第54話 師匠との別れ?


 師匠からの物騒な手紙を見た俺は、その日の夕方にフレイアを連れて師匠の屋敷に向かった。


 忙しくて顔を出せない間に、師匠は死にかけるほど弱っていたのか!?


 それなら俺の大失態だ! 元気過ぎるから最低でもあと十年は生きると思っていたのだから! 


 罪悪感にさいなまれながら師匠屋敷の門をくぐって、作業部屋へと入ると。


「来たかベギラ! ワシの一世一代のゴーレム魔法を見に!」


 …………師匠は杖こそついているものの、すごく元気に立っていた。


 こないだゴーレム椅子に乗ってましたよね? むしろ健康になってない??


「師匠、あの手紙は何ですか! まるでもう亡くなるかのような! 慌てて最低限の仕事だけ片付けてやって来たのに!」

「む? あの手紙にそんな内容は書いてないはずじゃが」


 師匠はあごに蓄えた白髭を触り、「はて?」みたいに首をかしげる。


「もうすぐ死ぬと書いてありましたが!? むしろあと二十年くらい生きそうなのですが!?」

「弟子よ、落ち着けぃ!」


 師匠は大きな声を張り上げて、杖をドンッ! と床に力強く叩きつけた。


 どう見てももうすぐご臨終される老人ではないな!


「それは本当じゃ、ワシはもうすぐ人生を終える」

「老人のつい最近って二十年くらいありますよね」


 以前にご老人のつい最近の話が、自分が生まれる前のことだったとかあった気がする。


「違うわ! 簡単に説明するとな。ワシはとあるゴーレム魔法を使い、その代償に人としての生を終えることになるのじゃ!」

「師匠!? 正気ですか!? 二十年の寿命をドブに捨てるなんて!?」

「流石にそこまで生きれんわ! ワシ百歳超えるぞ!」


 俺も師匠の生い先は短いと思ってたけど、今の彼を見てるとしぶとく生き残る気がする。


 この世界で百歳と言えば完全に怪物の類だが。


 師匠は目をくわっと開いてこちらを睨んでくる。


「そもそも人としての生を代償にするゴーレム魔法の方を気にせんか! お前はワシの弟子じゃろうが! ワシ史上最高の発明に驚かんか!」

「いや師匠ならそれくらいやっても普通かなと……頭ゴーレムですし」

「なるほど! 確かにワシならば当然じゃな! これは盲点じゃったわい!」


 すごく機嫌がよくなって笑い出す師匠。相変わらずチョロいお人である。


「あ、あのー……私はお暇した方がよいですっ……?」


 手持無沙汰なフレイアがぼそぼそと呟く。


 どうやら彼女は俺と師匠のノリについてこれないらしい。


 師匠はそんな少女を見るとぎらっと目を輝かせる。


「むむっ! 弟子よ、新たなゴーレム技術を継ぐ者を用意したか! この者は魔力を多く持っておるのでお主との子を成せば、ゴーレム魔法の未来は明るい!」

「ふえっ!? こ、子っ!?」

「フレイアは妻ではないです。それにセクハラなのでダメです」

「なんじゃ違うのか……」


 心底ガッカリした様子の師匠。


 この人は油断してると爆弾発言飛び出すよなぁ。


 というかだいぶ話が逸れ始めているな……戻さないと。


「それで師匠。命を犠牲にするゴーレム魔法とは?」

「うむ! それはな……使用者の肉体全てをゴーレムコアに変貌させて、超強力な出力のコアを生み出す魔法じゃ!」


 師匠は言うのを待ち望んだかのように大きく叫ぶ。いや確実に楽しみにしてたのだろう。


 ……師匠の発明したゴーレム魔法はアレだな。なんかこう、RPGでよくある感じの身を犠牲にする禁断魔法。


 格上の強敵相手に引き分けに持ち込むタイプのやつだが……それを特に何もない時に使うべきではないと思うなぁ。


「師匠、その魔法は凄いと思います。でも別に今使う必要はないのでは? ほら、なんかこうヤバイ強敵が出て来た危機的状況で」

「愚か者! この魔法はまだ実験すら出来ておらん! そんなモノを危機的状況で使ってたまるか! ほれアレがワシのコアをいれるボディ!」


 師匠吠える。


 確かにぶっつけ本番は危険過ぎるので、わりと筋が通ってますね。


 そして杖で指し示す先には、全身鉄ボディの人サイズゴーレムが床に座っていた。


 うっわ……あれ全身純度百パーセントの鉄の塊だぞ……よく準備できたな……。


 この人の暴走をどう止めようかと悩んでいると、師匠は急に真剣な表情になった。


「……まあ真面目に話すとな。ワシはこれからは魔力が落ちていく一方じゃ。この《コア・セルフ》を万全に使えるのはもう今しかない。残りの寿命を捨ててもなおやりたい、いや……やらねばならぬことじゃ」


