第50話 大きいことはよいことだ


 俺は前方にそびえたつ高層ビルのような巨大ゴーレムを見て、思わず笑みがこぼれてしまう。


 こいつは俺の数か月分の魔力を全て使い、かつ三日限定稼働の動く巨人だ。


 高さ15mほどの巨体の前では、ただの雑兵など相手にすらならない。


 つまようじをいくら振るおうが人間を殺すことはできない。


「さあスクラップ男爵よ! 降伏するなら今だぞ! そうすれば兵や領民に危害は加えないと約束する!」


 俺は茫然としているスクラップ軍に向けて高らかに宣言する。


 奴らにはもはやこのゴーレムを倒す術はない。


 スクラップ領が紅蓮の妖精とやらを雇ったこと、それは俺も掴んでいた。


 いや正確に言うとライラス辺境伯から教えてもらった。


 彼女は間違いなく凄腕の魔法使い。ゴーレムの天敵とも呼べる存在だ。


 紅蓮の妖精に全力で魔法を撃たれたら、この巨大ゴーレムも撃沈される恐れがあった。


 だがもう無理だ、魔法はすでにゴーレム軍に撃たせたからな!


 まさかゴーレム五十体を全滅させられるとは思わなかったが……思ったより損害が出てしまった。


「ぐ、紅蓮の妖精殿! もういちど先ほどの魔法を! ああ、あの巨大なアレを潰して頂きたい!」

「……っ!」


 紅蓮の妖精と呼ばれた少女はくつわをつけられたまま、スクラップ男爵を強くにらんだ。


 あの男はバカなのだろうか……自分から捕縛した魔法使いが、命令なんて聞くはずないだろ……。


 いや違った、あいつはバカだったな。


 ……それにしてもあの紅蓮の妖精って娘は可愛いな。よし、ここはお助けせねば!


「さっさと降伏して紅蓮の妖精を解放せよ! そうすれば兵や領民の命は助けると約束する! 逆らうならば……ゴーレム! 地団太を踏め!」

『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 怪獣の咆哮のような音と共に、巨大ゴーレムはその場で足踏みを始めた。


 地が揺れる! 空気が震える! 土埃が飛びまくる!


 巨大ゴーレムはまさに重さこそパワーと言わんばかりに、ただの足踏みだけでその怪物さを見せつける!


「あっ、あっ……」

「ば、ばけもの……」

「こんなのどうしろと……」


 スクラップ領の兵士たちは巨大ゴーレムを見て、ただひたすらに唖然としている。


 そりゃそうだろうな。高層ビルほどのサイズの存在に、一般人が勝てる要素などない。


 そして……あのスクラップ男爵が、この光景を見てやることはひとつだ。


「ひ、ひいいいいっ!? わ、私は領地に戻って態勢を整える! お前たちはあのゴーレムを足止めせよっ!」

「「「「なっ!?」」」」


 スクラップ男爵は馬に乗って即座に逃げ出していく!


 困惑する兵士たちを完全に見捨ててな!


 ぜっったいにやると思ったよ! お前はそういうやつだもんな!! 流石は敵前逃亡野郎だぜっ!!!


 こちらもわざわざ降伏勧告をしたかいがあったというものだ!


「ほう! スクラップ男爵は民である兵を見捨てて逃げると! お前さえ首を差し出せば全て許すというのに! なんと貴族の誇りもないばかりか、民を守る覚悟もない!」


 出せる限りの声を出して、スクラプ領兵士に聞こえるように嘲笑の言葉を叫ぶ。


 俺がこの巨大ゴーレムを用意したのには当然だが理由がある。


 決して見せびらかしたいだけとか、造ってみたかっただけではない!


 巨大ゴーレムは可視化された大いなる力なのだ。


 スクラプ領の戦意を喪失させて、被害を与えずにするための!


 巨大ゴーレムを見れば誰だって怯えて、並みの人間ならば戦意を喪失するはずだ。


 戦意喪失すれば民たちは自主的に俺に従う。逆に……圧倒的な力を見せつけなければ、俺がスクラプ領を統治するのは不可能だ。


 だって……スクラプ領を占領できるほどの兵士など、ツェペリア領にあるわけないだろう! 


