第63話 迷う


 俺は元スクラプ領主屋敷の執務室に他の皆を集めた。


 メイル、ミレス、フレイア、兄貴ズ、ジーイと勢ぞろいだ。


 主要メンバーを全員集めた理由は会議を行うため。


 もちろん議題は王女から婚姻を申し込まれた件についてだ。


「全員集まったな。実はな……アイリーン第三王女から婚姻の申し込みを受けた」

「し、師匠!? す、すごすぎますよっ!?」

「はぁ!? ベギラお前流石にそれはヤバイだろ!? どれだけ出世すれば気が済むんだお前!?」

「起きながら夢見てるんじゃないのか?」


 まったくフレイアに比べて兄貴ズは……素直に褒めてくれればよいものを。


「残念ながら現実だ。とは言え……正直、王家の罠だと思っている」

「なんだよ現実見えてるじゃねえか」

「いくら何でもそこらの一領主に、王家が婚姻申し込みは流石にあり得ねぇよ」


 俺も兄貴ズの言葉にうなずく。


 いくら何でもあの無駄におごり高ぶっている王家が、たかが一領地であるツェペリア領の俺を。


 それどころか王家が認めた正式な領主を追い出した俺を、認めるなどあり得ないのだから。


 つまり奴らの目的はひとつ。俺を王家派にすると提案することで、ツェペリア領とライラス領を分断する狙いだ。


「そういうわけで王家の婚姻はもちろん断る。ただ理不尽なことに断るに相応しい理由がいる」

「理由? 普通に断ったらダメなのです?」

「いるんだよ。王家からの申し出を断るとはーって言う輩が一定数」


 首をかしげるメイルに応えておく。


 面倒なことにこの婚姻を何もなく断れば、周囲の貴族から不評を受ける恐れがある。


 もちろん文句を言ってくるのは王家派だ。あいつら間違いなく「王家側から婚姻を申し込んでいるのに断るとは何事か!」とか言ってくる。


「でも王家派なら別に文句を言われても問題ないんじゃないの? ツェペリア領は元からライラス辺境伯派閥だよね?」

「ミレス、それは違うぞ。今ならまだ王家派に寝返る選択肢もある。だがここで王家の婚姻を断るとその線は完全に切れてしまう。つまりライラス辺境伯派に入るしか選択肢がなくなる」

「あー、選択肢がなくなるとライラス辺境伯への交渉の余地が減っちゃうのか」


 俺はミレスに対してうなずいた。


 もしツェペリア領が王家派につける可能性があるならば、ライラス領はそれを阻止しようと優遇してくれる。


 こちらとしても「あまり酷い扱いするなら王家派行きます」と交渉して、酷い扱いをされないようにできるのだ。するかどうかは別としてだ。


 だが王家派の線を完全に切ってしまうとそれは無理になる。


 そうなってしまうとツェペリア領は、ライラス領に逆らえなくなるのだ。


 生殺与奪の権利を握られてしまうからな……最悪、危なくなったら見捨てられる恐れもある。


「そうなるとどうすればうちにとって理想の動きなんだ? 王家の王女様と婚姻するわけにもいかないだろ」

「それをするとライラス領が敵に回るからな」

「……ワンチャンなくもないのが困りごとです」


 兄貴ズに対して俺はボソリと呟く。


 王家派につくのは極めて嫌だが、王女と婚姻できるのはかなり大きい。


 そうすれば我が領地は王家関係者として、王家派の中でかなりの位置に立てる。


 流石の王家も王女と婚姻した俺を雑に扱うことは不可能だ。


 逆にライラス領についても守ってもらえる保証がない。なにせ未だに正妻すらもらえていないのだ。


 辺境伯は勝つために必要となれば俺達を切り捨てる可能性だってある。


 つまりツェペリア領を守ることだけを考えるなら、王家派に寝返るという選択肢が無しではない。


「俺個人としては絶対に嫌だし、レーリア国の行く末や将来性を考えるならばライラス領につく。だが……ツェペリア領が荒れないようにするには、一概にどちらがよいとは言えない」


 ライラス領は王家派に勝利しました!


 でもツェペリア領は戦場にされて、かつ尖兵にされてズタボロ。領民が大量に死んで荒れに荒れました!


 そうなったら俺は領民に顔向けできない。俺はツェペリア領主なのだ、守るべきは国よりも領地と民……。


「王家は信用ならねぇし、罠にかかるのもどうなんだ」

「だが罠ごと踏みつぶしてしまえば……」

「ボクとしてはライラス辺境伯につくのがよいと思うんだけど……よいライラス領をよく治めてくださってたし」

「ミレス様。辺境伯は確かにライラス領民には理想的なお方。ですが他領地からしてもそうとは限りません」


 この話はなかなか決着がつきそうにない。


 だが悲しいことにひとつだけ言えることがある。それは王家の分散工作はすでにある程度成功してしまっている。


 何せ俺達は散々悩んでいる。ライラス領から離れることも選択肢に出てしまっているのだ。


 しかしこの状況下だとどう動けばよいものか。


 やはり王家の婚姻を普通に断って、どっぷりライラス辺境伯につくしかないのか。


 我が領地を少しでもよく扱ってもらえることを祈りつつ。


「……逆に聞きたいです。私たちにとって最も都合がよいのはどうなることです? 王家とくっつけることです?」


 しばらく皆で唸っていると、メイルが頭を悩ませながら口を開いた。


「いや王家とくっつけても、ライラス領と敵対することになるからなぁ……」

「でも王家の縁談を断るのも困るです。なら現状維持が理想なのです?」

「うーん……というよりは、ライラス領が俺達を軽視できなくなるのが目的かな。重要視される保証さえあれば、ライラス領につくのを宣言するんだが」


 ライラス辺境伯派に入ること自体は問題ないのだ。


 問題は彼女がツェペリア領の価値を認めて、重宝することの保証がないこと。


 それさえ解決すればもろ手を振ってライラス領につくよ。どうせ王家に未来はなさそうだし。


 保証があればよい。仮にツェペリア領が戦場にされたとしても、戦後に復興保証もしてくれるからな。


「なら……あなた。ライラス辺境伯を落としてくるのです!」

「…………は?」


 俺はメイルの言うことが理解できない。


 我が妻ながら何を言っているのだろうか。


「ライラス辺境伯を正妻に迎え入れれば、絶対に軽視されないです」

「そりゃな……旦那の領地を見捨てる訳はないだろうが。だが無理だろ、あの辺境伯が俺と婚姻するとは思えん」


 あの天上の人を俺が娶れるわけがない。


 だがミレスはこちらをじーっと見た後に。


「……いや可能性はあるかも。だってライラス辺境伯からしても、ツェペリア領が王家に寝返られるのは嫌だと思うんだ。ここも将来性がある土地だし」

「将来性だけあったとしてもだな……」

「いややってみる価値はあるかもしれんぞ」

「確かにな……ベギラの今までのあり得ない動きを見てると、ライラス辺境伯を落とす可能性もゼロでは……」


 兄貴ズまでバカなことを言い出し……いや待て。


 ライラス辺境伯は天上の人みたいに思っていたので、最初から婚姻の選択肢は除外していた。


 だが王家に婚姻を申し込まれた状況ならば、交渉次第で……ワンチャンある?

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