閑話 騙された周辺国家たち


 レーリア王国の東に位置するイース国。


 そこの王城の玉座の間では、冠をつけてヒゲを蓄えた男が手紙を読んでいた。


「なるほどな。どうやらレーリア国は二つに割れるのが確定したようだ」

「やはりそうなりましたか。ではその手紙の内容は停戦協定ということですかね? ライラス領と王家のどちらからかは不明ですが」


 玉座に座る王に対して側近である大臣が質問する。王は小さく頷いた。


「ライラス領側から五年の停戦協定の申し出だ。だがそんなものを受けてやる筋合いは余にはない」

「仰る通りですな。レーリア国とライラス領が潰しあった後、弱っている間に我らが土地を奪えなくなります」

「だがその一方で困るのは、もし余たちが停戦協定を結ばなかった場合だ。その時は王家と再びくっ付くことも視野に入れているという」

「それは最悪の事態ですな」


 レーリア国は豊かな国で本来なら国力もある。なので他国としてはある程度弱って欲しいのが本音だった。


 それこそ王家とライラス領が再びよりを戻せば、他国に攻める余力も生まれてくる。国防上もっとも避けるべきことであった。


「そうであればここは停戦協定を飲むと?」

「そうなるな。だが五年は長い、二年程度だな。それで停戦協定が切れた後、攻めると脅して貿易で有利を取るのが無難だろう。迂闊に侵攻すれば我が国も被害を受ける」


 イース王は結論を出した。


 確かにレーリア国が二分すれば弱体化するだろう。とはいえ他国の土地を奪うのは簡単な話ではない。イース国とて周辺の国家がいるのだから、あまり隙を見せるわけにはいかないので派兵にも限度はある。


「王家とライラス領が潰し合うのだ。どうあがいてもレーリア王国は一時的に弱体化する。その隙をついて我らが得をするように動く」

「私もそれがよろしいと思います。下手に兵を動員して被害を出すよりも、レーリア王国に恩を売った方がよいかと」


 この後にレイラスがイース王城に赴いて、調印して正式な停戦協定が結ばれた。


 だが彼らは気づけなかった。ライラス領に潜む悪魔の存在を。


 調印から三ヶ月が経った頃だった。


「ば、ばかな!? アイガーク王国がライラス領に従属するだと!? そんなあり得ぬことがあるか! いくらライラス領が大きいと言えども、国ですらない一領地だぞ!?」


 王は思わず玉座から立ちあがり、報告役の騎士に叫んでしまった。


 アイガーク王国は蛮族国家と言われるほどに戦いに強く、そして野蛮な国だ。おおよそ停戦などという言葉がもっとも似つかわしくない。そんな国が戦わずして停戦協定など耳を疑うしかなかった。


「事実です! すでにアイガーク王から国民に正式に表明もありました! それと共に……ライラス領が悪魔のような兵器を開発したことも!」

「悪魔のような兵器? なんだそれは」

「ほ、報告をそのまま読み上げます。アイガーク国王都からライラス領までの距離を、僅か三日で踏破するゴーレムの荷台だと!」

「……すまない。もう一度言ってくれないか?」

「馬車の十倍ほどの速さで走る荷台ゴーレムです! 荷台に足をつけたゴーレムが、あり得ぬ速度で走れると!」

「そんなバカなことがあるかっ!」


 あまりに滅茶苦茶な報告に激昂する王。だが報告役の騎士は頭を下げるばかりだ。彼とて見た光景が信じられなかったのだから。


「お気持ちは分かります! ですが事実です! 複数の伝令役から同じ報告がありました! あり得ぬ速さで走る四足の荷台ゴーレムを!」


 騎士は必死に叫ぶ。責務である伝令を果たすために。


 王のそばに控えていた大臣は顔をしかめながら騎士を睨んだ。


「その報告、真に正しいのか? 全員が間者に騙されていた可能性もある。ことは極めて重大な内容だ、再確認して真偽の確認に努めよ」

「は、ははっ! 今すぐに!」


 騎士は礼をして玉座の間から出て行った。それを見てイース王は玉座に腰を下ろす。


「ふぅ……すまぬ、どうやら焦ってしまったようだ」

「どうぞお気になさらず。これが私の仕事でございますから。しかしもし騎士の報告が本当ならばコトですぞ」

「分かっておる。そんな化け物みたいな荷台が生まれたなら、国の運営から覆りかねないぞ。本来なら大嘘だと言いたくなるが……」

「我らがアイガークに派遣した伝令役は多くいます。全員が偽の情報をつかまされたか、捕縛されて替え玉……どちらにしても可能性は薄い」


 王と大臣は互いに深刻な顔をしている。


 彼らはあの僅かな報告だけでも、荷台ゴーレムの可能性をいくつか思い描いている。荷台ならば高速で物資や情報を運べるようになる。それは経済にしても軍事にしても、超有力な手札になるに決まっているのだから。


「まずは情報の精査。その後に対策を考えましょう。しかしこうなると停戦協定が厄介ですな……我々にとれる選択肢が限られてしまっている。それにライラス領は周辺国家とも手を結んでいるはずです」

「そうか、これを見越してライラス領は停戦協定を……。この技術を求めて攻められないようにと、ここぞまで隠しておったのか!」


 王はようやくレイラスの狙いに気づく。


 だが文字通りの後の祭りであった。すでに停戦協定が結ばれている以上、表立って敵対することは出来ない。更に時が経って荷台ゴーレムの性能が明らかになるにつれて、イース王はどんどん顔を青くしていくのだった。


「……なあ。荷台ゴーレムを持っているライラス領に勝てると思うか?」

「…………無理でしょうな。防衛の我らが兵を揃える前に、敵はこちらの王都まで攻め込んでくるでしょう。周辺国家全てと手を組めばあるいはですが……」

「それも難しいだろうな。二年の停戦期間の間にライラス領は持ち直す。そうすれば降伏する国も出てくるか……」


 ゴーレム荷台の力は対国家間のバランスをも崩していくのだった。

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