第51話 スクラップ


 私は戦略的撤退をして必死に屋敷へと戻って、私室で金銀財宝の類をかき集めていた。


「ま、まずいまずいまずい! あの悪しきツェペリア領主は絶対に私を追ってくるはずだ!」


 部屋の棚から特に高価で、小さな宝石などを選んで袋にいれていく。


 真に業腹だがここはスクラプ領から一時的に逃げるしかない! 


 あの卑怯卑劣な者を王家の助けを借りて討伐して、この領地を取り戻すしかない!


 くそっ! あんな下賤な者のために私が逃げねばならぬとは!


『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

「ひ、ひいっ!? も、もう街の近くまで来たのか!?」


 建物の外からあの巨大物の雄たけびが聞こえる……!?


 ええいっ! ゴーレムのくせにでかい面をしよって……! 


 この街は踏みつぶされるかもしれないが、私が生きていればスクラプ領はいくらでも再興できる!


 目ぼしいモノを袋に詰め込み終えたので、部屋から出ようとすると……。


「お館様、どこに向かわれるおつもりですか?」


 じいがゆっくりと室内へと入って来た。


 ちょ、ちょうどよい! こいつはスクラプ領のまつりごとを行って来た者だ!


 なら私の代わりに責任を取らせることも可能だ!


「王都へ逃げるのだ! 私が死んではスクラプ領は終わりだ! じいよ、お前に最後の奉公の機会を与える! 私の代わりに首を差し出して、この街をあの巨人から守るのだ!」

「……このじいの首では、もはやツェペリア領主は止まりませぬ。領民を守るためにも、どうか逃げるのはおやめ頂きたい。私の身命を賭けてお館様の助命嘆願いたします!」

「バカか!? そんなものあの残虐非道なツェペリア野郎が、聞く耳持つわけがないだろうが!? 私は逃げる、逃げなければならぬ! 大将はどれだけの汚名を被ろうと逃げるのだ!」


 トップが死ねば全てが終わる。逆に生きていれば建て直せる!


 兵法でも当たり前のことだ、トップはどんな犠牲を払っても生き延びねばならない!


 じいの横を通って部屋を出ようとするが、奴は私に対して出口である扉を立ちふさがるように移動する。


「なにをやっている! 早くどかぬか! この時にもあの巨大ゴーレムが、私を見つけないとも限らないのだぞ!」

「お館様、領民を見捨てになるのですか!」


 ええいっ! じいめ、何が言いたいのだ!?


 この瞬間にも危機が迫っていると言うのに、こんなムダな問答をする暇などないのだ!


 もはや言葉を言いつくろう必要もない! さっさとのけっ!


「見捨てるも何も! 私あってのスクラプ領だろうがっ! 有象無象がどうなろうと知ったことではないわっ! そこをどけっ!」

「……左様ですか。ですが…………貴方が戻った時点で私はすでに執事ではありませんので。お館様、失礼いたします」


 じいは素早く身体を翻すと、私に対して拳を繰り出してきて……えっ?





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「スクラプ男爵、お前に街や民を想う気概があるならば出てこい! さもなくばこの街も民も踏みつぶすことになるぞっ!」

 

 巨大ゴーレムは街の上に手を伸ばしている。


 俺はその掌の上で街に向かって必死に叫んでいた。


 どうせスクラップ男爵は逃げるので、民を見捨てたという事実を街中に知らしめるために。


 もし万が一、あいつが貴族の誇りとかで身を差し出してくるならば……助けてやってもいいがな。


 ミクズと共に王家へのノイズが二人になって、より苦しませることになるし。


 まああり得ないことだ。それならアイガーク王国との戦の時に、敵前逃亡などするはずがないのだから。


 指揮官クラスの敵前逃亡は、冗談抜きで洒落にならない事態なのだ。


 兵士に動揺が生まれて軍に穴があき、そこから負けることなどザラにある。


 もしライラス辺境伯の優れた指揮がなければ、今頃レーリア国はアイガークに侵略を受けていたかもしれないのだ。


 当然ながら国民も殺され嬲られ犯されていた。そんな事態をもたらした奴を、簡単に許すわけにはいかない!


