第75話 ゴーレム魔法の焚書
俺はライラス辺境伯屋敷の食堂で、妻たちを集めてエルフの件を報告していた。
「……というわけなんだ」
「そんなことになってるなんて信じられないです……」
「ボクもゴーレム魔法は世間の評判に比べて優秀だとは思ってたけど、そこまで裏があったの!?」
「エルフがゴーレム魔法を封じたですかー。何となく合点がいかなくもないですねー」
椅子に座ったメイルたちも各々反応を示す。
俺としてもエルフたちの話は半信半疑だが、彼らの言葉を本当と仮定すると今まで抱いていた違和感に納得できることがある。
違和感とはレーリア国におけるゴーレム魔法の、過剰過ぎる不遇さについてだ。ミレスが言っていたようにゴーレム魔法はかなり優秀だ。
確かに通常のゴーレムは製造が大変だ。魔法使いが最低でも半年くらいかけてようやく製造できるので、作成コストがかなり大きいのは認めざるを得ない。
魔法使いは高給取りだし魔物退治などの他の仕事に引っ張りだこなのもある。
俺の稼働時間制限ゴーレムでなければ、使い勝手はかなり悪いのは認めよう。だがそれでも無限に動かせる労働力が得られるというのは、大きなメリットになるはずなのだ。
この世界は戦争が多いので、戦力として考えればゴーレム魔法の評価が下がるのは分かる。だが……それでも師匠以外のゴーレム魔法使いがいなくなるレベルは異常と言わざるを得ない。
例えば十人の魔法使いに無限稼働ゴーレムを製造させるなら、一年に二十体製造できることになる。
五年もすれば百体だ。百体のゴーレムがいればどれほどの仕事ができるか……しかも壊されない限り無限に扱える。
……ゴーレムの労働力は一般人複数集めれば代替が効くので、評価が低いのはそこらへんの理由もあるのだろうが。
「捕らえたエルフたちの言葉を信じるなら、エルフはゴーレム魔法を憎悪している」
「だろうねぇ……だってエルフがわざわざベギラを襲うなんて、ゴーレム魔法関係か王家の恨みしか思いつかないもの。エルフはレーリア国内の権力争い自体には興味ないだろうし」
ミレスが少し悩みながら呟く。
エルフ公国は基本的に他国に不干渉だ。少なくとも六十年以上もの間、奴らが他国に何かをしたという記録はない。
それにエルフ自体が人間に興味がないのは有名な話だし、彼らは数が少ないので他国に攻めるのも難しい。仮に戦争で勝ったとしても占領統治ができるほどの人員がいない。
なので俺は彼らのことを全く計算に入れてなかった。仮に王家と争うことになったとしても、漁夫の利を狙って攻めてくることはないと。
「捕縛したエルフたちのことが全て真実と仮定するぞ。その場合……俺がゴーレム魔法で領地発展させていくと、エルフ公国と戦争になる恐れがある」
「そんな……」
「それはマズイよ! 北と東と西の全てが敵になっちゃう!」
メイルとミレスが悲鳴をあげる。
元々俺達は王家とアイガーク王国の二勢力と敵対して、東西を敵にしているのだ。
アイガーク王国は前の戦で弱体化しているが、俺達が内乱を起こせばその隙を見逃しはしないだろう。王家は正直そこまで厄介でない気はするが、それでも東に敵を抱えていることに変わりはない。
更に北に位置するエルフ公国まで攻めてこられたら流石に地獄だ。
「それは厄介ですねー。出来ればエルフ公国とは事を構えたくないですがー、今の話を聞く限りでは難しそうですー」
ライラス辺境伯はニコニコと笑って俺を見ている。だが目は全く笑っていない。
この人まさか……いや流石にそんな浅慮なことはしないだろう。しないですよね!?
