第85話 西のアイガーク王国


 レーリア国の西に位置するアイガーク王国。その王都の城の玉座の間にて、豪華な衣装に身を包んだ壮年の男が玉座に座している。


 長い茶髪を腰まで伸ばしている。彼は王でありながら鎧を着ていて、身体もかなり鍛えられている偉丈夫であった。


「へぇ……エルフ共が俺らと手を組んで、レーリア国のライラス領を滅ぼしたいと。くっだらねぇなぁ!」


 アイガーク王は玉座のひじ掛けに左手の肘を置いて、頬杖をつきながら手紙を読んでいた。だが興味が失せたのか手紙をびりびりに破り捨てる。


「父上。エルフの申し出を聞かないならライラス領に味方するのか?」


 玉座の横にいるのは姫だった。容姿はよい、顔は整っている。だが彼女も鎧を身に着けていて、茶色の髪も首まで届くか程度の短さ。


 その表情も勝気な笑みを浮かべている。姫が本来求められるであろう穏やかなどとは程遠い。冒険者ギルドにいれば違和感なく溶け込める風貌だった。


「はっ、それもないな。下らねぇんだよ、権謀術数なんてのはな。力が強い奴が全てを支配する、それが最も簡単で単純で簡単だ! 全て食らう、エルフもライラス領もレーリア国も!」

「つまりエルフの言葉に興味はないと言うことか?」

「そうだ。当初の予定通りにライラス領を奪って、その次はレーリア国、最後はエルフだ!」


 王もまた勝気な笑みを浮かべて自分の手を拳で叩いた。口から覗いた歯が獰猛な獣の牙のようだ。


「俺らは止められるまで止まらねぇ! 以前にライラス領に攻めた時は他の戦線に注力してたが、今度は全力をぶちまけてやらあな!」

「いいねえ親父! それでこそアイガーク王家だ!」


 ケラケラと笑う姫。対して王は勢いよく立ち上がると、手刀を彼女の頭を叩きこもうとする。だが姫はそれを真剣白刃取りのように両手で防いだ。


「誰が親父だ、父上と呼べ! お前は姫なんだから多少はそれっぽくやれやと言ってるだろうが!」

「うるさい! 俺は戦士だ! 姫になんてなるつもりはねぇんだよ!」


 姫? に対して王? は更に激怒して咆哮する。


「なるつもりじゃなくてなってるんだよボケ! いいか? アイガークが負けた場合は姫であるお前を人質に出して降伏するんだぞ! そのお前に姫の価値がなければ、アイガークの民の扱いが悪くなるだろうが!」

「なんで最初から負けるつもりなんだよバカか!」

「俺は王だぞ! 民のこと考えてやる義務があるんだよ! 縄張りの面倒は見るに決まってるだろうがぁ!」


 取っ組み合いを始める二人。互いにすさまじい力だ、足元の床がきしんで悲鳴を上げている。


「他国に攻め入ってるくせに偉そうなこと言うんじゃねぇよ!」

「俺が全部土地奪えば、関税なくなって平和になるだろうが! 俺は奪った土地だから差別なんてしねぇ! 民は等しく俺の物だ! とりあえずお前はドレスを着ろ!」


 仲睦まじい親子喧嘩が玉座の間で繰り広げられる。これがアイガーク王国の日常であった。

 

「チッ、まあいい。とりあえず行くぞ!」

「どこにだ!」

「決まってるだろ、パーティー会場にだよ!」

「招待されてんのか?」

「されてねぇが細かいことは気にすんな! 俺らの軍を撃退した奴の面は拝みてぇからな!」





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 レーリア王国の玉座の間。


 そこでは王が手紙を読んで歓喜に震えていた。


「お、おお……エルフが、エルフが! あの伝説のエルフが我らの味方をしてくれると! 手紙の内容は死ぬほど上から目線で気に食わぬが!」

「なんと! あのエルフがですか! 酷い手紙で不快すぎますが!」


 財務卿も合いの手をうつ。彼らはわりと焦っていた。


 馬車ゴーレムの件だ。流石の王家とてその存在と性能は掴んでいる。


 通常の馬車の二倍の速度で走れる上に、ゴーレムのため力が強く普通の馬車よりもより多くの荷物が運べる。


 おまけに馬よりも遥かに丈夫で餌も不要、傷つけらない限りは調子が悪くなることもないのだ。


 どう考えても有用に過ぎる。この世界での運搬は基本的に馬車か船だが、レーリア国は大して海に面していないので馬車が主力だ。ゴーレム馬車は下手をすれば流通の常識を覆しかねないほどの存在であった。


「ゴーレム馬車は流石にまずい……! あれがライラス派の領地にだけ配られたら、もはや王家派の貴族はいなくなりかねん!」

「ゴーレム馬車が造れる魔法使いもライラス派が独占しておりますからな……これでは我らは用意できませぬ! なんと卑劣な!」

「このままでは本当にまずかった。だがエルフが力を貸してくれるならば話は別! エルフ一人が人間百人にも匹敵すると言われておるし、レーリア国の貴族たちもその脅威は理解しておる!」

「ライラス派につけばエルフに逆らうことになる、と言えば貴族は皆が王家派につくでしょう!」

 

 エルフは須らく恐ろしく強い存在。それは世界中の共通認識であった。


 それは間違いなく事実である。実は無頼漢なエルフの傭兵が世界に数人いるが、彼らは全員が戦場を覆しかねない特機戦力とみなされている。


 エルフは子供ですら優秀な魔法の使い手、成人すれば万人が怪物の域に達すると言われているのだから。


「くくく……王家派にはエルフがついた! それを大っぴらに広めるのだ! これで我らの勝ちだ! エルフを恐れる貴族たちは必ず王家派につく!」

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