第48話 スクラプ領の襲撃


「よし、じゃあ俺はライラス領へ向かう! 後のことは任せた!」


 ツェペリア領主屋敷前。


 俺は象ゴーレム馬車の御者台に座って、ミレスとメイルに宣言する。


「内政はできる範囲でやっていこうと決めた瞬間、ライラス辺境伯のところへ向かうんだね……」

「そりゃな! だってあの人、いつまで経っても俺の正妻の紹介をくれないし! 手紙じゃらちが開かないから、俺が直接乗り込んで話す!」


 俺はミレスの身体を凝視しながら叫ぶ。


 ようやくライラス辺境伯に俺の正妻用意が、どうなっているかを問いただしに向かうことができる。


 この四か月ほどは忙しすぎて無理だった。ツェペリア領は城塞都市の完成によって、猫の手も借りたいほど仕事が増えた。


 仕事とは主に商会の土地購入希望や、ギルド設立の許可申請などの対応だ。


 睡眠時間を削って対応していた。だがよく考えるとそこまでする必要はなかった。


 もはやツェペリア領は何もない領地ではない。土地などの価値が高騰してものすごい売り手市場になった。


 つまり売り手である俺達が優位に立っているので、買い手の商会などを待たせることにしたのだ。


 結果として俺が少し遠出するくらいの余裕ができた。


「これ以上生殺しにされてたまるか! 何かしらの決着をつけてくる!」


 ライラス辺境伯が正妻を用意してくれないせいで、俺はいつまで経っても妻とスキンシップのひとつもできないのだ!


 可愛い妻が二人もいるのにあんまりだ! ダメと禁止されているせいで余計に俺は苦しいんだよ!?


 ダメと禁止されていることほどやりたくなるんだよ!?


 冗談抜きの話もある。俺の正妻は今後のツェペリア領地経営に関わって来る可能性が高い。


 なのでそんな人なら、なるべく我が領地の成り立ちから見ていて欲しいのだ。


 発展した後の領内状況だけ見られたら、色々と誤解されて領地経営に不備が出そうだし。


 例えばライラス領と同じくらいに税を取り立てるなどだ。


 我が領民はものすごく貧乏なのに、城塞都市がある領地の民なら豊かだろうと勘違いされては困る。


「そういうわけだから少しの間、ツェペリア領のことは任せた! 二週間以内には戻って来るから!」

「メイルがお伴しなくて大丈夫です?」

「むしろお伴されたほうが大丈夫じゃない」


 旅で新婚男女が二人きり。御者台で二人隣り合う。


 そんなシチュに今の俺が耐えられるだろうか、いや無理。


「そういうわけでじゃあな! ゴーレム馬車、ぜんし……」

「緊急事態です!」


 俺がゴーレム馬車を発進させようとした瞬間、我が領の兵士が馬を走らせてこちらに近づいてきた。


 緊急事態? 俺もわりと急ぎたいんだが!?


 兵士は俺達のそばまでやって来て、馬から降りながら叫ぶ。


「大変です! スクラプ領に挙兵の動きあり! 兵士を集め出しております! 間違いなく狙いは我が領地かと……!」

「ええっ!?」


 ミレスが驚きの声をあげる。


「スクラプ領が進軍準備……王侯軍がこの領地への攻めを決定して、それに乗じるつもりです!?」

「い、いえ……見た限りではスクラプ領単独かと。自前で全ての装備や食料を整える勢いですので」

「……どちらにしても大変な事態だね。ここは……」

「そうですね、ここは……」


 ミレスとメイルは俺の方をチラチラと見てくる。


 …………うん、残らないとダメだよね! 早くライラス領に行きたかったな!?

 

「ふっふっふ……あんのスクラップ領め! 絶対許さん!」


 俺は急いでゴーレム馬車の御者台から飛び降りた。


 本当にもうあのスクラップ男爵許さん! 以前の戦争の時も敵前逃亡で足を引っ張った上に、手柄を横取りしやがったのだ!


 お礼参りとしゃれこんでやる! 


