第83話 お食事会②


 ひき肉を焼き終えた後、私はパンをひとつ載せた皿の配膳を頼まれました。


 ……どう考えても辺境伯である私のやることではないですね。立食パーティーで自分の皿を持ったことはあっても、他人の皿を運ぶことなどやったことがない。それは執事の仕事ですから。


 とは言えこの厨房にいるのは私たちだけ。なら自分達で運ぶしかないですか。


 私は厨房の入り口をくぐって隣の部屋である食堂に皿を持って行く。皿は四枚、一度では運びきれないので二往復ですかね。


「こけないように気を付けてくださいです」


 メイルさんが私の横を通り過ぎる。彼女は先ほど焼いたひき肉と野菜を盛った皿を、片手に二枚ずつ持って四枚同時に持っている。


 ……なるほど。親指と人差し指で一枚目を、薬指と小指で二枚目を持つと。中指は二つの皿の間に挟んで土台にするのですか。


 少しやってみて……無理ですね。たぶんアレは慣れてないと難しい。私がやってもパンを落としてしまいそうです。


 大人しく皿を片手に一枚ずつ持って、二往復して食堂の食卓に運んだ。


 ミレスさんは私が置いた皿の横にナイフやフォークを並べていて、ベギラは席を外しているようで姿が見えない。


「準備完了です! 座ってくださいです!」


 メイルさんがスープを四枚同時に運んできて、食卓に並べながら告げてくる。本当に配膳に慣れてますねこの人……流石は元メイド……。


 特に逆らう理由もないので大人しく席に座る。


「すまん待たせた!」


 するとベギラが食堂へと入って来た。後ろには雪で製造されたゴーレムを連れている。


「遅いです! ギリギリです! お肉が冷めちゃいます!」

「悪い悪い! 間に合ったから許してくれ!」

「ベギラってよく遅れるからなぁ」


 三人はいつものように楽しそうに笑い合っている。羨ましい、いや羨ましくはありません。手の届かぬ物を高望むのは愚者、私は辺境伯としてそんな者になっては……。


「レイラスもすまない! 次に食事会する時は気を付けるから!」


 次? この食事会をまたやる予定があると? それにその時も私がいる想定なのですか?


 今回だけ、お情けと謝罪で招待されただけでは……?


「いえいえー。気にしていませんよー」


 ひとまずいつものように愛想で返す。心を隠して返事をするのは貴族として当然の作法です。


 ベギラが私の隣の席に座る。正面にはメイルさんとミレスさん、かなり距離が近いですね……。


 それに食卓に並べられている皿も少ない。パンとひき肉とスープの三枚ずつのみ。この机の五分の一程度の面積しか使っていません。


 いつもなら朝食の時点で大量の皿が並べられて、皿の数もそれこそ遥かに多いのに。


「えーっと、いくつか言いたいことはあるけど。冷めたら美味しくないからまずは食べようか」

「誰かが遅れたからね」

「うっ……よしいただきます!」


 皆それぞれ食事を食べ始める。


 私もとりあえず何か食べなければ……せっかくなのでひき肉を焼いた物を頂きましょうか。ナイフで小さく切ってフォークで取って口に入れる。


 ……すごく美味しい。料理の名前はわかりませんが、柔らかくて噛むと肉汁が出てきますね。


 ですが……そこまで上等な物とは思えません。いつも食べている肉の方がよいはずなのですが何故か美味しく感じる気がします。


 不思議な感覚に困惑しているとベギラ達が頭を下げて来た。


「レイラス、先日は本当にすまなかった! レイラスの気持ちを勘違いしてしまった!」

「ごめんなさいです!」

「ごめん!」


 私のもてなしの食事会をテストと勘違いしたことを言っているのだろう。


 謝らないで欲しい。あれは私の失態、いつも他人を試す私が誘ったのだ。誰だって勘違いする。


 それに謝罪されたほうがみじめだ。


「どうやったらよいか色々考えたんだ。でも良案は思いつかなかった……それでレイラスの流儀でもてなされたのなら、俺達の流儀でもてなし返そうと思った」

「もし微妙だったらごめんなさいです……」

「貴族のやり方、実はあまり分かってなくて……」


 ベギラたちは申し訳なさそうな顔をしている。


 ……何だろう。彼らが真剣に私のことを考えてくれているのが少し嬉しい気がする。


 それに今回の食事会の理由も理解できた。


 私の食事会に対する埋め合わせだけではない。生粋の貴族として生きて来た私と庶民に近い彼らでは価値観がまるで違う。この食事会だけ見てもそれは明らかだ、だから意識をという意思表示。


 貴族にとって誠意とは金銭の量だ。木っ端相手には少額で、重要な相手には力を見せつけるように多額でどれほど仲良くしたいかを誇示する。


 だが彼らにとっての誠意は金額ではないと示してくれている。そして今の私はこの少額の食事会に誠意がこもっていると実感できている。


「その、出来ればまたレイラスと一緒に食べに行きたい。やらかしておいて何をと思うかも知れないけど……」

「ダメならメイルたちの招待だけでも受けて欲しいのです! 仲良くお話する機会が欲しいのです!」

「ボクたちだと、レイラスの満足できる食事は用意できないかもだけど……」


 皆からすごく真摯な言葉が送られている。私はこれまでずっと性根を隠す百戦錬磨の貴族たちを相手取って来て、考えていることを見通すことには長けているはずだ。


 そんな私が彼らの表情や仕草を見て断ずることができる。彼らが心の底からそう思っているのが。


 もしかして私は彼らの輪の中に入れるのだろうか? 彼らと話せる仲になれるのだろうか?


 利害ではなくて損得抜きで仲良くできるような関係に……。


 少し身体が震えた。顔が思わず素で微笑みそうになるのをこらえようとして、でもやっぱりやめた。


「……もちろんです。私も皆さんとまた一緒に食事をしたいです」


 久々に感情丸出しの笑みを見せた気がする。彼ら相手ならば常に気取らなくてもよいのかもしれないと。


 ベギラ達はそんな私を見て目を見開いて驚いている。


「か、可愛い……」

「レイラスさんずるいのです! もうこれはレイラスちゃんなのです!」

「いやこれ反則でしょ……」


 ……少し恥ずかしくなってきました。いつもの微笑に戻そう。


「これからもよろしくお願いしますねー」

「あ、ちょっと! もう一度! ワンモア今の顔!」

「レイラスちゃんなのです!」

「お断りしますー。私は皆さんほど仲良くないので、まだまだ素直にはなれませんのでー。あ、それとこのひき肉の料理は何ですか? 教えてくださいー」

「それはハンバーグと言うんだが……」


 なるほど、ハンバーグですか。


 私が今まで見たことがないということは、他の貴族たちも知り得ない料理の可能性が高い。


 大披露宴で出してもよいかもしれませんねー。

 


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明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


レイラスが強すぎてゴーレムの出番がありませんでした……。

本当はスノウゴーレムでのアイスとか冷えたワインとか出そうとしたけど、無理やり付け加えた感が発生したのでオミットしました。

それと地味にハンバーグはベギラの初めて披露した地球知識な気がする。

ゴーレムの考え方自体が機械とかそっちの類ではありますが。

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