第72話 王家ブチギレ


 レーリア王城の玉座の間。


 玉座に座る王とその傍らに立つ財務卿は、ライラス辺境伯からの手紙を見てブチギレていた。


「ふ、ふ、ふ、ふざけるなあああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「滅茶苦茶ですな! 王家が認めていない偽りの領主とライラス辺境伯が婚姻!? そんなもの絶対に認めらせませぬ!」

「この余を舐めやがって! 挙句の果てに『披露宴のご招待さしあげます』だとぉ!? 速やかにライラス辺境伯とツェペリア領主を出頭させよ! その場で捕縛して余が直々に裁きを下す!」


 王は激怒して玉座から立ちあがる。その顔は真っ赤で血管が浮き出ていた。


 まさにブチギレ。これほどまでのモノはなかなかお目にかかれないだろう。


「し、しかし……呼び出しても来るとは思えませぬ。しかもこの披露宴、おそらく王家派を切り崩すために……! ライラス派の力をこれ見よがしに見せびらかして、派閥を増やすつもりのはず!」

「チイッ! ならば我らも力を誇示するのだ! 周辺貴族への贈り物を用意せよ! その品でライラスの小娘との差を見せる!」


 叫ぶ王に対して財務卿は頭を下げる。


「は、ははっ! しかし何を用意すれば……」

「それを考えるのがお前の仕事だ! それとあまり金は使うなよ! 王家の財政に余裕がないのだから!」

「さ、流石に無茶でございます!? それでどうやって財力を見せつけよと!?」


 金を使わずに財力を見せる。はっきり言って無茶に近い。


 だがライラス領は一部では成功している。ベギラの用意したアイスゴーレムは、ほぼ出費がかかっていないのだから。

 

 もちろん披露宴で出すのはアイスゴーレムだけではなく、ライラス辺境伯が贅をつくした品々も用意する。


 それらに対してケチって勝ては無理であった。


 財務卿が必死に頭を抱えていたところ、王たちのそばに衛兵が駆け寄って来る。


「陛下! ミクズがやってきました! 通してよろしいでしょうか!」

「まーたあいつか! こんのくそ忙しい時に……! 財務卿、もうあいついらないのではないか!? スパッと首をはねたほうが気持ちよいぞ!」

「……お待ちくだされ。ここは謁見を許しましょう。私に策があります」

「…………またあの面を見ないとダメなのか。仕方ない、通せ」


 衛兵は王の言葉に従って部屋を出て行き、しばらくするとミクズが入室してきた。


 彼は玉座の前まで移動するといつものように絨毯の上で土下座した。


「王よ! どうか俺に軍をお与えください! ツェペリア領を不当に占領するベギラを俺が……」


 ミクズは王にいつもの言葉を投げかけた。一言一句たがわずに。


 王は耳にタコができたのかしかめっ面を隠そうともしない。


「ミクズよ。実はな、ツェペリア領に激変が起きた」


 財務卿は張り付いた笑みをミクズに向けた。


「げ、激変とは?」

「現ツェペリア領主と、ライラス辺境伯が婚姻するらしい」


 ミクズはしばらく固まった後、激昂した。


「ふ、ふざけるなああああぁぁ! あのクソガキがライラス辺境伯と婚姻!? 弟の分際で俺の立場がないだろうがぁ!」

「まだ立場があると思ってたのか……」

「王よ、お静かに……」


 王と財務卿の呟きはミクズの怒りの声にかき消される。


 幸いにも聞こえなかったようで、ミクズは土下座しながら更に叫ぶ。


「王よ! 私にベギラ討伐を!」

「まあ待て。そして本来正当なツェペリア領主は誰だ?」


 財務卿の呟きにミクズはぶるっと震えた。


「俺です」

「貴様は正当なツェペリア領主と王は認めている。故に披露宴で宣言するのだ。今のツェペリア領主は正当ではないので、この披露宴は無効であると! そうすれば……」

「し、しかしそれはあまりにも俺が危険過ぎます! その後にベギラに殺され……!」


 さしものミクズも敵地ど真ん中の披露宴に参加して、更にそこでベギラの不当性を訴えるのは危険であると理解していた。


 だが財務卿はにこやかに返した。


「ライラス辺境伯はツェペリア領主と婚姻を結んだ。お前はツェペリアの正当領主。この意味がわかるか?」

「ま、まさか……俺がツェペリア領主に戻れば、あのライラス辺境伯を好きにできると!?」

「全ては其方の行い次第であろう」


 ライラス辺境伯が美少女であることは、レーリア国でも広まっている話だ。


 ミクズからすれば超のつく金持ちで、かつ美少女を嫁にするという絶好の機会。


 危険を冒してでも得たいと思うほどの価値であった。


 なお財務卿はミクズの問いに対して明言を避けているが、熱くなったミクズは全く気付く気配がない。


「や、やります! 必ずや俺がベギラを蹴落として、ライラス辺境伯を妻にしてみせます!」

「ならばよし! お前は正当なるツェペリア領主だと余が保証しよう! 招待されたらすぐに向かうのだ、よいな! では出て行け!」

「ははっ! 王よ、ありがとうございます!」


 ミクズは歓喜の色を浮かべて玉座を出て行った。


 残された王と財務卿は同時にため息をつく。


「あいつバカすぎるじゃろ。どういう考えをすれば自分がライラス辺境伯と結婚できると思うのか。ベギラとやらが死んだら破談に決まっておるだろうに」

「マトモならば延々と王に謁見しに参りませんので。しかし披露宴でミクズが、現ツェペリア領主の不当性を訴えるのは効果があるやもしれません」

「まあそうじゃな。やらないよりは遥かにマシじゃろ。ついでにミクズが捕らえられて死ねばなおよい」

「そうすれば兄殺しの非道領主と責めれますからな」


 王と財務卿はくつくつと笑うのだった。


 なおミクズにはライラス辺境伯の息がかかっているので、全ては筒抜けになって大失敗するのは確定であった。


 更に財務卿は王家の力を示す贈り物が用意できずに、凄まじく苦悩することになる。


 そもそも王家が撒いた種のおかげで、ベギラはライラス辺境伯と婚姻を結べた。だが彼らはそれを知る由もなかった。


 財務卿は徹夜してまで悩んだ後、とうとう思いついてしまった。


「はっ!? 王の命でツェペリア領は切り取り次第として、各領主に攻めさせればよいのではないか!? そうすれば王の権威も示せて、貴族たちも裏切らずにむしろ喜んでツェペリア領に攻める!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る