第58話 ミクズと王家の憤り


 レーリア王城の玉座の間。


 玉座に座る王とその傍らに立つ財務卿に対して、ミクズは絨毯の上で渾身の土下座を繰り出していた。 


「王よ! どうか俺に軍をお与えください! ツェペリア領を不当に占領するベギラを俺が……」

「「…………」」


 レーリア王と財務卿は明らかに面倒くさそうな顔で、ミクズを見下していた。


「ベギラはあろうことかスクラプ領まで奪いました! これはもはや王への対立の宣言以外のなにものでも……!」

「まあ待ちなさい。其方はまだ傷が完治しておら……」

「とっくに治っております! 俺は万全です! 何度このやりとりを行うのですか!」


 財務卿の言葉を遮るミクズ。


 このやりとりはすでに三回目。実はベギラがスクラプ領を占領する少し前にも、非公式に同じやり取りがあったのだ。


 わざわざ同じ言葉を繰り出す理由は簡単だ。王も財務卿もミクズに飽き飽きしていた。


 いやそれどころか邪魔者と考えていた。


「……む? いかん、他の貴族との面会時間が迫っておる。今回はこれで終わりだ、下がれ」

「なっ!? まだ話し始めてすぐでは……!?」

「貴殿は王の用事を邪魔するのか?」

「…………はい」


 ミクズは追い出されるように部屋を出て行き、王と財務卿は顔を歪ませて激怒し始めた。


「あやつを誰か暗殺せぬのか!? もういっそツェペリア領のベギラという奴でよいから! 目障りにもほどがあるわ! いっそワシらが間者を……!」

「流石に王家の間者はなりませぬ。周辺の貴族はあのゴミに同情しております……あの者、どうやってか各貴族たちに手紙を出して、自分がいかに可哀そうで悲惨かを宣伝しており……」

「手紙を大量に出せる財産が、追い出されたあ奴にあるわけないじゃろ!? どこから金が出ておるんじゃ!?」

「不明でございます……あのミクズは、ツェペリア領が暗殺して欲しい……」


 ミクズの後援者がライラス辺境伯であることを、王家は誰一人として把握できていなかった。

 

 とは言え分からなくても無理はない、ミクズはベギラと対立しているのだ。


 そのベギラの後援者であるライラス辺境伯が、まさかミクズにも支援をしているとは予想できなくも仕方ない。


「ええい……まあよい! あんな奴のことよりツェペリア領だ! スクラプ領まで飲み込まれたなど信じられん! ミクズの言動は無視として、これはもはや余への反逆としか!」

「そうでしょうね……ですがここで我らがツェペリア領に攻めれば、ライラス辺境伯との全面戦争になりかねません。そうなると……現状では我らの方が不利です」

「ぐぎぎ……ではどうするというのだっ!」


 激怒する王に対して、財務卿はニヤリと笑みを浮かべた。


「私に秘策があります。この状況を逆転して、このレーリア国を王家に取り戻す策が」

「ほう! 流石だ! してその策とは!」


 愉快そうに笑う王に対して、財務卿は深々と頭を下げる。


「ツェペリア現領主であるベギラと申す男、見たことはありません! 情報もまったくないので知る由もありません! ですが間違いなく有能の類でしょう!」

「まあそれは認めざるを得ないな……どうやってかは知らぬが何せスクラプ領まで乗っ取ったのだから」


 財務卿は何かをごまかすように必死に叫ぶ。


 それに対して不承不承な王。だが彼の反応が想像通りだったのか、財務卿はほっと息をついて言葉を続ける。


「であれば……そのベギラを我が王家派につかせればよいのです!」

「なんじゃとっ!? 奴は大罪人だぞ!?」

「元々スクラプ領が先にツェペリア領を攻めたと聞きます。ならば専守防衛の大義名分は立つ。つまり王が現ツェペリア領を認めてやればよいのです! そしてライラス領への尖兵とすれば!」

「厄介な敵が有能な味方になるのか!」


 王は興奮のあまり玉座から立ちあがった。


 だが冷静になったのか首をひねって悩みだす。


「しかしベギラと申す者をどうやって王家に寝返らせる? 奴はライラス辺境伯と仲がよいのだろう?」

「王がツェペリア領を優遇してベギラに公爵の座を渡すのです。さすればライラス辺境伯からすれば、自分より上の者を手駒にできない」

「いや無理じゃろ、ベギラとやらを公爵にする理由など皆無。それにベギラとやら自体も、ライラス領との関係を鑑みて断る可能性もある」


 公爵、それはレーリア国内の爵位では最高位に等しい。


 その上に位置するのはもはや王家関係者のみ。それどころか王家の血族が公爵となっていることすらある。


 もしベギラが公爵となれば、確かにライラス辺境伯よりも身分上は偉くなる。


 だが当然ながら爵位付与は、何の理由もなしに行うわけにはいかない。


 そんなことをすれば他の貴族が激怒して、下手をすれば貴族制度自体に揺らぎが生じかねない。


「実はですね、ベギラと申す者はかなりの好色と聞いております。であれば……アイリーン第三王女を嫁にしてやると打診すれば? 好色ならばきっと食いつく。そして婚約を理由に公爵に任命するとちらつかせるのです」

「!? な、何を言い出す!? たかが準男爵の四男風情に、我が娘を差し出せというのか!?」


 驚愕のあまりに声を裏返す王に対して、財務卿は醜悪な笑みを浮かべる。


「落ち着きください、あくまで打診するだけです。ツェペリア領とライラス領を仲たがいさせるのが目的。それさえ達成すれば後は破談に致します」

「……なるほど! 一度割れた仲はもう戻らぬか! そうなればツェペリア領は王家側につかざるを得ないと!」

「ライラス領への盾になってもらいましょう」


 この作戦は案外よく考えられている。


 ライラス領とツェペリア領の関係は、あくまでベギラとライラス辺境伯の個人の親しさによって成立していた。


 逆に言えば公的な血族などのつながりがない。ライラス辺境伯の手持ちに差し出せる妻がいないため、未だにその問題は存続している。


 そこに財務卿は目を付けたのだ。


 もしベギラと王女と結婚させれば、王家との関係の方が濃くなる。ツェペリア領は間違いなく王家派閥に入ると。


 そして一般的な貴族の考えからすれば、血のつながりがない関係とは信用できないのが常識。


 つまりツェペリア領とライラス領の仲は、引き裂けるものと判断するのが妥当だ。


 事実としてツェペリア領主であるベギラは、ライラス領を完全には信用していない。


 ツェペリア領がライラス領の臣下であることを是とせず、積極的に動いているのもそのためだ。


「ところであのミクズという奴の訴えを完全に無視することになるが」

「王家との結婚相手ともなれば、ミクズを支持する貴族も文句を言えぬはず。あの者が何を吠えたところでどうでもよいでしょう!」

「確かにな!」


 財務卿の目のつけどころと策は割と良いところをついている。


 ただ彼は物凄く大きなことを見逃しているのに気づいていない。


 ……ベギラがという致命的な点を。


 この財務卿の策は、王家に最悪の事態を運ぶことになる。


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