第73話 ゴーレム馬車の真価


 私はメーダー伯爵。自分で言うのもなんだが、レーリア国の有力者のひとりだ。


 そんな私は屋敷の私室でくつろぎながら手紙の便せんを破いていた。


「むぅ……ライラス辺境伯がツェペリア領主と婚姻とは……! これはとうとう、レーリア国が完全に二分される時が来たか……!」


 レーリア国は王家派とライラス派で割れていた。


 凄まじい勢いで権力を広げるライラス辺境伯に対して、王家はもはや手綱を握れていない。いずれ相容れなくなるとは読んでいた。


 それは以前に彼女の屋敷に招待された時から分かっていたことだ。


 とはいえ……まさかここまで早くその時が訪れるとは思わなかった。ライラス領は王家以外にも敵がいたからだ。


 侵略してくるアイガーク王国の存在が、皮肉なことにレーリア国をかろうじて一丸に保っていた。ライラス領がもし王家と争えば、それに乗じてアイガークが攻めてくる。


 侵略戦争を仕掛けてくる他国を相手取りながら、更に王家と戦うほどの力はさしものライラス辺境伯にもない。仮にできるとしてもそれは十年以上先。


「そう、先のはずだったのだがなぁ……まさかツェペリア領があそこまで急激に発展して、かつ全面的にライラス領につくとは……」 


 そんな私の予測を完全に狂わせた要因。それはツェペリア領、いやそこの領主だ。


 いきなり兄から家督を奪って、信じられない勢いで領地を開拓していった。挙句に元スクラプ領まで飲み込んで一気に有力領主に躍り出たのだ。


 ただでさえ新進気鋭とうたわれていたライラス辺境伯に、新星のごとく現れたツェペリア領主が婚姻を結ぶ。悪夢だ。


「こうなると私もライラス派か王家派か。どちらにつくかを明確にせねばならぬ……そこでこの披露宴の招待とは」


 手紙を見ながらため息をついてしまう。


 披露宴、というのが本当に手練れだ。本来なら貴族のパーティーは派閥表明だ。


 開催主の夜会に参加すれば、その開催主の派閥に所属することを意味する。


 ただし例外がある、それが披露宴と葬式だ。


 披露宴と葬式だけは参加しても、その開催主の派閥に入ったとまでは見なされない。


 何故なら開催主の派閥ではないが、個人的に縁を持つ者などもいる。それに顔見世にも近い行事なのでこれくらいは……という理由だ。


 逆に言えばこの披露宴はライラス派にとって絶好の機会だ。王家派に対して力を誇示するための。


「何にしても参加しない選択肢はないか。執事、手紙とペンを持て」


 執事に命じて白紙の手紙を持ってこさせた。そしてその手紙に参加希望と祝辞の言葉を書いて封をする。


「これを屋敷の前で待つの御者に渡してくれ」

 

 書き終えた手紙を執事に持って行かせる。


 この手紙は奇妙な四足の……牛? みたいなゴーレムがひく馬車が持って来たのだ。


 そして馬車の御者は私の手紙の返信を預かると言って来た。まるで公的に重要な文書のやり取りだな……。


 この手紙のやり取りだけに御者に馬車にとは贅沢なものだ。いや普通の馬車ではないが……。


 さてこの手紙が向こうに届くまで最低でも十日はかかる。おそらく向こうからまた返信が届くだろうがどんなに早くても二十日後だ。


 今の間に配下に命じてツェペリア領主についてもう少し調べさせておくか。


 そんな私の思惑は粉々に砕かれることになる。


「メーダー様! ライラス辺境伯から返事のお手紙が!」

「……は? 何を言う! まだ手紙を出して十日しか経っていないぞ!?」


 私室で椅子に腰かけて休んでいる私に対して、執事が大慌てで手紙を持って来た。


 いくら何でもと思って便せんを確認するが、そこにはライラス辺境伯家の印章が押してあった。


「……そうか。ライラス辺境伯は偶然、このメーダー領の近くにいたのか。それならば納得が……」

「それはありえません。ライラス辺境伯はリテーナ街で五日ほど催し物に出ておられます。流石にそれを抜けだすとは考えづらく……」

「ではどういうことだ? 何故この手紙は二十日かかるはずの往復を、その半分で済ませたというのだ?」


 意味が分からない。だが分からねばならない。


 二十日かかるところを十日で移動する。それがもし出来る方法があるならば、それは恐ろしい戦略兵器となり得る。


 移動速度が二倍ということは情報の伝達速度も二倍になる。それに交易などでも同じ時間でより多くの品物が運べる。


 つまりはライラス領がより潤うことになりかねない。その方法が簡単にできるとするならば、私はもはや迷わずに王家を切り捨てる決断をする。


「とりあえず手紙を見てはいかがでしょうか? また御者の方がお待ちですので」

「……そうだな」


 封を開けて中の手紙を開く。


 そこには恐るべきことが書いてあった。


 ――ごきげんよう。ライラス領で新開発したゴーレム馬車はいかがでしょうか?


「ゴーレム馬車? 御者が乗って来たものか……」


 更に続きを読んでいく。


 ――この馬車は普通の馬よりも優れていて、平均速度こそやや劣りますが休みなしで永遠に走れますの。それに通常の馬車より遥かに多くの荷物を運べます。


「は、ははは……」


 私はもはや渇いた笑みしか浮かべられなかった。


 休みなく走れてかつ通常より多く運べる馬車。それが本来二十日かかる旅を半分の十日で終わらせる。


 そんなもの……そんなもの……国の経済を大きく変えかねないではないかっ!?


 しかもゴーレム魔法はまともに扱えるものがおらず、ライラス領の独占状態……!?


「す、速やかに文を送る! 我らメーダー領はライラス辺境伯につくと! 急げ! 他の貴族より早く宣言して好印象を抱かせるのだ! 王家にもう勝ち目などない!」

「し、しかしよろしいので? 他の貴族の出方を伺ってからでも……」

「このゴーレム馬車を他の貴族にも見せれば、目端のきくものなら誰でも目の色を変える! 急げ! ここで出遅れれば我らは領地を減らされる恐れまである!」


 私は血走った目で手紙を書き始める!


 もはや王家につく意味はない! ツェペリア領を手に入れて財力でも上、しかもこのゴーレム馬車まであるのだ!


 ライラス領の方が間違いなく上であるのだから!

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