第49話 スクラプに過ぎたるもの
スクラプ領の都市の広場。
私は馬に騎乗しながら大きく剣を空に掲げた。
「スクラプの精鋭たちよ! 今こそツェペリア領に正義の鉄槌を下す時だ! ツェペリアを乗っ取った悪を成敗し、我らがレーリア国の正義の剣であると世に示すのだ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
兵士たちはスクラプ男爵である私に対して、賞賛の視線を向けてくる。
きまった……なんと恰好よい恰好だろう。
この時のために一週間ほどセリフが考えたかいがあった。
鎧も剣もしっかりと新調した。私の気高き姿によって、スクラプの家名がこの国中に轟くことだろう。
広場に集まる千もの軍勢は、ツェペリアなどという小領地を滅ぼすには過剰。
流石に無駄遣いなので三百ほどの数にする予定だった。
だがとある者から支援を得たのだ。ツェペリア領を滅ぼすための兵士を集めるなら、その分の金はいくらでも払うと。
なのでつい千も集めてしまった。千の兵士など一男爵の軍としては破格過ぎる数!
しかも凄腕の魔法使いまで用意したのだ! もう我が軍最強過ぎるだろう!
「ふふふ……やはり私は選ばれし者だ。ツェペリアを取り返した功績で子爵、いや伯爵へともなれるやも……!」
「お館様、どうか油断なされぬよう。ツェペリア領にはゴーレムが二百ほど稼働しているとの報告が……」
昂った私を盛り下げるように、じいが近づいて告げてくる。
じいは最近、あり得ない報告ばかり行ってくる……残念だ、じいはボケてしまったようだ。もう歳だから仕方ないか。
ゴーレムを二百体用意などあり得ないのだ。一体製造するのでもすさまじい時間がかかるのに。
「じい、私が戻ってきたら隠居せよ。耄碌してあり得ぬ噂を信じる者は不要だ!」
「…………承知いたしました」
じいはガックリと肩を落として、トボトボと去っていく。
昔は有能だったのだが……老いばかりはどうにもならないか。
そもそも仮に二百出て来たとしても問題ないがな!
なにせ我が軍には凄腕の魔法使い、『紅蓮の妖精』の異名を持つ少女がいるのだから!
二百のゴーレムが仮に出て来ても薙ぎ払ってくれよう。
「いざ、出陣せよっ!」
私の号令と共に千の兵士が進軍し始めた。広場を出て街道を歩き、ツェペリア領へと前進していく。
二日ほどの行軍でツェペリア領との境付近まで近づくことができた。
さあツェペリアの悪しき領主よ、貴様の命運はもう終わりだ!
処刑方法はどうするかな。ただ普通に殺すのでは芸がない。
妻や子と共に火刑に処すか? いやそれも微妙だな……。
いっそ奴自身に妻や子を殺させるか。こう、あれだ。
絞首刑にして、奴が引っ張り続けなければ他の者の首が締まる仕掛けを用意しよう。
それをずっとやらせていずれ力尽きたら面白い。広場でやれば民衆も盛り上がること間違いなしだ。
「男爵様! 前方の街道を塞ぐように土ゴーレムの軍勢がいます! 数は五十ほどです!」
そんなことを考えていると、斥候に向かわせた兵士がこちらに駆け寄って来た。
五十ほどの土ゴーレムねぇ、よくそんな人形を五十も揃えたものだ。
物好きというか何と言うか……ある意味感心してやろうじゃないか。
「ゴーレムが五十か。では紅蓮の妖精殿、全滅して頂けますかな?」
私の声に応えて兵士たちをかきわけ、フードを深く被った少女がこちらに歩いてくる。
彼女はフードをはずしてその素顔をあらわにする。
紅蓮の妖精と呼ばれるに相応しく、赤髪を短く切り結んだ小柄な体躯であった。
下手をすれば子供と見まがうような背丈。だがそれに明らかに不釣り合いな身の丈ほど大きな杖を、カツカツと地面についている。
「任せなさいっ! ゴーレムが五十くらいなら余裕だからねっ!」
紅蓮の妖精は自信満々に宣言する。
流石はじいが大金を払って雇った魔法使いだ。ツェペリア領相手にするには役不足な技量を持っている。
「流石は紅蓮の妖精殿。ではもう少し進んだらお願いいたします」
「いいけどちゃんとお金は払ってねっ?」
「わかっていますとも。勝利の暁には必ずやお支払いしましょう」
そうして少し進むとゴーレムたちが壁をつくるように並ぶのが見えた。
確かに街道の上を立ちふさがって、我々の進軍を妨害している。
「スクラプ男爵よ! これ以降はツェペリア領の土地だ! これ以上進むならば侵略行為と受け取るがいかに!」
ゴーレム軍の後方から男の声が聞こえて来た。
侵略行為? あいつは何を言っているのか。これは正当なる誅伐だというのに。
「ツェペリア領が先に我が領民を奪ったのだ! すでに我らは侵略された! 故に反撃を行うまでのこと!」
