第89話 大披露宴③


 ベギラとレイラスが誓いのキスを行ったこの瞬間だった。


 この時を虎視眈々と狙っていた男がいた。己の手に入れる予定のモノが最も高い価値になる時を。


 彼は大きく息を吸った、この全てをぶち壊すために!


「この大披露宴待った! 俺の名はミクズ! ツェペリア領の正当な領主にして、ライラス辺境伯の本来の結婚相手だ!!!!!!!」


 大披露宴の会場が静まり返った。


 ミクズはベギラとレイラスの元へと近づいていく。周囲の貴族たちは何の演出だろうかと話し始める。


 ミクズは舌なめずりをしながら、ドレス姿のレイラスを舐めまわすように視姦する。その後にベギラをにらみつけるのだった。


「お前の幸せな時間は終わりだ。失せろカスが! 俺こそが正当なツェペリア領主にして、その女の夫なんだよ!」




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 俺はあまりの衝撃に茫然としていた。


 ミクズの言っていることが欠片たりとも理解できなかったからだ。話している言葉は分かるのにその意味が意味不明とは……。


「みんな聞けっ! このベギラという男は俺から無理やり、何の正当性もなくツェペリア領主を奪った! こいつが今ここにいるのは間違いだ! なのでこの婚姻は無効だ! そしてライラス辺境伯の夫も正当なツェペリア領主の俺が相応しい!」


 ミクズが俺を指さして吠えてくる。


 え、なに……こいつここまでバカだったのか!? 仮に領主が入れ替わったとしたら、婚姻なんて無効に決まってるだろ!?


 意味不明過ぎて混乱していると、レイラスが俺の腕に抱き着いて来て少し悪い顔で微笑みかけてくる。


 そういえば言ってたな、ミクズは大披露宴で使うと。これがそういうことなのだろうか。きっと彼女がゴミクズを騙してこうしたのだ。


「怖いですー、あなたー。暴漢です、守ってくださいー」


 レイラスは俺の腕に抱き着いたまま悲鳴をあげる……フリをしている。そこまで怖がってないだろうがまあいい。何せ……レイラスの胸が服ごしに俺の腕に当たっているのだから!


 いかん落ち着こう。俺は今からゴミクズをぶっ飛ばせばいいはずだ。


 衆人環視の元で暴漢から妻を守る夫……素晴らしい筋書きじゃないか! 俺はゴミクズからレイラスを守るように立つ。


「この輝かしい大披露宴に襲撃とは何という非礼な男だ! 私が成敗してくれよう!」


 貴族は演劇とか好きなはずだから、芝居がかった感じで叫ぶ。ゴミクズはそれすらも腹立たしいようで、懐からナイフを取り出すと激怒して突撃してきた。


「ふざけるな! 殺してやるぅ!」


 本来なら慌てる場面だが大丈夫だ。何せ周囲をよく見るとゴーレム師匠やメフィラスさんが待機している。万が一に備えてのことだろう。


「なんて頭のおかしい男なんだ……」

「新郎はツェペリア領を奪取したと聞いてはいたが、あれが元領主では仕方ないよなぁ……」

「もし私が弟で、兄がアレなら奪うしかない……意味不明な者に領地を任せたらお家が潰されかねぬしな」


 周囲の貴族もミクズのおかしさを知って、俺がツェペリア領を盗ったのが仕方のなかったことだと理解し始めている!


 ならば俺の役目は恰好つけて目の前の悪を成敗することだ! それに俺はこれでも元冒険者だ、ミクズよりも強い魔物と相対して来たので怖くもない。


「俺は愛する妻のため! 暴漢など撃退してやろう!」


 俺は即座にゴーレムコアを手のひらの上に製作し、木の床へと叩きつける。


 床がゴキゴキと変形していく。木のゴーレムが俺とミクズの間を立ちふさがるように出現した!


 ゴミクズは目の前に現れたゴーレムに無様なほどに動揺し、ジリジリと後ろに下がり始めている。


「ば、ばかなっ!? 大披露宴の前に魔力を使い切ってると聞いていたのに!?」


 ……こいつどれだけレイラスの掌の上で踊らされているのだろうか。操り人形すら生ぬるいレベルだなおい。


 さてと……ミクズの顔を改めて確認する。何度見ても腹立たしく、視線にうつるたびに殺意を覚える顔だ。当然だ、何せ前世で殺されたのだから。


 魂が恨みを覚えているのだろうか。でも……以前に比べるとそこまで怒りを覚えないな、目の前にすればもっと激昂すると思ってたのに。


「さてと……レイラス、もういいのか?」


 ミクズを顎で指し示す。レイラスと約束していた、ゴミクズは二年間は殺さないと。


「構いませんー。待たせてすみませんでした、思う存分やってくださいー」


 レイラスは俺に微笑んでくる。許しも得た、ならばもう俺をとがめることはない。


「ゴーレム、大披露宴を邪魔する不届き者を蹴散らせ!」

「ふざけるな! てめぇこそ失せやがれ! 俺の第二の人生を悉く邪魔しやがって……! 死ねっ!」


 ゴミクズは再度ナイフを構えて俺に襲い掛かって来る。血走った目はもはや狂気を浮かべていた。


 だが木のゴーレムの重いパンチが、そんなゴミクズの顔面にクリーンヒットする!


「ぐげごごおおおぉぉぉぉ!?」


 重量級パンチを受けて数メートル吹っ飛ぶゴミクズ! 机にぶつかって衝撃で食器が床に落ちて割れる勿体ない!


「ゴーレム! 奴の背骨をへし折れっ!」


 木のゴーレムはゴミクズに抱き着いた! 奴の胴体を両腕で完全に捕えて、そのまま潰すようにメキメキと締め上げる!


「ぎ、ぎやあああああぁあぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴の咆哮をあげるゴミクズ! 奴は俺の方に助けを求める視線を送って来た。


「だ、だずげ……!」

「覚えてるか? お前が押し出して殺した男を」

「な、なにいっで……しらね、ひとぢがい……」


 どうやら俺のことは記憶にすらないようだな。そうだろうな、こいつからすれば俺を電車のホームに押し出しただけだ。殺したのは電車とでも思っているのだろう。


 もしくはこいつにとって転生も含めれば数十年前のことだから本気で忘れているか……どちらにしてもだ、許す必要も相手にする価値もない。ここで綺麗サッパリ清算しよう。


「そうか。なら俺もお前のことはこれで忘れることにするよ。じゃあな」

「や、やめっ、あっ……」


 ゴキリと嫌な音が聞こえて、ゴミクズの腰が曲がってはいけない角度にくの字になった。


 もうこいつに用はない。木のゴーレムに会場の外へと運ばせていく。


 今の俺にはこんな些細なことよりも、もっと大切な気にすることがあるからな。まあ奴の死体は使わせてもらう予定だが。


「皆さま、少しお騒がせして申し訳ありません。散らばったゴミを片付けてすぐにパーティーを再開いたします」



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もう今のベギラにとって、ミクズはそこまでの相手ではなかったですね。

復讐とは比べ物にならないほど大切な者を得ましたから。


次話はベギラ入場前のウゴウ子爵視点に戻ります。

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