第77話 エルフ公国の大困惑


 レーリア国の北に位置するエルフ公国。その大森林の巨大な大樹をえぐって作った住居の大部屋。


 そこでは巨大な円卓を囲んで大勢の者が激怒していた。


「バカな! 人間風情が我らの派遣した裁決者を殺しただと!? 到底許してはおけぬ、何様のつもりだ!」

「下等種族ごときが高貴なる我らエルフを害するなど!」

「今すぐに攻め滅ぼすのだ! 我らエルフが本気を出せばライラス領ごとき!」


 エルフたちとて本来は一枚岩ではない。


 権力争いもあるし血を流す闘争を行うことだってある。人口が少ないくせに暗殺事件とて稀に起きる程度には争う。


 だが今の彼らは一致団結して人間に怒りを覚えている。エルフ族のほぼ全員が人間を下等種族と見下しているのだ。人の分際でエルフを殺すなどあり得ないと。


「落ち着きなさい。エルフともあろう者が人間のように狼狽するな」


 ポニーテールを少し揺らしながら、エメラルドの髪を持つ幼女が厳かに呟いた。


「し、しかし長よ! 人間は到底許してはおけぬ! 奴らは禁忌であるゴーレム魔法を使っている上に、我らの派遣した裁決者すら殺したのだぞ!」

「速やかに攻め滅ぼして見せしめにすべきだ! ゴーレム魔法使いやその縁者、そして権力者は全員磔の上に火刑に!」


 激高するエルフたちを幼女は静かに見据えた後。


「相手はゴーレムを多く所持しています。迂闊に正面から戦争を仕掛ければ私たちにも被害が出ます。わかっているのですか?」


 幼女の凛とした言葉にエルフたちは押し黙る。


 頭が冷えたのか冷静になって会話をし始めた。


「それはまずいな……人間のために我らエルフが死ぬなど論外だ……」

「人間を万人殺した結果、エルフが百人死んだなどでもあれば割に合わない……」

「しかしゴーレム魔法使いを放置してはならない! そもそも裁決者たちは何故やられたのだ! 厄介なゴーレムを無視して魔法使いだけ殺せばよかったはず! 人間相手に我らエルフが遅れを取るはずがない!」


 エルフたちは口々に叫ぶ。


 エルフの長である幼女は「静粛に」と告げると。


「わからぬ。ゴーレム魔法使いを襲撃した後に連絡が途絶え、その一週間後に彼らの命が消えた」

「きっと卑劣な手段を用いたに違いない! 人間め! 絶対に許さぬ!」

「我らが同胞をよくもはめたな!」


 自分達の行いは完全に棚に上げて叫ぶエルフたち。


 エルフたちにとって暗殺とは卑劣ではない。いや正確に言おう、彼らにとってこれは暗殺ではなく屠殺だ。


 家畜以下の存在を殺すのに卑怯も何もなく、そもそも『人が我らに殺されない時点で傲慢だ』という考えであった。


「どのような手段かは分からぬ。裁決者たちがゴーレムを無視せずに戦ってしまったか、卑劣な罠にかけられたか。普通に戦えばあの者達が人間に負けるはずがないのだから」

「当たり前だ! 人間ごとき片手でも屠れるわ! そもそも我らの速さなら勝てなくても逃げ切れる! やはり罠だ!」


 エルフの長は彼女らの中では確信している事実を淡々と述べ、他のエルフたちもそれに反対意見を出さない。


 エルフたちは知らない。裁決者たちは師匠ゴーレムに舐めプされて負けたことを。


 自慢の速度ですら圧倒された上で、みたいに雑に処理されたことなど。


「奴らの卑劣な手段が分からぬ以上、決裁者を出してもまたやられる可能性がある。戦争をすれば我らにも被害が出る。でるならば、やはり家畜同士で醜く争わせるべきだろう」

「……なるほど。下等種族同士で勝手に血を流させておくと」

「愚かな人間どもだからな。我らと違って身内で戦争まで引き起こす」


 この場に嘲笑が響き渡る。


 だが彼らは勘違いをしていた。エルフ公国は確かに内乱は起きない。精々が権力争いによる暗殺や決闘程度で、大規模な殺し合いは発生しない。


 だがそれはエルフ公国の人口が少なすぎて、起こせば国が成り立たなくなるが故だ。エルフたちが優れた生命だからではなく、大抵の生物が持ち合わせた生存本能によって争いが発生しないだけ。


 彼らはそれに気づかずに、自分達は優れた種族だから内乱が起きないと勘違いしている。


 人間は数が多いから身内で戦争がという事実に気づかない。種を増やして繁栄させられることは、生物が優れている基準のひとつであるはずなのに。


「レーリア国の王家を支援する。我らが助力すればライラス領など木っ端のごとく吹き飛ばせる」

「助力とは具体的にはどうするのだ?」


 長である幼女は小さく頷くとゆっくりと口を開く。


「金銭と食料を送る。だがそもそもだ、我らエルフが王家につく。その事実を宣言するだけで人間どもは震えあがり、ライラスとやらにつく貴族はいなくなる」

「確かにその通りだ!」

「我らエルフが優れた種であることは絶対の真理だからな!」


 エルフたちは全員が賛成の声をあげた。


 この場を支配するのは人間に対する嘲りだ。


「道理だな。人間ごときが我らに勝てるはずがないのだから」

「レーリア国は我らが従属させた過去がある。奴らがよほど愚かでなければ、我らにつくのは間違いない」

「問題は人間が想像以上に愚かで、我らに逆らう者が多い場合か。その場合はどうする?」

「そこまで愚かな者ならば楽に勝てるだろう。そもそも我らが支援するのだからレーリア王家が勝つに決まっている」


 エルフたちはすでに勝利を確信していた。


 彼らにとって人間とは自分の思い通りに動かせる家畜だ。羊飼いが羊を導くがごとくと。上位種族であるという自負が、自分たちの思考を歪めているとも知らずに。


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