旗色を示す
第57話 統治体制を整えるぞ!
俺の素晴らしい説得術によって、兄貴ズはツェペリア領の家臣になった。
ようやく得ることができた一門衆なので、彼らには元スクラプ領の統治を放り投げ……任命した。
まあ元スクラプ領には代官のジーイがいるので、実質的には兄貴ズは御目付役だな。
これによって元スクラプ領に出向していたミレスを、側に戻して侍らせることに成功したわけだ。
色々と手続きが終わった後、俺は元スクラプ領の領主屋敷の執務室で椅子に座っていた。
「よし、これでひとまず統治は何とかなるな!」
「えっと……ここはスクラプ領ではなくて、スクラプという土地になるです?」
メイルが首をかしげながら聞いてきたので俺は頷く。
スクラプ領はツェペリア領が飲み込んだのでもう存在しない。だがその名前だけは地名として残す。
この名前は国が認めたものだからな。
俺が勝手に土地の名前変更をしたら、国に反旗を翻すようなものだ……。
まあスクラプ領を吸収した時点でほぼ翻しているが。
それでも『ほぼ翻す』と『翻す』ではかなり大きな差がある。
「そうだ、ここもすでにツェペリア領となった。なのでこれからは俺の力で領地を発展させていかないとな」
このスクラプ領はそれなりに恵まれた土地だ。
土地が結構広いというのもある。だがそれ以上に岩塩がとれる!
塩は大事だぞ! いや冗談抜きで本当に! 人が生きて行く上で必須だからな!
敵対国に塩止めされて困った国まであるくらいだからな! 自前で塩が取れるというのは大事だ!
ちなみにこの世界で塩と言えば基本的に岩塩だ。日本のように海から塩を取るというのは、かなり珍しいことにあたる。
そもそも海からしか塩が取れなければ、大陸の内陸地とか生きていくの厳しすぎる。
「しかしちょっとマズイこともあるんだよな。元スクラプ領を抑えたことで」
「マズイことですか? 領地が増えて嬉しいのでは?」
俺から少し離れたところに立つフレイアが、こちらをまじまじと見てくる。
普通に考えれば領地が増えるのは喜ばしいことだ。
スクラプ男爵から攻めきたので大義名分もある。だが……今回は王家も本腰を入れてきそうな要因がある。
「ミレス、お前なら分かるか? マズイ原因」
俺の横に立つミレスに問いかける。
彼女はかなり真剣な表情でコクリと頷いた。
「えっとね、王家派の中で最大の塩産地がここなんだよ。レーリア国で岩塩が取れるのは、ライラス領と元スクラプ領で七割占めてるんだ。つまり……」
「王家派の土地は塩が不足して困るです!」
「そうなんだよね。塩のバランスが崩れちゃった」
今までは考えないようにしていたが、元スクラプ領は塩の名産地だ。
レーリア国全体の塩消費の二割を賄っているほどの。
これまでの王家派とライラス領派は、ちょうどよい塩生産の塩梅が取れていたのだ。互いに国土を二つに割って五割ずつで。
だがそのバランスが崩れた。もちろんまだライラス領と王家は直接相対してはいない。
俺達も王家派にだって塩は売るので、即座に王家派が困ることはない。
だがもし争いが本格的になった場合のことを考えると、王家派はこの事態を見過せるかどうか。
「王家が本格的に出兵してくるかもです!?」
「いや俺の予想では仕掛けてこないだろう。塩が不足していると言っても王家派はまだ三割分あるからな。それに俺達だって塩は売るから……だが一気に状況がきな臭くなった」
俺のスクラプ領奪取によって、ライラス領と王家が一触即発の事態になったのは否定できない。
ライラス領がもしこの時点で王家派への塩止めとかしたら、たぶん全面戦争が開始されるだろう。
とはいえ俺達としても元スクラプ領を放置はできなかったからなぁ……。
宣戦布告もなしに侵略されたのだ。今後スクラプ男爵のことは全く信用できないので、隣に領地として存続させたくない。
いくら和平などを結んだところで、また不意打ちしてくる可能性がある。
ルールを守らないというのはそういうことだ。相手の全てを信じられなくなる。
「とはいえ悪いことばかりではない! ツェペリア領は大きくなった! それは当然ながら大きな利点だ! ライラス領も俺達をただの盾にはできなくなる」
「スクラプを抑えていれば、王家派に対して有利に立ち回れるもんね」
ミレスが見事に正解を言い当てた。
何だかんだでツェペリア領の価値を上げることには成功しているのだ!
これでライラス辺境伯も、俺達を使い捨ての盾にはできなくなった!
なにせ王家派に盗られたら優位のひとつである塩が消えるからな!
まあ王家との争いの最前線で、更に言うとスクラプ自体はそこまで発展していない。
つまり領地が荒れようと塩が採掘できればよい。よって使い捨てではないだけで、王家派への盾にはされかねないのだが……。
そこはゴーレムで急速発展させられたら……何とかなるはずだ!
「そういうわけで早速だがスクラプ領の発展計画をこしらえる! ああくそっ! これでまたライラス辺境伯の元へ行けない!?」
「スクラプ領を奪った報告で行ってもいいんじゃない?」
「……いやダメだ。少なくとも当分は俺がツェペリア領内にはいないと。まだスクラプの統治は安定していないから、隙と見て周囲が仕掛けてくる可能性がある」
当主の不在の隙をついて……は戦の常道だ。
直接的に侵攻してこないにしても、例えばスクラプで俺に不満を持っている者を煽動させるなどもある。
権力、武力の双方のトップである俺が領地を離れるわけにはいかない。
少なくともスクラプの混乱が収まるまで、半年ほどはかかりそうだ……。
また俺は妻とお預けかよ!? こんなのあんまりだろっ!?
畜生! スクラップ野郎がもう一ヵ月ほど後に侵攻してくればよかったのに!
なんて空気の読めない奴だ! 本当にもう!
「ところで元スクラプ男爵の家族を捕らえたらしいです。どうするです?」
「……本来なら生かしていく理由はない。なで斬りが正解……なんだろうけどなぁ」
勝利した相手の親族を生き残らせたことで、逆襲されることは往々にある。
有名なのは源頼朝だろう。平清盛に親が破れて捕縛されたが、殺すのは可哀そうだと島流しにしたのだ。
結果として彼は平家を打ち破って鎌倉幕府を設立した。
なので最適解は間違いなく一族郎党皆殺しだ。その方があと腐れがない、ないけど……。
「どうするです? 小さい子供もいるそうです」
「………………ライラス辺境伯に預けよう」
流石に殺せとは命じられずに、他所へと押しやることにした。
まあ源頼朝とスクラプ男爵の子孫では格が違いすぎる。後者が挙兵しても誰もついてこないだろう。
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