第52話 スクラプの実効支配


 スクラップ野郎を踏みつぶした後、街は俺に対して完全に降伏した。


 領民たちも逆らう様子はなかった。やはり巨大ゴーレムを眼前に晒したのが大きかったのであろう。


 そうして俺は街のスクラプ領主屋敷に乗り込んで、そこの執務室を占領していた。


 あのスクラップ野郎が座っていた椅子に座り込んで、何となく勝ち誇った気分になっている。


「それで……あんたは俺に従うのか?」


 俺は目の前に立っている老人に問いかける。


 この男は俺にスクラップ野郎を差し出した者。


 本人曰くこの領地の代官。ツェペリアの兵士たちが従っているのでおそらく嘘ではない。


「もちろん従います。貴方に逆らうつもりがあれば、あの者を差し出したりはしません」


 白髪の老人は深々と頭を下げる。


 何と言うか堂に入った礼だ、にわか仕込みではこのようにはできない。


 ……この男がスクラプ領を見てきた代官ならば、こいつさえ抱え込めば統治はかなり楽になる。


 というかそれ以外ではスクラプ領を俺達が統治するのは難しい。


 何せツェペリア領には占領するための兵士がいない。それに政治を行える人材も足りていないのだから。


 何ならスクラプ領どころか、現状のツェペリア領の内政ですら人手不足の現状なのだ。


 あのスクラップ野郎だけ取っ払って、スクラプ領を人材ごと飲み込まないと領地経営の維持など不可能だ。


 つまりこの男の言葉は渡りに船ではあるのだが……。


「いいのか? 俺に従えばレーリア国に逆らうことになるが分かっているのか?」


 残念ながらツェペリア領はもう、王家からの国賊のそしりを免れないだろう。


 何せ正当防衛と言えどもスクラプ領を盗ってしまった。


 俺がツェペリア領を盗った時は家内争いだと日和った王家だが、今回は流石に許しておけない事態だろう。


 しかし俺達としても選択肢はなかった。スクラプ領に攻められた、しかも宣戦布告もなく不意打ちでだ。


 これに何もせずに許すわけにはいかないのだ。もし今回の件で反撃すらしないようでは、今後俺達は攻められても何もしないと宣言するに等しい。 


 つまり現状の俺達の立場はかなり微妙なのだ。


「存じております。ですがレーリアの王家はもはや権威を失っております。であればツェペリア領、そしてライラス領に着くのもアリと」

「我らツェペリア領につけば、スクラプ領は位置的に最前線を免れないぞ」

「それは王家側についても同様でございます、ならば勝ち目のある側に。それにツェペリア領はゴーレムレンタルや城塞都市など今後の未来が望ましい。対して王家は落ち目であれば」


 老人は恭しく頭を下げたまま淡々と口にする。


 ……どうやらこの男は、周囲の情勢をある程度把握しているようだ。


 何も考えずに命欲しさで従うとのたまう愚か者ではないっぽいな。


「いいだろう。ならこの領地の代官は引き続きお前に任せよう。もちろん監視はつけるし、逆らえばすぐに巨大ゴーレムで街を踏みつぶす」


 どちらにしても俺に選択肢はない。


 統治のための人手が皆無である以上、この男にスクラプ領の統治をやらせるしかないだろう。


 スクラップ野郎の座っていた椅子に、そのまま俺が陣取るイメージだな。


 もちろん裏切られるリスクもあるが……あれだけ巨大ゴーレムで脅したので、少なくともしばらくは逆らってこないはずだ。


「ありがたき幸せにございます」

「そういえば聞いていなかったがお前の名は?」

「ジーイと申します。以後お見知りおきを」


 ……なんか執事のじいっぽい男だと思ったが、名前自体がジーイってまじかよ。


 いやジーノとかゾーイとかと同系統で、ジーイという名前もこの国には普通にいる。


 だが見た目とそっくりすぎて笑いそうになる。まさに名は体を表す……。


「では早速だがこの街の有力者を集めろ。俺が……」

「お声がけされると思いまして、すでに招集をかけております」


 ジーイは頭を下げたまま、特に誇るでもなく口にする。


 ……どうやらこの男、少なくとも無能の類ではないようだ。


「それと我が孫娘を人質としてお預け致しましょう。私としては裏切るつもりはありませんが、やはり保証の類は欲しいのでは? もちろんお手付きなどお好きにして頂いて構いません。」

「……そうだな、後で要求するかもしれん」


 自分から孫娘を人質に差し出してくるとは殊勝……なのか?