「スクラプ領民たちよ! これは全てスクラプ男爵がもたらした責だ! 奴は他国との戦で敵前逃亡した挙句、ツェペリア領に宣戦布告もなしに攻めてきた! もはやそんな領主を隣に置いておくわけにはいかない!」


 当然だが俺はこの街を踏みつぶすつもりなど毛頭ない。


 とにかくスクラプ男爵の悪口を言いまくって、折り合いを見て街を降伏させる。


 そうして街自体が俺に従うようにすれば、スクラプ領統治もきっと可能なはず……。


「「「「ツェペリア領主殿! どうかお話を聞いて頂きたい!」」」」


 そんなことを考えていると、街の中から複数の男の声が聞こえた。


 音源の方に目をこらす。そこには数人の兵士に燕尾服を来た老人、そして……縄で手を縛られて連行されているスクラップ野郎!


 どうやら領兵たちが奴を捕縛したようだな! あの老人はなんであそこにいるのか知らないが!


 おっといかんいかん。俺は話の通じる奴だとアピールしないと。


「いいだろう! 私はスクラプ男爵とは違って、しっかりと交渉するし話も通じる男だ!」


 俺が宣言すると老人が兵たちに何かを指示する。


「「「「ありがとうございます! 私はスクラプ領の元代官でございます! スクラプ男爵が領民を見捨てて逃げようとしたので捕縛しました! どうかこの者を殺すことで我らを許していただきたい!」」」」


 かなり大きな声が街中に更に響く。


 ……これは好都合だ。敵側がスクラプ男爵を悪く言えば、奴の領民からの求心力はもはや皆無となる。


 しかもあの老人がスクラプ領の元代官と言うのならば話も早い。


 スクラップ野郎が逃げた後に、誰がこの街を取りまとめることになるのか。


 ようは誰に降伏要求をすればよいか分からなかったが……代官として実権を握っていたならあの老人の可能性が高い。


 というかスクラプ男爵を差し出した功績で、何にしてもあの老人が発言権を得るだろう。


「ならばその男を正門の前へ一人で向かわせろ! そいつを潰せば全て許そう!」

「「「「ありがたき幸せ! 私たちを見捨てた元スクラプ男爵を捨てて、我らは貴方に従います! その偉大なお方よ、その力に相応しき慈悲の心に感謝いたします!」


 更に兵士たちの叫びが……なんかセリフがものすごく露骨だな。


 明らかに俺を称えて、スクラップ野郎をけなしている。


 …………まさか俺が巨大ゴーレムで街を襲った意図を、完全に理解した上でやっていたりするのか?


 いや考えすぎだろうか。まあいいか。


 兵士たちがスクラップ野郎を連行しながら街を歩いていき、壊れた正門の前に追いやった。


 奴は腰を抜かしているので、兵士たちが二人がかりで両腕両足を持って巨大ゴーレムの足もとまで運んでくる。


 これでもはや奴は街の外にいるので、踏みつぶしても街に被害は出ない。


 スクラップ野郎はガタガタと震えて、涙を流しながら俺の方を見ている。


「言い残すことはないか? せめて領民は助けて欲しいなどの言葉は?」

「わ、私を殺せば王家が黙っていないぞ! ま、街なら踏みつぶしてよい! だから私は助けろ!」

「…………ゴーレム、潰せ」


 巨大ゴーレムは片足を踏み上げて、スクラップ野郎の頭上に運ぶ。


 奴は両手を縛られた上に腰を抜かしているので、身動き取れないまま悲鳴をあげている。


 貴族のくせに領民を一切鑑みないのだ。もうこいつに同情の余地などない。


「や、やめっ!? やめろっ!? 私はスクラプ男爵だぞ!? この命はすさまじい価値があって貴様らごときに殺してよいもので、ひぃっ!? お、お助け、助けっ、助けっ……」

 

 巨大ゴーレムの足がゆっくりと地面についた。

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