第82話 お食事会①


 窓の外から夕暮れがさす屋敷の私室で、ベッドに座り込んでため息をつく。


 似合わないことをするべきではなかった。似つかわしくないことをやるべきではなかった。


 私はいつものように貴族として、彼らを利用するように動けばよかったのだ。


 ベギラやメイルさんやミレスさんと仲良くなろう、なんて考えなければよかった。彼らに喜んでもらうためではなくて、お互いのことを知るためだけに晩餐に誘えばよかったのだ。


 それなら伝えていた。情報と意識の共有のために食事をしようと。そうすれば彼らも勘違いはしなかったはずだ。


 利害関係ではなくてその先を目指した結果、私が彼らをテストしていると勘違いされたのだからお笑い種だ。


「……はぁ」


 ベッドに寝転がって何となく天井を見続ける。


 失態だ、今までの自分の行いを計算に入れてなかった。省みて考えれば分かったのに、私がベギラ達にやってきたことを振り返ってみれば予想できたのだ。


 私がいきなり彼らを遊びに誘っても、絶対に何か裏があると思われるに決まっていると。


 これまで散々ベギラ達を利用して試して来たのが私なのだから。


 ……虫が良すぎたのだ。あの三人がいつも楽しそうに仲良くしているのを見て、自分も仲間に入れて欲しかったなどと憧れるのが。


「お館様、少々よろしいでしょうか?」


 メフィラスが外から扉をノックしてくるが返事する気になれない。


 羨ましかった。ベギラたちは利用しあう関係ではなくて助け合っていた。


 私にはそんな人はいない。周囲の仲のよい貴族は利害の一致で協力しているだけだ。臣下たちも私が給与を払っているから協力してくれる。


 あの三人が羨ましかったのだ。だから勘違いしてしまった、私もベギラの妻になったならば、彼らと同じ立ち位置になったならば、仲に入れるのではと勘違いした。


 この過ちは二度と繰り返さない、もう誰とも仲良くなる必要もない。レーリア国を簒奪した後は私がほぼ全権限を握って……。


 そう考えていると勢いよく扉が開かれた。


「失礼するです!」

「失礼します!」


 メイルさんとミレスさんが部屋にづかづかと入って来る。


 服装も彼女らがこの屋敷に来る前から着ているような、汚くて使い古された庶民の衣装だ。


 礼儀があまりにも出来ていない。例え女同士とは言え淑女がこんな押し入るような真似を……見逃すわけにはいきません。私の足を引っ張ってもらっては困る。


「お二人ともーあまりに無礼過ぎますー。先ほどのは合格されましたが偶然だったようですねー。改めて稽古を……」

「ごめんなさい! レイラスの気持ちに気づけずに酷いことをしてしまったです!」

「同じくごめんなさい! どうかお詫びをさせて欲しい!」


 彼女らは私に頭を下げてくる。


 それが誠心誠意、本当に申し訳ないと思っている仕草なことくらいは分かる。貴族ならば隠すべき感情が漏れているのだ。


「……お詫び?」

「はい! 改めて食事会を行いたいです! ベギラも待ってるです! というか待たせてるです! 最初にベギラが突撃しようとしたのですけど、レイラスの部屋に男が押し入るのは流石にまずいかなって!」

「レイラスにもてなしてもらったから、お返しの意味も込めて! 汚れてもよい恰好でね!」


 ……本来なら断るべき。もう私は彼女らと仲良くするのを諦めたのだから。


 だが……拒否の言葉が口から出てこない。まだ名残惜しいのならば、私はなんて愚かなのだろうか。


 結局彼女らについていってしまう。


「あの、汚れてもよい服に着替えて欲しいです。そのすごく綺麗で高級そうなドレスではなくて……」

「このドレスはもう古いのでー」





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 私が案内されたのは食堂ではなくて厨房だった。


「レイラス、すまなかった! 改めて食事会をやらせて欲しい!」


 ベギラも必死に頭を下げてくる。本当にこの三人は……感情が丸見え過ぎて貴族失格の似た者同士だ。これが夫婦というものなのだろう。私にはなれないもの。


「いえいえー。気にしていませんよー。それで何故厨房に? 食堂に料理も並んでいませんがー」

「今から一緒に作るんだ!」

「……はい?」


 しまった、思わず素の言葉が出てしまった。


 わけがわからない。何で私が料理をする必要が?


「えっと、料理人がいますよね?」

「いるよ?」

「なら彼らの仕事を奪ってはいけないのでは?」

「大丈夫だ。他の使用人の料理は作ってもらうから」

「なら何で私たちが料理を作る必要があるのですか???」


 わけがわからない! ベギラのことは理解不能なことが往々にありますが、特に今回は本当に何を考えているのでしょうか!

 

 彼は腕を組んで少し悩んだ後に私を見てくる。


「ほら、自分で作った料理は美味しくなるんだよ。聞いたことないか?」

「普段はあまり料理しない人なので、塩を多めにいれて味が濃くなる。結果的にそれが好みの人が言っていると思っていますが」

「そういう意味ではない。まあ試しに作ってみないか? それとも……あのレイラスがまさか料理はてんでダメとか……?」


 ベギラは挑発するように笑ってくる。


 なるほど、安い挑発ですね。そこらの底辺貴族でももう少し高くできるでしょう。


 ですが乗ってあげようではありませんか! 何となく木っ端貴族のそれよりも腹が立ちますし!


「いいでしょう。私は何でもこなせると見せてあげましょう」

「よし。汚れてもよい衣装に着替えてきてくれないか? そのいかにも高そうなドレスでは……」

「これで問題ありません。古いので」

「お、おう……じゃあそこらの野菜を細かく切って欲しい。みじん切りってわかる?」

「微塵に切ればよいのですね?」


 ベギラに言われて包丁を手に取る。私は貴族令嬢ではなくて貴族として教育されてきました。


 なので包丁を使ったことはないですが剣と同じでしょうと、振りかぶって野菜を切り裂こうとすると。


「れ、レイラス!? 使うのは剣でなくて包丁です!?」

「? 斬るのでは?」

「もっとこう、小さく優しくで大丈夫です!」


 メイルさんが野菜に手を添えて、トントンと僅かに包丁をあげて野菜を切っていく。


 そういえば料理人が包丁で肉を切るのを見たことがありますが、こんな使い方だったような記憶がありますね。関わりないことと考えていたので特に意識しませんでしたが。


「こうして、こうです。やっぱりレイラスは器用で筋がよいのです」


 少しメイルさんに手取り教えてもらいながら、野菜を小さく細かく微塵に切った。


 当然です、私は何でもこなせる自信があります。当主として育てられてきたので貴族令嬢なら必須技能であろう裁縫などはできませんが、それはあくまで練習してないから出来ないだけ。


「じゃあこの肉潰したのと野菜を混ぜてこねてくれ」


 ベギラに言われてまな板に置かれているひき肉を、先ほど切った野菜を混ぜてこねていく。


 ……や、柔らかい。何とも言えない感触ですね……。しばらくこねているとまたベギラが口を出して来た。


「じゃあ次はそのひき肉を焼こう」

「はいはい。えっと窯はどこにありますか?」

「いやフライパンで焼いて欲しい」


 そういえばそんな物もありましたね。焼くと言えば窯、パン窯の管理は統治の基本なのでそちらのイメージが強すぎましたか。

 

 私はフライパンにひき肉をのせて焼いていくのだった。


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長くなってしまったので後編へ!


今年もありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。


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