第66話 いつか見た憧れを手に
俺たちはライラス辺境伯に促されるままに、彼女と机を挟んで対面の椅子に座った。
この食堂で今から行われるのは宴ではない。我がツェペリア領の行く末を占う一戦だ。
メフィラスさんが紅茶の入ったカップを、ワゴンカーみたいなものに乗せて持ってきて俺達の目の前に置いた。
「お久しぶりですねー。色々と噂は聞いていますー。素晴らしい活躍をしているようでー」
ライラス辺境伯は紅茶に口つけた後、俺に視線を向けて笑う。
一見すると簡単な挨拶だがすでに試合は始まっている。彼女は色々と聞いているのだ。
つまりライラス領はツェペリア領の情報を大半把握していると言っている。
逆にこちらはライラス領のことをあまり知れていない。
間者を繰り出す余裕がなかったからなぁ……領内経営だけでも人手が足りないのだから。
「いえいえ。片手間で降りかかった火の粉を振り払っただけのことです。領地の存続に精いっぱいで」
「そうなのですかー。スクラプ領を手中に収めるのは、領地存続の片手間にできるのですねー」
「ははは、私にはゴーレムがありますから。手ならいっぱい増やせますので」
とりあえずの方針は俺の価値を盛る!
こうすることで俺が魅力的に写るので、ライラス辺境伯の中で政略結婚の選択肢が……生まれるかなぁ?
こんな小細工無意味な気はするが、やらないよりはたぶんマシなはずだ!
「それとメイルさんにミレスさん、二人とも健康そうで何よりですねー。もし何かあれば遠慮なく頼ってくださいね。相談もどうぞー」
「あ、ありがとうございますです」
「お気遣い頂きありがとうございます」
メイルもミレスも少しガチガチながら無難に返す。
これは暗に「私の許可なく子供をつくるなよ」と言っているのだろうか?
いや普通に他愛ない話な気もする……わからん!
「ベギラ、貴方のゴーレムは便利ですねー。以前に工事に借りましたが人手が余ってしまうほどでした」
「ははは、ゴーレムは疲れ知らずでずっと働けますからね。更に力も強いので」
「ゴーレムがここまで便利とは思いませんでしたー。我が領地でもゴーレム魔法使いが欲しいですねー」
「ははは、うちも魔法使いが足りてなくて困っています」
やらんぞ!? うちのゴーレム魔法使いはまだフレイアだけだし!
今後育てるであろう魔法使いたちも譲りたくはない……が、引き抜かれてしまいそうだなぁ……。
ライラス領の方がよい条件で雇えてしまうだろうし。
いかんいかん、受け身に回ってしまっている。ここは俺得意の前のめりで行った方がよい!
「そういえば私の正妻の件はどうなっていますか? そろそろ世継ぎをつくっておかないと、私に何かあるとツェペリア領が崩壊するので」
ここは一気に攻めるぞ!
ライラス辺境伯と牽制しあっても勝てる気がしない!
「まだ若いので大丈夫ですよー」
悲報、ライラス辺境伯欠片たりとも動揺しない。
「そんなことはないですよ。やはり世継ぎなしではリスクが高すぎます。そろそろ私の妻たちも気がかりになってくる頃です」
俺は紅茶を口に含んだ。味がしない。
何度でも言うが俺の年齢ならもう世継ぎはつくれる。領主として跡継ぎになる子を成すのは義務だ。
この場合はライラス辺境伯の方がおかしい。普通に考えれば「若いのでー」などの理由で誤魔化すことはあり得ない。
やはり彼女は俺に現十歳の正妻をつけたいのだろう。
「では養子をとりますかー? いざという時はそれで……」
「それもリスクが高すぎますね。下手をすればその養子の実家に領地が乗っ取られる」
実子のいない貴族が養子をとって、家の継承時にお家騒動になって滅びる。
そんなのは歴史上山ほどある。滅びなくても養子の実家が幅をきかせて、滅茶苦茶にされてしまうことも。
そしてこの場合の養子とはライラス辺境伯の親族だろう。実質的な乗っとり計画だ、断固として断らせてもらう!
