第110話 狂った王家


 レイラス達がアイガーク国から戻って一ヵ月が経った後、レーリア王城の玉座の間。


 玉座に座る王は自分の髪の毛を手でかきむしりながら喚いていた。


 その傍らに立つ財務卿もあまりの苛立ちが顔に出ていて、今にも地団太を繰り出しそうだ。


「お、お、王家を差し置いてアイガーク国がライラス領に従属を宣言だとっ!? そんな話に余を挟まないとは!」

「あり得ません! すぐにアイガーク国に働きかけます! ライラス領ではなくて王家への従属だと、宣言を撤回させましょう! これでは我らの面子が立たない!」


 王と財務卿はアイガーク国が届いた手紙を見て激怒した。


 だが遅すぎる。レイラスたちがライラス領に戻って来てから、もう一ヵ月が経ってしまっていた。


 ライラス派や中立の貴族たちには三週間前には、アイガーク国従属の情報が舞い降りている。レイラスが荷台ゴーレムやゴーレム馬車で、先んじて情報を回していたのだ。


 すでにライラス派だった貴族たちはこれを聞いて、より一層王家は終わりだと確信。中立派も更に王家から寝返っていく。せめて王家もほぼ同時に情報を掴んでいれば多少は食い止められただろうに。


「アイガーク王め! やはりあいつは馬鹿で愚かだ! レーリア国の王は余であるのに、その余を立てずしてどうするというのだ! 従属国なのだから奴の死罪を命じて他の者を王にするべきだ!」


 王はひたすらに叫ぶ。


 そもそも彼は重大な勘違いをしていた。アイガーク国がに従属していると。実際はライラス領に従っているのであって、レーリア国ではないのに。ましてや王家など毛ほども敬意を持っていない。


 なにせアイガーク王からすれば、レーリア王家は滅ぼされる前提なのだから。王家が何を送ってきたところで関係も興味もないのだ。庭にいる鳩の鳴き声ほどにも響かない。


「ええい! ベギラの側室の誘拐はどうなっている!」

「それならお任せください。優秀な盗賊団を雇いました! その名もラレヤ盗賊団! 我らの直轄地にて数年暴れぬいた剛の者を、司法取引の上で囲い込みました! この者達をライラス領に放つことで治安の悪化、そして側室の誘拐も必ずや!」

「おお! あの極悪非道にして最強、我らの軍すら追い払った怪物どもをか!」

「ははっ! 更にエルフたちからも協力の申し出までもが! もはやこれ以上ない完璧な態勢でございます!」


 財務卿は得意げに笑う。王はそれを見てようやく怒りが収まって笑みを取り戻した。


「うむ! ならばよい! 今度こそ失敗は許されんぞ、このままではライラス領が王家を上回る恐れも僅かに出始めている。荷台ゴーレムなどという与太話を、信じる者まで出てきかねない」

「わかっております。諸侯には虚言を信じるなと告げておきます」


 荷台ゴーレムの情報は王家にも入っていた。と言っても王家の間者が優秀だったわけではない。荷台ゴーレムはアイガーク王国でデモンストレーションまで行ったので、間者がそれを目にすることは当然だっただけ。


 それを馬で必死に走って手紙が届いたのだ今しがた。なので王家は知らない。レイラスが三日でアイガーク国から帰ってきて、レーリア国荷台ゴーレム周回が始まったことを。


 すでにレーリア貴族の何割かは荷台ゴーレムを目の当たりにしている。その報告が王家にやってくるのは果たして、一週間後か二週間後かも定かではないが。


「ああそうだ。アイガーク国には娘を余の側室に差し出すようにとも伝えよ」

「人質というわけでございますか」

「そうじゃな。それに……余を苦しめた男の娘を好きにするのも一興よ」


 王家はどんどん孤立していき、情報も古いものしか手に入らない。周囲の貴族もそれを見て更に離れて行く悪循環だった。


 そして数日後、とうとう届いてしまった一枚の手紙。それを見て王は玉座から立ちあがった。


「ふふふふふ……! 財務卿、すぐに軍を整えろ! 諸侯にも連絡をせよ!」

「お、王よ? その手紙には何と書かれておられたのですか……?」


 憤怒を帯びながら笑うレーリア王。それを見て流石の財務卿も異常さを感じ取れてしまった。


「ライラス領が宣戦布告してきおったよ。もはやレーリア国を支配するのは、王家ではなくて我々だとな! あの女狐め、自分の器を見誤ったな! 例え諸侯が多少靡こうとも、この国の王である余に大義があるのだ!」

「な、なんと!? ライラス領が宣戦布告を!? そうかアイガーク国の従属はこの布石……! 後方を気にせずに我らと戦うための……!」


 おぼろげに現状が見え始めて震えだす財務卿。だが王は自らの勝利をつゆほども疑わない。彼の中では王は絶対の存在だからだ。


 王として生を受けて四十五年、全ては思うがままになってきた。王の威光に逆らえる者などいないと確信しているのだ。アイガーク王のように叩き上げでないが故、無能が王になることは多々ある。


 国の運営における議会王権神授説の最大のデメリット、王が無能だと国がズタボロになるということを見事に示している。能力に関係なく生まれだけで決めるのだからどれほど能力が低かろうと王になれてしまう。


 財務卿はそのあまりに根拠のない自信を目の当たりにして、今の自分達の状況がようやく客観的に見えはじめた。王家の威光という夢から覚めた彼は、自分の首が涼しくなっているのを感じていた。


「くだらん! たかが一領地が国に勝てるはずがない! 諸侯に連絡せよ、速やかに逆賊ライラス領を滅ぼせと! また辺境伯は生け捕りにせよ!」

「で、ですが……諸侯にも裏切り始めた者達が……万が一に備えて、ここは停戦や和睦の交渉も……!」

「愚か者、向こうが交渉してきても拒否せよ! 逆賊はこの機に一層するのだ! 我が王家にたてつくとどうなるか、百年以上にわたって知らしめるために! 我ら王家こそ正義なのだから!」


 怒りと正義の心に燃える王。財務卿は顔を青くしながら今後のことを考えて行くのだった。


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閑話挟んで次の章になります。

スリーンと周辺国家の視点話の二話予定です。

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