閑話 ベギラ婚約後のツェペリア領


「畜生! 結局俺が実質的に領主にされてるじゃねぇか!」 


 俺は元スクラプ領の領主屋敷の執務室の机に、思わず突っ伏してしまった。


「落ち着いてくだされ、禿げますぞ。私のように老いても髪が残るようにしませんとな」


 ツェペリア領代官のジーイが、淡々と机で仕事をこなしている。こいつと弟のスリーンはっきり言って勝ち組だ。


 まずこのジーイは本来なら執事なんてできるはずがなかった。ツェペリア領が攻め込む前の元スクラプ領で、代官をやっていた敵だったのだから。だが土壇場で寝返って、かつベギラの要求に十全以上に応えて行ったのだ。


 元々ツェペリア領が人手不足だったのもあり、優秀だったので重宝され続けた。そしてもはやこの爺はツェペリア領地経営に不可欠な存在となってしまった。もうよほどのことをしなければ追い出されることはない。


「何故だ……ツェペリア領主はベギラのはずだ……。なのにあいつはもはや領地経営に携わってないぞ!?」

「ベギラ様はライラス辺境伯と婚約されましたからなぁ。今後はあの方の右腕、というか右隣で色々されるのでしょう。つまりいずれはツェペリア領自体も、トゥーン様にお譲りになられるやも」

「嘘だろ……俺、もう領主とかこりごりなんだけど」

「ははは、それは無理でしょうな」


 がっくりと肩を落としてしまう。どうしてこんなことに……俺はもう貴族の面倒ごとには関わらずに、慎ましく生きて行くつもりだったのに。


 権力争いで兄弟で殺し合うなんてもうまっぴらごめんだ。いや殺し合うじゃないな、俺がミクズに殺されそうになっただけだが。


「くそぅ……スリーンはいいよな。矢面に立たなくて無難な陪臣ポジションで」


 ここにはいないスリーンのことを羨む。あいつは元々のツェペリア領の村(ツェペリア村)で、悠々自適に代官をやっている……わけではないが領主ではない。


 俺の部下的なポジションで仕事をしていた。しかもその代官は引継ぎ制なので、あいつの息子が生まれたらいずれ引き継げるポジション。


 領主みたいに矢面に立つ必要もなく、そこそこの待遇で安定して暮らせるという。


「しかしスリーン様も悲鳴をあげていると思いますよ。ツェペリア村は城塞都市完成後、凄まじい勢いで移住希望者などが出てますからなぁ。向こうも手が回っていないかと、何なら手伝いますか?」

「……勘弁してくれ。こっちはこっちで手一杯なんだよ」


 俺とて広い元スクラプ領の土地の面倒だけで精一杯だ。なにせ人手が足りなさすぎるのだから。かといって人員を増やすのも難しい。領地経営なんて重要な役職にどこの奴ともしれない者は雇えない。


 つまり今いる人間で回さなければならないのだ。これもそれもベギラのせいだ。


 本来ならスリーンの治めるツェペリア村の代官なんて、暇を持て余すような役職のはずなのだ。というか代官すら必要ないレベル。


 それがあいつのゴーレムによって、あり得ないレベルの速度で開拓されて城塞都市まで完成してしまった。本来なら拡張は段階を経ていくので、その間に信用できる人材などを増やしていくのに。


 ……とはいえ文句だけも言えないんだけどな。俺もスリーンも以前より豪華な暮らしをさせてはもらってるから。


「スリーン様もきっとお嘆きになるでしょう。とはいえ嬉しい悲鳴でもございますな」

「ベギラめ……結局俺達に押し付けやがって……自分はハーレム築きやがってよ! 俺も可愛い嫁が欲しい!」


 そもそも俺がツェペリア領に戻って来たのは、ベギラに説得されたからだ。いや違う、あれは説得なんかじゃない。ハーレムでぶん殴られたのだ!

 

 これだけ大変なのだから可愛い嫁をもらいたい! するとジーイは少し顎に手を置いて考え始めた。


「ふーーーーーむ……トゥーン様が嫁を迎えるとなると、確認しておかないとダメなことがあります」

「なんだ? 何でも聞いてくれ!」


 ジーイが少し乗り気なようだ。このくそ忙しい時にバカと思ったが言ってみるものだな! 聞いてくるのは女の好みとかどんな嫁が欲しいとかだろ! 


「ではまず、嫁はひとまず三人ほどでよろしいですか?」

「すまん、何故に嫁が複数の前提なんだ?」


 おかしい。嫁とは一人のことを指す単語であり、複数の名詞ではなかったはずだ。


「何故と申されましても。今後、ほぼ間違いなくツェペリア領主内定のトゥーン様ですぞ。この領地を治めるには血族が多く必要です」

「俺はベギラみたいになる予定はないのだが」


 俺の感性は凡人なんだよ。そもそも親父もツェペリア領主だが、妻は俺の母親だけだった。普通の人間の感性では妻とは伴侶であり、たったひとりなのだ。


 ベギラ? 知らんよあんな突然変異種は。ツェペリア領民はあいつのことを、『ツェペリアの大変人』とか言ってるがすごく的確だと思う。


「しかしですなぁ。トゥーン様が嫁を探しているとなれば、周辺領地の貴族たちがこぞって縁談を申し込んできます。その中で一人しか受けないのは少々問題が」

「待て、そもそも俺は普通に恋愛して嫁を得る予定なんだが。ジーイが知り合いの女の子でも紹介してくれるのかと」

「はっはっは、トゥーン様にこの言葉を送りましょう。貴族が自由恋愛で嫁を迎え入れるなど不可能に近いと」


 ば、バカな……!? 俺は貴族令嬢よりも、メイルちゃんみたいな慎ましい娘が好きなのに!?


 なんだよそれ!? じゃああれか!? ベギラは貴族のくせに自由恋愛で妻を二人もゲットした超やり手ってことかよ!? くっそあいつやっぱり許せねぇ!


「よいではないですか、ハーレム。男なら夢見る者も多いですぞ」

「嫌だぁ!? 街の片隅で可愛い妻と幸せに慎ましく暮らすんだぁ!?」

「夢ではなくて現実を見てくださいませ」

「普通はハーレムが夢で、慎ましく暮らすのが現実じゃねぇかな!?」



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トゥーン兄貴とかいうベギラの被害者。

彼はミクズにベギラと、転生者の影響を受けまくってますね。


でも彼はもしツェペリア領主になれなかったら、たぶん結婚できない可能性も……。

ツェペリア領出た時点で他の男に比べて出遅れてたのと、一般の街で活かせるような特技もなかったので。

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