「私の妻は平民ですが愛しています。なのでその子供を領主に据える、という選択肢も考え始めています」
「それではー領民が納得しないのではー?」
「納得させますよ。私の手腕で何としても」
ライラス辺境伯に面を向かって宣言する。
実際のところそれ自体は不可能ではないと思っている。
いざとなったらどこかの貴族に金を払って、メイルを実は貴族の出身……みたいな話に持って行く方法もある。
ただしこれをするとライラス領との関係が微妙になるので、最終手段の一つではある。
そろそろ場は整った。ここで切り札を投入させてもらう!
偶然何故か手に入った強烈なアレを!
俺は少し冷や汗をかきながらも切ることにした。
「それとですね、実は王女にも求婚を受けましてね。あるいはその選択肢もゼロではない」
これが俺の切り札! 必殺『王家から求婚受けました』だ!
ライラス辺境伯は今まで俺達に常に優位を取っていた。
なにせツェペリア領が頼れるのは彼女しかいないので、逆らうという選択肢がなかったからだ。
だが今は違う。明らかに毒とは言えども王家からの誘いがある!
今回ばかりは感謝もするぞ王家! お前たちの策のおかげでツェペリア領の価値が上がった!
「あらー」
ライラス辺境伯は貼り付けた笑みを浮かべている。
こ、怖い……明らかに何か考えている……!
彼女はしばらく黙り込んだ後に目を少し細めた。
「ですが王家がツェペリア領を優遇するとは思えません。きっと綺麗な花に見せかけた毒ですよ」
「毒を食らわば皿まで。もちろん選択肢のひとつでしかありませんが。ですが揺れてはいますね」
「…………なるほど」
ライラス辺境伯はとうとう間延びした声をやめた。
すごく怖いがここで臆しては何も手に入らない! 一世一代の勝負だ!
「単刀直入に言います。私とライラス辺境伯が縁を結ぶことこそ、互いにもっともよいかと思っております」
「……確かにツェペリア領には大きな利点があるでしょう。ですが我がライラス領にはありますか?」
「あります。今やツェペリア領はスクラプ領を飲み込んだ新進気鋭。そして王家からも縁談を持ちかけられるほどの領地。更にゴーレムによって将来性も豊か、数年後にはこの価値は更に上がる」
嘘は言ってない。ツェペリア領はゴーレムを農業に使って、領地の広さに比べて遥かに多い作物の収穫量を出している。
更に城塞都市も他領に比べて少ない出費で用意できる。これら二つの成果だけでもツェペリア領の将来性を占える。
喉がカラカラになったので味のしない紅茶を口付けた。
「そんな私が王家側を断ってライラス辺境伯と結婚する。日和見貴族たちも趨勢はライラス派に動いたと思うでしょう。つまり……」
「そこからは結構です。私がレーリア国を奪えると」
俺は小さく頷いた。
全て言ったのでもう戻れない。吐いたツバは飲み込めない。
後はライラス辺境伯の返答次第だ。頼む……! 何とかなれっ!
彼女はしばらく目をつむった後に俺に笑みを向けた。
「…………ふふっ、見事です。随分と貴族としての身のこなしを身に着けましたね。かなり力技ではありますが」
「ありがとうございます。それで返事はいかほどに?」
「本当に真っすぐ聞いてきますね。ですがそれが貴方の強みなのでしょうね。私はレーリア国を盗ります、今の王家ではこの国は滅亡する。そしてそのために有利になることはする」
ライラス辺境伯は真剣な表情でこちらを見てくる。
「貴方を試していました。ツェペリア領は魅力的ですが足手まといは不要。もし貴方が自分の価値を把握していないなら、私は今まで通りの関係を続けるつもりでした」
「…………」
「ふふっ。私の婚姻という切り札、貴方に使うことにします。よろしくお願いします、あなた」
俺は思わず椅子から立ち上がってガッツポーズした。
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