 ゴーレムでは流石に無理があるし……人手が足りなすぎるのが辛い。


 なのでスクラプの領民の心を完全にへし折る。逆らう気をなくさせるために、この超巨大ゴーレムを用意した!


「我らは同じ国の人間だ! スクラプ男爵さえ降伏すれば、決して悪いようにはしなかったのに!」


 しかもこの戦いは同じ国、ましてや隣領地との戦い。


 スクラプの兵からすれば俺達は同じ国の者、少なくとも他国の人間ではないので戦ってこそいるが仲間意識がある。


 同じ国の人間であるというのは大きいのだ。


 何だかんだで考え方や常識を共通しているし、同じ国民としてあまりひどい目には合わされないだろうと思えるだろう。


 これが他国ならば自分達がどう扱われるか分からず、迂闊に降伏すればどんな目に合わされるか分からない。


 つまり……彼らの降伏するハードルはかなり低くなっている。


「スクラプの勇敢な兵たちよ! あの男爵は守るべきお前たちを見捨てて逃げた! 私はあの者さえ差し出せば、お前たちに何もしないとまで言ったのに逃亡した! お前たちは見捨てられたのだ!」


 俺はあらん限りに声を出して宣言する。


 スクラップ男爵は絶対に逃げると分かっていたので、さっさと降伏勧告をしていたのだ。


 これでもはや領民があいつに持つ信用はズタボロだ。ここにいる兵士たちだって大半は領民なのだから!


 自分達を守ってくれない領主に従う民なんていない! 


「お前たちには選択肢がある! このままゴーレムと戦って踏みつぶされるか、スクラップ男爵を捕縛して私の元に差し出すか! 前者を選べばミンチ……」

「総員、スクラプ男爵を捕縛せよ! 街へと戻るのだ!」


 俺が言葉を言い切る前に誰かが叫んだ。


 そしてスクラプ軍は反転して街の方向へと走り始めた。


 ものすごくアッサリと裏切ったな。


 少しくらい葛藤するかと思ったが……やはりあの野郎は領民に愛されてなかったようだ。


「ゴーレム! 俺を手に乗せろ!」

『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 ゴーレムがかがむと、その巨大な手を俺の目の前の地面につけた。


 俺が掌に乗りこむと手は空中に上がった。


 俺が落ちないように手を地面と水平にしてくれている。


 こりゃいいな! 高いから遠くが見渡せる!


「ゴーレム、スクラプ軍を追いかけろ。踏みつぶさないように距離を少し開けてな」


 巨大ゴーレムはドシンドシンと地面を鳴らしながら、ゆーっくりと歩いていく。


 やはり巨大なだけあって歩幅が広い。普通に歩くだけで相当なスピードになりそうだな。


 あ、スクラプの兵たちが更に必死に走り出した……後ろから巨人に追いかけられたら怖いよな……。


 そうして半日ほどでスクラプの城塞都市へと到着すると、門は完全に閉じられていた。


 ……な、なんというムダな足掻きを。門を閉めた程度でこのゴーレムの快進撃を止められるとでも!?


 ついでだ。この都市の住人たちにも、巨大ゴーレムの恐ろしさを見せびらかすか!


「ゴーレム、門を壊せ!」

『ごおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 ゴーレムの振りかぶりチョップで城塞の正門は粉砕!


 ははは! 城塞なんぞ何の意味もないな! 気分は魔王みたいだ!


 スクラプの兵士たちは少し唖然としていたが、我を取り戻すと門の消えた場所から城塞都市の中へと突撃していった。


「さあスクラップ男爵を差し出して降伏せよ! 同じ国の人間として悪いようには扱わない!」



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巨大ゴーレム君、無敵のように見えて優秀な魔法使いにはワンパンされかねない罠。

土で作成されてるので柔らかいから、足の片方でも破壊されたらもう……ね?

雑兵相手ならいくらでも無双できるんですが……雑魚専とか言ってはいけない。

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