「……は? 何を言っているんだお前は? ツェペリア領はスクラプ領の民を奪ってなどいない! 彼らは自分の意思でこちらにやって来ただけのこと!」
「偽りの噂を流しておびき寄せた者が何を言うか! もはや問答は無用! 紅蓮の妖精殿、あのゴーレムを蹴散らして頂きたい!」
ツェペリア領がゴーレムを多少用意できるのは知っていた。
だがそれが何だと言うのだ。ゴーレムは最弱の魔法として有名だ。
一般兵より多少強い程度の人形など、魔法使いの前ではただの魔法の的なのだから。
「わかってるよっ! 私は《紅蓮の妖精》! 名をフレイア! ゴーレムを造った人には気の毒だけど、全部燃やさせてもらうねっ!」
紅蓮の妖精は私の横に立って、杖を力強く地面について詠唱を始めた。
彼女の地面に魔法陣が浮かび上がっていく。
「我が魂、焔となる。全て燃やし、全て焦がし、全て灰と化せ! 『バーン・ウィップ』!」
紅蓮の妖精の杖の先端から、巨大な火柱が発射された。それは鞭のようにくねくねと動き始める。
「いっけぇ! 全部打ちのめすんだからねっ!」
炎の鞭はゴーレム軍へと襲い掛かり……前方を火の海へと変えた。
ゴーレムたちは炎の鞭に直撃した後、蒸発して姿を消している。
「はぁはぁ……どうだっ! 私の『バーン・ウィップ』はっ! 人がいないゴーレム軍だから全力出させてもらったよっ!」
「素晴らしい! もはやツェペリア領の軍は壊滅した! さあ蹂躙だ! 兵たちよ、略奪も許可しましょう!」
「えっ!? いや略奪はダメだと思うんだけどなっ!? 同じ国同士の戦いで民は巻き込まない、と執事さんに聞いたから参加したんだけどっ!?」
紅蓮の妖精殿の言葉は無視するに限る。
貴女はもう役目を終えたので作戦に口を挟まないでいただこう。
どうやらじいは彼女と妙な口約束をしたようだが、私はそんな話を聞いてないので聞く必要はない。
そもそも……じいはもう解雇するので、アレの約束など全て無効だ。
ふむ、ならこの娘への報酬も払わなくてよいのでは? それもじいが勝手に約束しただけのこと。
ただ理不尽に恨まれてはかなわないが、この戦いの後に捕縛すればよいか。
少し貧相な見た目ではあるが魔法使いの少女となれば、私の遊び道具になる資格はあるだろう。
私は振り向くと後ろの兵たちに命令する。
「さあ行けっ! ツェペリア領の民を、逆らう気がおきないほど蹂躙せよ!」
「「「「「おおおおおぉぉぉ!!」」」」」
私の命令に対して兵士は意気揚々と雄たけびをあげた。
もはや勝ちは確定なので、後はお楽しみの時間とさせてもらおう!
ツェペリア領主に汚染された者たちを正気に戻すには、多少の痛みは与えなければなるまいて!
「はぁ……お前、本当に救いようがないな。もういい、全て踏みつぶしてやる」
そんな時、先ほどの男の声が響いてきた。さっきの火の鞭には巻き込まれなかったのか。
くだらんこけおどしだなぁ。ここまでいくと哀れにも感じる。
「ははっ、今さら何ができると言うのか! 我らには千人の軍、対して敵の頼みの綱のゴーレムは消えた! 貴様はどうせツェペリアの者だろうが、さっさと降伏するんだな!」
「頼みの綱? お前は何を言っているんだ?」
火の海の後ろから男が、片足立ちの妙なポーズをとっているのが見えた。
「切り札ってのはこういうことを言うんだっ!」
男は妙に光る人の頭ほどの球体を、私の目の前の地面に向けて投げ込んできた。
その玉はズブリと地面に溶け込んでいき……。
「教えてやるよ、さっきのゴーレムは囮だ。さてここからが本番だ! お前たちは……城塞を越える巨大なモノを見たことがあるか?」
「なっ、なんだっ!? 地面が揺れて……!?」
グラグラと地面が大きく揺れ始め、とても立っていられない。
軍の兵士たちもパニック状態だ、まさかこの地震をあの男が起こしているのか!?
「な、何者だ貴様! 地を揺らす魔法だとっ!?」
「いや違うが? さっき言っただろ」
その時だった。私の目の前に巨大な光の柱が出現した。
光の柱は山ほど高くそびえ、見上げねば全貌が分からぬほどの巨体。
そして光がはじけて、柱の中にあったモノが現れた。
「喜べ、おそらく世界初! 超巨大ゴーレムを見れる栄誉を与えてやる!」
私の、いや我が軍の目の前には、山ほどの高さの人型ゴーレムがそびえ立っていた。
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スクラプ男爵に過ぎたるものがふたつあり。
紅蓮の妖精と有能じい。
ところでこの話を書き終えてから気づいたのですが。
……巨大ゴーレム作成のところ、完全に某国民的モンスターゲームのダイ〇ックスでは?
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