第65話 昨日の主君は今日の……?
俺達はライラス領のリテーナ街――ライラス辺境伯の街――へと着いた。
馬車の窓から見る街は相変わらず活気にあふれている。
俺が離れた後もよい街の状態を維持できているようだ。流石はライラス辺境伯だなぁ。
今の王家とか酷い統治してそうだし、少し離れたら王都の治安悪化しててもおかしくない。
「あのゴーレムの馬車って……」
「もしかしてツェペリア領主になったベギラでは? ほら以前にアイガーク王国との戦いで活躍した……」
何もしてないのに民衆の声がほのかに聞こえる。いやぁ人気者は辛い。正確には馬車の窓を開いて俺の存在をアピールして、耳すまして必死に聞いているが。
更にゴーレム馬車は進んでいく。そしてとうとうライラス辺境伯屋敷の前にたどり着いた。
馬車から外に出て屋敷を観察する。今まで慣れ親しんだ職場だったはずの場所が、今は魔王城のように恐ろしい建物に見えた。
だがこの比喩は間違っていないだろう。何せ今から俺が戦うのは……風の識者とまで呼ばれた傑物なのだ。
生半可な覚悟で行けば即敗北しかねない。
「メイル、ミレス。覚悟はいいか? 相手は恐るべき傑物にして何を考えてるかよくわからないライラス辺境伯だ。きっとこれまでの俺達の行動は全て彼女の掌の上と考えてよい」
「流石にスクラプ領奪取は計算外なんじゃないかなぁ……?」
「ミレス、お前の気持ちはわかる。だがライラス辺境伯はそれでも想像しうる怪物だ」
俺はずっとあの人の掌で転がされている。
何なら俺がライラス辺境伯を嫁にしようと動くのすら、裏で糸を引いて操られた動きな可能性もゼロではない。
だが俺とて男だ! 何なら暴れ馬であってみせる!
飼い馬だって主君の言うことに従わないことはある! 手綱をずっと握っていられますかね! ライラス辺境伯!
俺は門の前に近づく。見張りは兵士ひとりとゴーレム一体だ。
元々は兵士二人で門の警備を行っていた。だが俺の提案で一人分はゴーレムが担うことになったのだ。
どうやら俺がいなくなった後もその制度は続いているようだ。
俺のことに気づいた兵士が敬礼してくる。
「ベギラ様! ようこそいらっしゃいました! すぐに案内のものをお呼びいたします!」
兵士は急いで屋敷の中に入っていく。ゴーレムは微動だにせずに門の前で構えていた。
やはりゴーレムの理想運用は固定の場所の守護者だな。
ゴーレムの弱点は機動力。だが移動しなくてよいならばそこがなくなる。
後は丈夫さと力は人並外れているので並みの人間ならば簡単にねじ伏せる。
魔法使い相手だと厳しいがそれは一般兵の門番でも同様だからな。
しばらく待っていると屋敷の扉が開いて、中から執事であるメフィラスさんが現れた。
「お待たせいたしました、ベギラ様」
メフィラスさんは恭しく頭を下げてくる。
以前ならばこの人は俺の上司だった。なのでメフィラスさんはの俺のことを呼び捨てにしていた。
だが今は違う。俺はツェペリア領主であって彼はライラス辺境伯の執事に過ぎない。
実際はメフィラスさんは執事ではなくて、領地経営も手伝っている側近だが。それでも俺の方が偉くなってしまった。
喜ばしい反面少し寂しいところもある。もうこの人と対等な立場で話すことはないだろう。
俺がライラス辺境伯を娶れたとしても、メフィラスさんは俺の部下になるのだから。
そして俺自身も周囲の目がある公の場では彼を敬わない。いや違うな、敬えない。敬ってはいけない。
「久しぶりです、メフィラス」
俺は少しふんぞり返るくらいの気持ちで話しかける。
以前なら「お久しぶりです、メフィラスさん」と言っていた。
多少丁寧に話すならともかく敬意を払ってはダメだ……完璧にうまくやれるかは分からないが、意識していかなければならない。
ツェペリア領主がライラス領の、いや他の領地の臣下に下手に出てはいけない。
そんなことをしたらツェペリア領の評判が落ちる。あそこは領主が他領地の部下にすら逆らえぬのだと噂されるから。
「覚えて頂いていて何よりでございます。ベギラ様の活躍は常日頃から耳にしております。こうしてお目にかかれて何よりでございます」
「忘れるわけがないだろう。メフィラスには色々としごかれて世話になったからな」
「世話になったなどと過分なお言葉を。ご壮健で何よりでございます。日々流れてくる噂は実に心躍り、さながら演劇の台本のようで」
メフィラスさんは俺を絶賛褒めたたえてくる。
……ものすっっっごく嬉しい! 以前の職場の上司に褒められるのヤバイ!
テンション上がるわ脳内ドラッグかこれは!?
「私こそメフィラスを見れて何よりだ。この街も相変わらず活気に満ち溢れている」
「全ては我が主君の人徳の賜物かと。今回の会談の目的は不明ですが、うまく話がまとまることを期待しております」
メフィラスさんはニコリと笑いかけてくる。
今まではこの人はずっと俺の味方だった。俺に戦場に出る時に助言してくれたり取り立ててくれた。
だが残念だが今回は違う。
彼はライラス辺境伯の臣下であって俺の仲間ではないのだから。つまりライラス領の人間であって敵にもなり得る。
だがそれでも彼は「話がまとまることを期待する」と言ってくれた。
メフィラスさんが言える範囲での最大限の賛辞を贈ってくれたのだ。
「感謝する。私としてもこの会談の目的は、ライラス辺境伯に損がないと踏んでいる」
「ならばなおさらよい話になることを期待します」
嘘は言っていない。
ライラス辺境伯と俺がくっ付くことは大きいはずだ。
何せ今のツェペリア領はもう弱小領地ではない。それが永遠にライラス領につくと宣言すれば、国内での趨勢が決する恐れまであるのだ。
元々俺がツェペリア領になる前でライラス領派と王家派は互角、いや僅かにライラス領の方が力が上と言われていた。
そこで俺がツェペリア領と元スクラプ領を奪って、彼女と婚姻して永続的にライラス派につく。
どう考えても力のバランスがライラス派に傾く。日和見で中立だった貴族たちもライラス派につく可能性が出てくる。
つまりライラス領が王家に勝てる可能性が大きく上がるのだから。
「ではそろそろご案内いたします」
俺は慣れ親しんだ屋敷の中を、メフィラスさんの案内されてついていく。
そうしてたどり着いた扉の前。そこは以前に俺が頭を下げてくぐった部屋。
俺が客人である伯爵を饗応して、フィッシュタンクゴーレムで魚を振る舞った部屋。
屋敷の食堂の扉が俺の前に立ちふさがっていた。
今度は俺が客人でもてなされるとなると少し感慨深いものがある。だがそれ以上に……恐ろしい。
「どうぞお入りください。中で主がお待ちです」
魔王の玉座の間への扉に等しきそれのドアノブを握り、俺はゆっくりと扉を開いた。
「ふふっ。ベギラー、お久しぶりですねー」
中にはすでに椅子に座ったライラス辺境伯が、いつもの笑顔で待ち受けていた。
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出世して帰って来るの楽しそう。
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