閑話 意外と世渡りがうまいスリーン


 ツェペリア城塞都市のとある屋敷の居間。


 平民にしては豪華、貴族にしては少し物足りない家具が揃えられた部屋。そこではスリーンと少女が仲睦まじく話し合っていた。


「アニィ。今日の晩飯はなんだい?」

「今夜は鶏肉の丸焼きですの。美味しく焼くですの」

「それは楽しみだ。アニィの料理は絶品だからな」


 アニィと呼ばれた綺麗な金髪の少し幼く見える少女は、エプロンを着て笑顔でニコニコと答えた。


 スリーンはすでに婚約していた。彼の元師匠である鍛冶の親方の娘と。


「しかし鶏肉の丸焼きとは豪勢だな。以前に親方のところにいた時じゃ考えられなかったよ」

「それはこちらのセリフですの。ビックリしたですの。まさかお父さんの弟子であったあなたが、ツェペリア領の代官になって告白してくるなんて」

「ははは、俺はずっと君に恋い焦がれていたからね。でも鍛冶屋の微妙な弟子じゃ無理だから」


 彼がベギラに説得されてツェペリア領の補佐になる時、自分の勤めていた工房の親方を領地に招聘して特権を与える権利をもらっていた。スリーンはそれを最大限に利用したのだ。


 ようはツェペリア領の代官の身分をもって告白した。


 当時のアニィはスリーンと知り合いではあったし嫌いではなかった。だが恋仲でもなかった。鍛冶師の弟子としての告白ならば断わられていた可能性もある。


 しかしツェペリア領の代官としてなら話は別。平民の娘にとっては考えられる最上に近い優良物件だ。


「私はてっきり、工房で一番腕のよい人と結婚することになると思ってましたの」

「それだと鍛冶師になったのが遅れた俺だと勝ち目は薄いからね。少し搦め手で勝負させてもらったよ」


 スリーンは少し自嘲気味に笑う。


 彼はトゥーンよりもツェペリア領に来るのを拒んだ。お世話になった師匠を慮ってと言っていたが、実際はアニィに惚れていたというのも大きな理由であった。


 だが鍛冶師としての腕では親方の一番弟子には敵わない。十年くらいで追いつけたかもしれないが、そのころにはとっくにアニィも結婚していただろう。だからスリーンはふって湧いて出た奥の手を使ったのだ。


「それに俺の弟は目的のためなら、使えるモノは大体使う奴なんだ。それで成功してるの見たから俺も真似して代官の座を使ったんだよ」

「あらあらですの。弟さんから学んだんですの?」

「そうだな。面と向かっては言わないが、俺はあいつが凄いと思ってるよ。幼い頃からハーレムにゴーレムにとバカにされ続けたのに、両方とも見事に叶えてるんだから……あ、でも今でも領民から少し甘く見られてるけどな」


 スリーンはクツクツと笑いだす。


 実際としてベギラはスリーンを利用して、この地を統治させてツェペリア領の安定を図った。ならばスリーンが逆利用するのもまた道理だ。互いに利用しあうというのは悪いことではない。


「それにさ、親方の一番弟子のあいつは愛する恋人がいたんだよ。下手にアニィと結婚させようとしてたら、工房を辞めた可能性だってあった」

「そうなんですの? そうなったらおお困りでしたの」

「それもあって利用させてもらったよ。あの時点で二番弟子は俺だったからな」


 スリーンは鍛冶の腕こそ劣っていたが学があった。文字を読めて計算も早いことから二番弟子の座は得ていたのだ。ちなみに三番弟子だった男もアニィを好いていたが、その男は実力勝負でもスリーンに負けていたので仕方ない。


 つまりスリーンがアニィを嫁にしたことが、工房にとって最もよいことだったのは間違いない。一番弟子も親方についてきて、今もツェペリア城塞都市内で工房を続けている。


「親方の工房はこのまま行けばツェペリア城塞都市で最大手になれる。俺としても鍛冶師ギルドの権力者は身内の方が都合が良いしな。実力も十分伴っているから安心して任せられる」

「お父様も言ってましたの。あなたほどの出来た義息子はいないと」

「俺の力というか実家の力だけどな。俺が人形でもこうなってたよ」

「そんなことはないですの。あなたがお仕事出来なかったら、ベギラ様も呼び戻そうとしなかったですの。ほら話に聞いたミクズという方は……」

「アレは人の形をしていないから、心が」


 スリーンはミクズを思い出して嫌な顔をした。


 彼もまたミクズの被害者で、ロクな旅費も持たされずにベギラに手紙を届けろとおいだされたのだ。雑草を食ってでも生き残らなければ間違いなく餓死していた。


 ちなみにそんなミクズだがひとつだけ役に立つことをしていた。ゴミクズに被害を受けた仲間同士ということで、ベギラとトゥーンとスリーンの絆が固くなっていたのだ。


 共通の敵がいれば結束が強まる、というのを体現していた。


「もしあなたがミクズなら、ここにはいませんでしたの。間違いなくあなたの御力ですの」

「いやミクズが酷すぎるだけな気もするが……まあそう考えた方が健全かな」

「ですの。これからも頑張るですの、この子のためにも」


 アニィはお腹を抱えながら呟く。


 二人はこれからも幸せな生活を続けるのだった。いずれ側室を迎えることにはなるが、正妻はずっとアニィであった。


 なおトゥーンは自由恋愛を許されずにお見合いしまくることになる。彼は将来的にツェペリア領の貴族にさせられるので、平民を正妻にするなど許されない。


 最も自由恋愛に憧れていたトゥーンは、スリーンに会うたびに裏切り者めと心で怨嗟を呟くのだった。



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ミクズが酷すぎる気もするとかいう事実陳列罪。

でもスリーンはベギラにツェペリア領の状況を伝えに来てたりしたので、そこもあって代官任せられた気もします。兄弟でも信用できない人間は流石に……ですからね。

それこそミクズという悪しき例がいますし!


トゥーンのお見合い会をやるか否かですね(傷口に塩を塗る所業)

見たいとか見たくないとかあればコメントください。本編進めろという言葉もごもっともですし。

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