 戦争に勝った側が負けた側に娘を差し出し要求するのは、古今東西よくある話ではあるが。


「それと、実はお会いして頂きたい者がいます。入って来なさい」


 ジーイが頭を上げて部屋の外に向けて叫ぶと、扉が開いて赤髪の少女がおずおずと入って来た。


 ……さっきゴーレム軍を魔法で薙ぎ払ってくれた少女か。


 俺がスクラプ兵士たちに対して、解放しろと命じた甲斐あって無事だったようだ。


 いや彼女が逃げていたのはゴーレムの上から見ていたのだが。


「わ、私はフレイアと申しますっ! そのっ、先ほどは助けて頂きありがとうございましたってわわっ!?」


 フレイアはぺこりとお辞儀をしてきたのだが、あげていたフードがばさりと頭にかぶさってしまった。


 なんか仕草が癒されるな。やはりあの時助けようとして間違いではなかったようだ。


 なんたって美少女は国の宝だからな! 俺は実は女好きなのだ!


「気にするな。可愛い女の子があんなクズの好きにされるなど、とても許しておけることではない」

「か、かわっ……ありがとうございますっ!」


 フレイアは顔を真っ赤にして更にペコペコしてくる。フードが何度も背中に落ちたり頭にかぶったりせわしない。


「俺への用事とは君の処遇についてかな? 別に君のことを捕縛するなどのつもりはない、安心して欲しい」


 流石にあのスクラップ野郎と同じことをするつもりはない。


 敵対こそしたもののこの少女も奴の被害者だからな。


 この娘がゴーレム軍に魔法を撃った後も、スクラップ野郎の命令に非を唱えていたし。


「そ、その処遇もそうなのですがっ……雇っていただけないでしょうかっ! 何でもやりますっ!」

「……ほう?」


 危ない、思わず椅子から立ち上がりそうになったぞ。


 落ち着け、いくら美少女だからと言って誰でも雇うわけではない。


「何故雇って欲しいんだ?」

「お、お金が必要なんですっ! 実は私は孤児院の生まれでして……そこが経営悪化で潰されそうで……以前は国から支援をもらっていたのですが、それがなくなってしまい……っ」


 フレイアは泣きそうな顔になってうつむく。


 まーた王家が予算をケチったのか。


 あいつら本当にロクなことしないな。やはりライラス辺境伯がレーリア国を統治してくれたほうがよい。


「それであの、報酬をもらうはずだったのですがっ、スクラプ男爵様はお潰れになってっ、もう私お金がなくてっ……このままだと孤児院潰れてっ……」


 こらえきれなくなったのが、涙をポロポロと流し始めるフレイア。


「実はフレイア殿はこのジーイが雇ったのでございます。ですがこの瞬時の占領によって、私の権限で渡せる報酬がなくなってしまいました。私としても真に申し訳なく、どうかお館様の温情を頂ければ……」


 なるほど……この美少女を捕縛しようとしたスクラップはゴミだから置いておいて、ジーイはまともに報酬を払いたいのか。


 だが俺が瞬時に占領したので既にスクラプ領の全ての金は俺の物。勝手に渡すわけにはいかないと。


「……いいだろう。ならフレイアは俺が私的に雇おう」

「し、私的……それって……あ、ありがとうございますっ!」


 フレイアは顔を真っ赤にしたのを隠すように、力いっぱいに頭を下げて来た。

 

 この孤児院などが全て作り話の可能性もあるが……目の前の少女は腹芸できるタイプではなさそうだしな。


 それに結構お買い得かもしれない。なにせゴーレム軍を一瞬で全滅させた高火力魔法使いだ。


 ここで恩を売っておいて損はない。何なら孤児院自体をこの領地に建てて、そこに引っ越してもらうというのもアリだ。


 優秀な魔法使いを独占的に契約できるなら、それくらいの出費は軽いものと言わざるを得ない。


 給与が高いのが問題だが……そこはこう、頑張って何とか。


 私的なボディーガードとして役立ってもらおう。使い勝手のよい戦力は貴重だからな。


 というかよくスクラップ野郎がこのレベルの魔法使いを雇えたな。金不足だっただろうに……。


 ……ミクズといいスクラップ野郎といい、なんか領地の規模に比べて遥かに強い軍を用意できてるよなぁ。何でだろ。

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