「それでエルフに対してどう対応していくかなどの相談をしたい」
「そうですねー。幸いにも北は雪積もる寒い土地、エルフたちも簡単には攻めてこれないでしょうー。やはり王家を潰すことに尽力するのがよいと思いますー。予定より急ぐ必要は出てきそうですがー」
俺達は色々と話し合って、結局早めに王家を潰そうという結論に至った。
今までと変わることはゆっくりできないことだろうか。これまでは王家派をじわりじわりと切り崩す予定だし無理をする必要はなかった。
ようは時間は俺達の味方だったのだ。しかしこれからは違う、今は早くレーリア国を飲み込まないとな……。
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リテーナ街の地下牢。
エルフたちが檻の中で偉そうに悪態をついていた。
「下等種族め……我らをこんな粗末な場所に放り込むなど、到底許されると思うなよ……! 決めたぞ、あのゴーレム魔法使いの妻はゴブリンの子を孕ませる!」
「落ち着け。こんな牢は早めに脱獄するに限る。魔法はこの手錠で封じられているが、エルフ直伝の脱獄術がある……」
エルフの片方は両手にはめられた手錠を見せながらため息をつく。
そんな彼らの檻の前に、ひとりの美少女が歩いてきた。
「エルフの方々ー、少しお聞きしたいことがありましてー」
ライラス辺境伯が、メフィラスを共にして視察に来ていた。
予想外の人物の登場にエルフたちの顔色が変わる。
「人間風情に話すことなどない!」
「ましてやゴーレム魔法使いの妻などには!」
「あらあらー、それは残念ですー。私はエルフ公国側についてもよいと思っていますのにー」
ライラス辺境伯の言葉にエルフたちの表情が変わる。彼らは少しだけ驚いた後に納得した笑みを見せた。
「ふん、下等生物としての立場は弁えているようだな。念のために理由を聞かせてもらおう」
「私の目的はレーリア国を得ることであって、エルフ公国と争うことではないのでー。エルフの方々にはとても勝てませんしー」
「当たり前のことだな。ならばすぐにゴーレム魔法使いとその妻を殺せ。お前はアレとは交尾してないな?」
エルフの物言いにライラス辺境伯は少しだけ眉をひそめる。だがエルフたちはそれに全く気付かない。
彼らは下等生物と見下す者の表情の機微など理解できないし興味もないのだろう。
エルフたちは人間を家畜とみなしているので、考える頭などロクに持ってないと見下しているのだから。
「……していませんー。ですがその前に色々とお聞きしたいのですー。エルフ公国に力を貸す見返りも欲しいですしー」
「いいだろう。我らエルフが人間に知識を下知してやる」
ライラス辺境伯はエルフたちに色々なことを聞いていく。
「喉が渇いたな。酒を寄越せ」
「飯もだ。蛮族である貴様らの主食の肉ではなく、山菜などを用意するのだ。この手錠もさっさと外せ」
「……メフィラス、お願いしますー。ですが手錠は外せませんー、もしここにベギラが来たら目論見がバレてしまいますのでー」
エルフたちは手錠をつけたまま、アルコール度数の高い上等な酒や山菜を飲み食いする。
次第に顔が赤くなって酔っぱらっていく。
「何故貴方達はそこまでゴーレムを嫌悪するのですか?」
「我らはなぁ、ゴーレムに弱いんだよぉ。我らは万能だが腕力だけは不足していて、魔法も基本的に風しか使えないぃ。だからなー」
「重くて硬くて血の流れないゴーレムはなー。そのせいで百年前だっけ? も危うかったもんなー」
酔っぱらったエルフたちは口も態度も軽くなり、べらべらと聞いたことを話す話す。
更に様々な情報を収集した後、ライラス辺境伯はニコリと微笑んだ。
「そうですかー、ありがとうございますー。ではそろそろ殺しましょうかー。メフィラス、彼らを解放しなさい」
メフィラスはライラス辺境伯の指示に従って、牢の鍵を開けて中に入った。
エルフたちはそれを偉ぶりながら見ている。
「うむ。ゴーレム魔法使いの首をはねてやるぅ!」
「妻は殺さんぞぉ、ゴブリンと配合させるからなぁ」
エルフたちは殺す対象をベギラと確信して気分上々、のまま死ねれば幸福だっただろう。
メフィラスは腰につけた剣を目にも見えぬほど鋭く抜いて、酔った彼らの首を落とした。
ごとりと落ちた首は驚愕の表情を浮かべている。エルフたちは腐った実力者であったので、凡人ならば目にもとまらぬ剣すら見えてしまった。
剣が自分の首を跳ねるところがスローモーションで目視できたのだろう。
ライラス辺境伯は彼らの末路を確認せずに背を向けていた。
「他国の言葉なんて簡単には信じませんー。ましてやゴーレム魔法を使えなくするなんて、ただの我が国の弱体化工作ではないですかー。むしろエルフが攻めてくると考えて、ゴーレム魔法の促進が急務ですねー」
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エルフたち、力でも知でもやり込められますね……。
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