閑話 ツェペリア領の変人


 ツェペリア領民として畑を耕していると、ベギラ様が小さなゴーレムを連れて走っていくのが見えた。ちょっくら話しかけてみるか。


「ベギラ様ー。なんで毎日そんなに頑張ってるだか?」

「俺はハーレムを作るんだ! 貴族に成り上がって手柄を立てて!」


 まだ九歳ほどなのにベギラ様はそう叫んだ。そして短い足ですたこらとどこかに去っていく。


「ハーレムとは子供の夢にしては随分と生々しいのう」


 俺の隣で働いていたじっさまが腰をトントンと叩きながら呟いた。俺もそう思う。


 あの少年は常識では計り知れない。まずゴーレム魔法などを学ぼうとすること、更に変人で有名なゴーレム魔法使いに教えを乞おうとすること。何よりあの変人ゴーレム魔法使いに取り入ったことだ。


 まともな人間ならまずゴーレム魔法を学ばない、多少まともな人間なら変人ゴーレム使いに習おうとしない、おかしな人間でなければ取り入ることなどできない。


 つまりベギラ様は有能無能はさておきとして、間違いなくおかしいのだ。それはツェペリア領民の共通認識であった。


「ベギラ様はこの領地の嫡男じゃないから、成人したら俺らと大してかわらねぇもんなぁ。ハーレムなんて養えないだろさぁ」

「そうじゃ。夢をタダで見るのは子供の特権、お前は地に足つけて生きるんじゃな」

「だから畑で農作業してるべ。しかしベギラ様も見る目がないなぁ、せっかく魔力があるなら普通の魔法使いになればよいのに」

「まさに『ツェペリアの変人』じゃ。とはいえ……ゴミ山の大将よりはマシじゃがのう」


 じっさまと共に畑で農作業を続けて行く。きっとあの少年もいずれ現実を知るのだろう、凡人にハーレムなんて無理なのだと。そんなものを築けるのは生まれ持って恵まれた者のみだ。


 …………でもベギラ様は凡人じゃなくて変人なんだよなぁ。とは言え無理だろうけど。


 そして四年ほど経った日のことだった。俺はまた変わらず農作業を繰り返していると、近くに住んでいる友人が話しかけて来た。


「ベギラ様が外の領地に出たそうだ。ゴーレム引き連れてミクズの下っ端ぶちのめしてな」

「ほお、あのゴミ山集団をか。そりゃ見たかったなぁ」


 ミクズはツェペリア領の嫡男だが、権威を振りかざすし手下を引き連れて滅茶苦茶やるのだ。本当にあいつがこの地の領主になってしまうのだろうか……本当に嫌だなぁ。


 トゥーン様やスリーン様、それにベギラ様の方が絶対によいのに。本当に生まれとは残酷だ、恵まれた者しか何も得られないのだから。


「どうせならゴミ山の大将も一緒にやって欲しかったなぁ……」

「言うな、誰か聞いてたらコトだからな」


 ツェペリア領の暗雲を予想しながらも俺にできることはない。ひたすら農地を耕すだけだった。


 そしてベギラ様が出て行ったのを契機に、ミクズがツェペリア領主になってしまった。急に税が引き上げられて手下どもが更に滅茶苦茶やりだした。


 挙句にはトゥーン様を暗殺しようとした。それに当然ながら抵抗したトゥーン様が、変人ゴーレム屋敷に引き籠って内乱まで勃発。


 だが俺達ツェペリア領民はそれを黙って見ているしかなかった。ミクズの私兵はツェペリア領民の数に匹敵するほどいたからだ。


 俺達から無理やり集めた税で大量の手下を雇っていた。俺達は老若男女合わせての数だから戦ったら勝てる要素がない。


「くそっ……ふざけやがって!」

「耐えるんだ……とても勝ち目はない。逆らったら殺されるだけだ」


 そして一年が経ってまともな食べる物がほぼなくなっていた。隠していた食料が尽きてきて、もう耐えられないので玉砕覚悟で反乱を起こす寸前だった。村にとある者が現れたのだ、ライラス辺境伯の手紙を持って。


 その手紙には『ベギラがもうすぐミクズを追い出してツェペリア領を救う。反乱せずに待て』と記載されてあったのだ! 俺達は歓喜した、救いがあるのだと! 凡人だろうが変人だろうが何でもいい、ミクズよりは絶対にマシだと!


 そしてしばらくすると本当にベギラ様がミクズを追い出した! そしてツェペリア領主が交代したのだ! 俺達は歓喜した!


「しゃあっ! ゴミ山の大将が消えやがった!」

「これでツェペリア領もまともに……なるのか? ベギラ様もだいぶ変人だった記憶が……」

「今より酷くはならないだろ!」

「でも未だにハーレムハーレム言い続けてるが」

「…………」


 俺達の懸念は杞憂だった。ベギラ様はまず今年の税をなしにしてくれたのだ!


 おかげで俺達はまともな飯にありつけて、いざという時の貯蔵食料も復活した! 税収はどうするのかと思っていたが、彼はゴーレムによって大量の畑を人手なしで耕作していたのだ!


 ゴーレムたちが実った麦を収穫するのを見ていた俺達は、その異様な光景に圧倒されていた。


「ご、ゴーレムは役立たずの魔法のはずじゃ……」

「……見る目がないのはワシらのほうじゃったな。ベギラ様は変人を越えた傑物じゃった。これからは『ツェペリアの傑人』と呼ぶか。これでツェペリア領は安泰じゃ……」


 まさかあのベギラ様がここまでになるとは、誰も予想していなかった。彼はたどり着いたのだ、成り上がりの終着点に。これからはハーレムを築いて幸せに生きて行くと思っていた。


 だが俺達はまだ足りなかったのだ、想像力が。むしろここからが彼の快進撃だった。


「大変だ! 隣のスクラプ領を奪い取っただって!」

「大変だ! 王家の娘に婚姻を申し込まれたと! しかも断ったと!」

「大変だ! ベギラ様がライラス辺境伯が婚姻を結ぶだって!」

「大変だ! ベギラ様がエルフを捕縛しただって!」


 日々舞い込む「大変だ!」の言葉! そしてその全てが本当に大変でヤバイ! なんだこれはどうなっているんだ!?


「何なんだよあの人! やっぱり頭おかしいんじゃねぇの!?」

「ワシが間違っておった! ベギラ様はツェペリア領の大変……いや、『ツェペリア領の大変人』じゃ!!!!!!」


 頼むからもう少し大人しくしてくださいませんか、俺達の領主様!?


 安泰どころか日々混乱がもたらされてるじゃねぇか!?



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ベギラのあだ名:俗物、ツェペリア領の変人、ツェペリア領の大変人

……これは酷い。というか俗物であり変人って対義語……ではなさそうかな、微妙なところですが。


それとベギラがエルフを娼婦にした件をなしにして、レイラスがやったことに変更しました。

ここどうするかかなり迷っていて、ベギラのキャラと合わないとの指摘もあったので。

申し訳ありません。

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