこの人に甘えちゃうのです」
どうやら街は出れるようなので、なるべくメイルの負担がないようにしないとな。
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「というわけで珍しくゴーレムを近くで歩かせていない。あいつら目立つからな」
「本当に珍しいのです……」
リテーナ市街を俺とメイルは二人で歩いていた。厳密に言うとすぐ後ろに護衛の騎士がいるが、いないと思うことにする。ゴーレムに比べれば存在感皆無みたいなものだろ。
俺は少し違和感というか物足りなさを感じている。周囲からの視線がまったくない……いつもならゴーレム連れ歩いてるから注目の的なのに。
派手な服装をする大阪のおばちゃんの気持ちが分かってきた。なんか世界から無視されているような孤独感がなきにしもあらず。もしくは女性の化粧みたいな、本来あるべきものがないみたいな。
「どうしたのです? ソワソワして」
「いつもなら色々と声をかけられて噂されるんだが、それがなくてなんか情緒不安定になってる」
「あなたが情緒不安定になってどうするのです!?」
メイルが少し大きな声を出すがやはり周囲から見られたりしない。
これが当たり前なのだが……むしろ視線を独り占めの方がおかしかったのだが……!
「慣れって怖いよな……うん」
「……気持ちは少しわかるのです。メイルもずっとメイドしてきたのに、屋敷に来てからはずーっと掃除とかしてないのです……それが当たり前と思い始めてる自分がいて……」
「わかる……」
「「はあ……」」
二人してため息をついてしまう。いや待て、気晴らしに来たのに曇ってどうする!? ここは俺の小粋なトークで場を盛り上げられるなら、わざわざ街に来てないだろ遊びに来たんだぞ!?
よし遊びだ! まずは酒場に行ってその後は賭博、みたいなクソコースを妊婦に進めるんじゃない! それは以前の俺の趣味コースだろ!?
それと俺はクズじゃない。賭博自体は別に違法でもないし、娯楽の少ないこの世界だとパチンコというよりもスポーツ観戦とかの方の趣味だ。
賭博ギルドをぶっ潰してからまともになったので、たまに遊びに行ってたりしただけだ。あくまでたまに。
「……メイル、どこか行きたい場所はあるか?」
「お買い物に行きたいのです。久しぶりに野菜や果物などを自分で見るのです」
「よしそれで行こう。どれだけ買い物してもいいぞ、お金は大量にあるし人手もゴー……いやあまり大量に買うと持てないかも……」
いかん、頭の中がゴーレム前提の思考回路になってる。荷物なんてゴーレムでいくらでも運べる感覚が強すぎる。
改めてゴーレム魔法優秀だなぁ本当に。
「くすっ。相変わらずあなたは変わらないです。元々メイルはそんなにお買い物しないのです」
「メイル……。あ、よく考えたら後ろの護衛の人に持ってもらえば」
「それだと護衛できないのです」
「確かに」
こうして俺達は露店を見回り始めた。メイルはたまに美味しそうな果物などを見て目を輝かせる。
「これは……昔食べて見たかったけど、お金がなくて買えなかったやつです!」
「買う?」
「買うです! 嬉しいのです!」
たまにメイルの希望に応じてお買い物だ。今なら市街の露店で出てるくらいの品物なら、金の心配はいらずにいくらでも買えてしまう。
子供時代に高くて買えなかったものが、大人になって簡単に買えてしまう感覚に近いかな。
「あんたら! 久しぶりだね! アイガーク国で暴れたのは噂で聞いてたけど! ミレスちゃんも元気かい!」
以前にお世話になった果実屋のおばちゃんにも会いに来た。
彼女は今もなお普通に店を続けている。良質な果物を仕入れるので、うちの屋敷のメイド行きつけの店になってるらしい。
「あんたらのおかげでうちも安定してるよ。さあさあ何が欲しい? サービスしてやるよ!」
「ありがとうなのです。でもサービスはいらないのです。お金はあるのです!」
少しドヤ顔をするメイル。些細なことだが彼女が気分よくなっているならヨシとしよう。
何となくだが幸せな気がする。こうして懐かしい日常を久々に行うのは……。
「「危ない!」」
その瞬間だった。護衛の二人が俺達を守るように盾になって、剣で投げナイフを弾き飛ばした。
「……!」
「へへへ、死ねや」
俺達に向けて剣を向ける者が五人ほど現れたのだった。この幸せな時間をぶち壊しに。
ゴーレム作成してぶちのめした。
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ベギラを初手で倒さなければ、そこらの奴らでは相手にならん模様。
街に出るのは少し不用心では? に関しては、ベギラ自身が護衛みたいなものなので。
ゴーレム大量に出すから人間なら百人くらいで襲わないと話になりませんが、流石にそんな数を街中では無理でしょう。それにエルフが街中で奇襲するのはほぼ不可能です。長い耳が目立ちすぎて。
つまり初手だけ護衛が盾になって防げば後はゴーレム召喚で何とでもなる。
それもあって街に出るのが許可されたと。
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