 そうして俺はツェペリア領の屋敷に戻り、食堂で戦会議を開催することにした。


 今回は報告に来た兵士も参加させている。


「敵軍の情報を教えて欲しい。おおよその予想兵力は? 進軍までどれくらいかかりそうか?」

「はっ! おそらく兵数は千ほどかと! 進軍までは……あの準備速度ならば一ヵ月というところでしょうか!」


 兵士は俺達に敬礼しながら力強く宣言する。


 ……千ね。スクラップ領の規模からすれば、全力で攻めに来たと見てよいだろう。


「ところで気になってるのだけど……スクラプ領は宣戦布告してこないの? 同じ国の貴族同士だよね? 数か月前には宣言しておかないと、卑怯とののしられると思うのだけど」


 ミレスが腕を組んで少し不思議そうに考えている。


 このレーリア国では戦争を仕掛ける時には、事前に宣戦布告をするのは当たり前だ。


 何もせずに攻めれば卑怯千万の汚名を被ることになる。


「俺はスクラップ男爵を知っている。あいつは自分のやることは全て正当化する奴だ! だから今回の不意打ちも、どうせあいつの中では正義の行いになってるさ!」

「えぇ……」


 何故宣戦布告のルールがあるのか。それは国内の戦争を早期に終わらせるためだ。


 勝敗を分かりやすく判定して、泥沼化を防ぐことで国の被害を軽減する。


 普通に考えれば戦いが終わる条件は二つ。和睦、もしくはどちらかの降伏だ。


 だが考えて欲しい。仮に領主同士の戦として、負けている側は素直に降伏するだろうか?


 当然ながら降伏したら殺される恐れもある。ならば領内に引き籠って徹底抗戦をするだろう。


 そうなったらもう片方はその領地に攻め入り、土地が荒れ果てて結果的に国が困ってしまう。


 なので勝敗を早めに決定させて戦争の泥沼化を防ぐ


 よくあるのが日付と戦場を決めて、両軍が決戦を行ってそれで勝敗を決めることだ。


「それでどうするの? ツェペリア領に兵士はほぼいないから、現状ではベギラのゴーレム頼りだけど」

「そうだな……考えようによってはこれは好機かもしれない」

「「好機?」」


 メイルとミレスは同時に首をかしげた。可愛い。


 戦争、それは忌むべき存在。人命が多く失われる災害。

 

 だが人はそれを常に起こしたがる。その理由は簡単だ、敵のモノや領地を奪えるというメリットがある。


「スクラップ領に逆侵攻して、大義の元に土地を奪わせてもらう! 奴らが戦争のルールを無視するならば、和睦の受け入れなんてあり得ないからな! そんな理不尽に攻めてくる土地を、隣に置いておくわけにはいかない!」


 以前にミクズが攻めて来た時と同じだな。


 向こうが先に攻めて来たので仕方なく反撃しました、という大義を得るのだ!


 ツェペリア領は俺が下剋上したことにより、周辺貴族からあまりよい目では見られていない。


 なので義なき行動はできないので、他領地に自分から攻め入るなんてのはあり得ない。


 そうすれば今はライラス領を恐れて中立の貴族たちも、王家派に流れてしまう危険がある。


 だが反撃ならば話は別だ! ましてや宣戦布告もせずに攻めてくるならば、どれだけ反撃しても全ては正当防衛となる! 

 

「スクラップ領の軍がこちらの領地に足を踏み入れてから反撃する。ゴーレムで一気に蹴散らしてやる!」


 どうせスクラップ領は俺達のことを舐めてるんだろ!


 それが過ちであると教えてやる! ついでにツェペリア領の武を国に轟かせるよい機会だ!


 ゴーレムの力を見せつけて圧勝してやる! 


「スクラップ領、お前たちは本当に最悪の時に攻めて来た。後悔してももう遅いぞ」


 俺はゴーレムコアを身体の中から取り出す。


 そのコアはいつものそれとはが違う。ドッジボールほどの大きさに膨れ上がっていた。


 そして溢れんばかりの魔力が内包されているのだった。

 


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