 ……師匠はすごく落ち着いた声で、だがはっきりと自分の意思を示す。


 俺は七年ほど弟子をやっているが、こんな師匠の姿は初めて見た。


「…………しかし」

「頼む弟子よ、ワシの最後の晴れ舞台を見届けて欲しい。これはワシの果たすべき責任なのじゃ」

「責任……?」

「詳しくは言えぬ。だがゴーレム魔法の先駆者であるワシが、必ずやらねばならぬ理由がある。残りの人生全てを投げ捨てる義務がある」


 師匠は有無を言わさぬ口調で宣言する。


 本当にいつもとはまるで違う。普段ならばこちらが聞かずとも、嬉々として理由を告げてくるだろうに。


 どうやら本気で命を投げ捨てる覚悟のようだ。


 師匠が耄碌したならばともかく……これは止めることは難しいだろう。


 この人は常に自分の道を走って来たのだから。


 ……かなり悲しいが仕方がない。


「……わかりました。では師匠の最期を見届けます」

「うむ。では早速だがワシは人生に終わりを告げる! 申し訳ないが、そこのお嬢ちゃんは屋敷から出て行って欲しい」

「は、はいっ! ベギラ様っ、お先に帰らせて頂きますっ!」


 俺達の邪魔になると判断してか、フレイアはとてとてと屋敷の外へ走り去っていった。


 ……やっぱりおかしくないか? 師匠はとてつもない見せびらかしだ。


 広まったら割と世界を変えるレベルの、ゴーレム魔法の秘伝をメイルにすら話す御仁なのに。


 師匠は鼻歌交じりに俺から少し距離をとる。


「弟子よ、このゴーレム魔法の極意はひとまずお主にも教えぬ。あくまでお主は見届け人よ、すごく知って試したいじゃろうがこらえよ」

「いえ全く試したいとは思いません」

「……これっぽっちも?」

「これっぽっちも」

「そうか……」


 師匠はガッカリしているが……使ったら死ぬ魔法なんて試したいと思わないだろう……。


「あの師匠……その魔法を使うならメイルにも別れの挨拶を」

「不要じゃ、この魔法だけはあまり広めたくはないしの」

「…………」

「では始めるぞ。よく見ておれ!」


 師匠は目をつぶると、杖を力強く振り回して詠唱を始めた。


「命は魔力の残滓、身体は魔力の殻、内包するは雄々しき奔流。我が万象を全て捧げ、あってはならぬ姿へ……」


 床全体に巨大な魔法陣が発生。そして陣は勢いよく火花を散らしながら回転し始める。


 ……っ!? すごい魔力だ、俺が巨大ゴーレムを造ったコアすら比べ物にならないぞ!?


 そして師匠の身体から光が漏れ始めて、透明になっていく。


「よいか弟子よ! これこそがワシの生涯の研究成果よ! その目に刻め! 《コア・セルフ》!」


 師匠が叫んだ瞬間、部屋全体が凄まじい光に包まれた。


 思わず目を閉じてしまう、とても無理だ。


 少し待つと眩しさが消えたので瞼を開くと……師匠が立っていた場所には、人にも劣らぬサイズのゴーレムコアが存在していた。


 すでに師匠はいない。あのコアに変わってしまったのだろう。


 コアはふわふわとゆっくり空中を浮いて、近くにあった鉄ゴーレムの中へズブリと入り込んで吸収された。


 俺の師匠はどうやら、生涯最後のゴーレム魔法を成功させたようだ。


 ……あっと言う間に亡くなってしまった。


 師匠へ言いたいことも纏まらない間に……だがある意味ではこれも師匠らしいのかもしれない。


 師匠との思い出が蘇ってくる。押しかけて修行をつけてもらって、今の俺があるのはこの人のおかげだった。


 床に落ちている杖が墓標のようですごく物悲しく見えた。


 ……死体すら残さずにゴーレムを墓石にか。ゴーレム魔法使い冥利に尽きるのかもな。


 背筋を正して鉄ゴーレムに向けて頭を下げる。


「……師匠、今までありがとうございましたっ! 教えられたゴーレム魔法は、必ず腐らせないと約束します! どうか安らかに眠ってください!」


 返事が来るわけもないので頭を上げた。


 ……メイルも悲しむだろうなぁ。師匠もせめて最後に会ってくれればよかったのに……。


 部屋の扉のノブに手をかけて出て行こうとすると。


『嫌じゃ』


 俺の後ろからいきなり声がしてきた。思わず振り向くと……師匠の墓石である鉄ゴーレムが立っていた。


「!?!?!?」

『よし成功じゃ! ワシは人間をやめてゴーレムになったぞぉ! 身体が軽いのう! 先ほどとは大違いじゃ!』


 目の前にいるのは空中バク転を繰り出しながら、エコー交じりの機械音声で人語を叫ぶゴーレム。


「……ま、まさか!? 師匠!? 死んだはずでは!?」

『何を言うか! ワシは人生をやめるとは言ったが、死ぬなどと一言も言っておらん!』


 鉄ゴーレムはふんぞりかえりながら叫ぶのだった。

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