スクラプの悲劇

第47話 涙目のスクラプ領


 貴き血を持つ名門スクラプ家。


 その当主であるスクラプ男爵たる私は、今日も執務室で仕事をしていた。


 すると扉がノックされる。


「お館様、入ってもよろしいでしょうか?」

「構わん」


 執事がゆっくりと部屋に入って来た。


「お館様、ツェペリア領で揉め事が起きました。現ツェペリア準男爵が、家の四男に追い出されました。その四男はツェペリア領主を名乗っているようです」


 ……ツェペリア領か。


 あそこは数年前までは塩を売ってやっていた。だが代替わりした当主が不要とのたまって交易がなくなったくらいの記憶しかないな。


「ツェペリア領主が四男に奪われただと? なら王家の討伐軍に我らも出兵して、周辺領地と共に攻めることになるか!」

「いえ周辺領地はライラス領を気にして王侯軍に参加しません。我らの軍だけで攻めては被害が出る可能性があります」

「ええいっ、周辺領地は何と気概のない……! 我らは王家の意に従うように表明せよ!」


 私の命令に対して執事は深々と頭を下げる。


「ははっ。ツェペリア領が塩の売買を戻して欲しい、と要求が来たらどうされますか?」

「あの領地は我らに泣きついてくるか。ならツェペリア領主の妻を人質に差し出させろ。それを王家に差し出せば面白いぞ。ついでに私が味見をしてやろう。凡俗風情の妻がどんなものか見ものではないか」

「承知いたしました」

「ツェペリア領など四方を山で囲まれた詰み土地、更に特産品もない。あんなところ、どう足掻いたところで無駄だ。ついでだから我が領とツェペリア領の間に関所を設けろ。莫大な交通料を取ってやる」


 くくく……ツェペリア領が存続を試みるならば、我が領地との連携は必要不可欠。


 あの領地に価値を見出すならばライラス領と我が領の通り道だ。それ以外に生き残る術はない


 だがそんなことはさせぬ。我らが莫大な関税を取り立てれば、ツェペリア領の目論見は砕け散る。


「ツェペリア新領主がいつ泣きをいれて、妻を差し出してくるか賭けるか。いっそ新領主の前でその女を弄ぶのも面白いやもしれぬな。さぞかし屈辱的であろうて……ところでその新領主の名は?」

「べギラ・ボーグ・ツェペリアと言う名だそうです。ゴーレム魔法を扱うとか」

「聞いたこともないな。まあ田舎領地の四男など知るわけもないが!」


 この時はツェペリア領などどうせすぐ終わると思っていた。


 せいぜいが私が逆賊の人質を得たことで、王家への忠誠宣伝に利用できる程度の認識。


 邪魔になったら攻め滅ぼせばよい。取るに足らない下らぬ相手。

 

 だが私の目論見は見当違いの方向へと進むことになる。


 それから七ヶ月ほど後、ツェペリア領など頭の片隅からも消えかかっていた時だった。


「お館様、失礼いたします」


 執事が扉をノックして、許可を得ずに執務室に入って来た。


 どうやら少し急ぎの様子らしいな。


「少々お耳に入れたいことがございます。ツェペリア領で城塞都市が完成したとの噂が、大手商会の間で広まっております」

「何を言うか。そんなわけがないだろう……城塞都市だぞ? あんなもの、最低でも数年がかりで造る代物だ。そもそも着工の時点で噂になるだろう」


 じいも耄碌したか。


 城塞都市の完成どころか工事が始まったともなれば、すぐに近辺に情報が行き渡る。


 城塞都市の着工ともなれば大量の人や石材などが必要で、人が大勢集まれば食料やそのほか諸々必須だ。


 つまり経済に大きな動きがあるので分からないわけがない。


「わかっております。ですが少しばかりライラス領から、ツェペリア領に金が動く流れがあります。懇意のベイルー商会から急ぎ必ず伝えるようにと言われたので、お館様に伝えておこうかと」

「やれやれ、ベイルー商会も愚かだな。あり得ない情報に踊らされるとは商人として無能すぎる」


 商人は情報が最も大事だというのに……ベイルー商会との取引は、今度考えた方がよいかもしれないな。


 こんなバカ話を信じるようでは、ましてや上客の我らに伝えるのではすぐに落ちぶれるだろう。

 

「それとこれは間違いない情報なのですが。ツェペリア領と我らの間を繋ぐ街道が整備されたようです」

「ほう。ツェペリア領主はようやく妻を差し出して、私に頭を下げる気になったか」


 新ツェペリア領主もようやく身のほどを弁えたようだな。


 街道を整えた理由は二つだ。


 我らから塩を運ぶ利便性と、ライラス領とスクラプ領の通り道となるため。


 それらを成すには私に頭を下げて、関税を引き下げさせるしかない。


 ふーむ。しかし七ヶ月も待たされたのだから、もっと奴を苦しめた方が面白いか。


「ツェペリア領主には以前の条件では足りぬと伝えておけ。そうだな……妻を二人、それと子がいるならそれも差し出させろ」

「承知いたしました。手紙を出しておきます」


 ツェペリア準男爵領主程度が、ましてやその土地を乗っ取った者が偉そうにするからこうなる。


 最初に頭を下げておけば妻ひとりで済んだものを。


 無能は罪だな。そんな男に嫁いだ女もただの馬鹿に違いない。


 私が交わる価値など皆無だし、いっそ馬とでも交尾させるか? それも面白いかもしれんな。


 そうして返信の手紙を楽しみにしていたのに、三ヶ月もの間ずっと返事は来なかった。


 早く無能が感情を爆発させて書きむしったであろう、面白い文が見たいのだが……本当に何をしているのか。


 そんなことを考えながら執務室で書類を確認していると……む? 領民が北や南の領地に出て行っている?


 旅の類だろうか、今は春と冬の境頃なので農期に影響はないからよいか。


「た、大変ですお館様!」


 そんなことを考えていると、じいが勢いよく扉を開いて部屋に飛び込んできた。


 ……入室確認すらしないとは品がない。


「どうした? まるで領内に大盗賊団でも現れたかのような勢いで」

「大変でございます! 我が領の商人たちが続々とツェペリア領に出て行き始めました!」

「……じい、あり得ぬ報告をするな。商人たちがツェペリア領に出向くわけがないだろう。あんな何もない土地に」


 商人たちは利益を重視する生き物だ。


 ツェペリア領など人口百人、特産品もない酷い領地。商人が向かうメリットなどない。


 だがじいはなおも食い下がって来る。


「そ、それが……! ツェペリア領の城塞都市に人が集まっていて、好機とばかりに我が領地の商人たちが……それどころか領民までも逃げ出し始めました!」

「……はぁっ!? 嘘の情報に惑わされて我が領民が!?」


 つ、ツェペリア領め! 城塞都市が完成したなどの偽情報で、我が貴重な民を奪おうとするとは!


「推測ですが現時点で百人以上が、ツェペリア領に向かったと思われます!」

「そんなバカな!? 我が領地の民の百分の一に該当する数だぞ!? そもそもツェペリア領との間には高い関税がある! 逃げ出すほど窮する者に払える額では!」

「北や南の領地から迂回しているのです! 元々ライラス領に向かうルートがありますゆえ!」


 じいは慌てながら更に叫んでくる。


 な、な、なんと卑劣な大嘘をつく! ツェペリア領は我が領民を減らして、弱体化させるつもりなのだ!


 更におびき寄せた民は奴隷として売り払って儲ける……なんというゲスか!


「すぐにその偽噂を否定せよ! そもそも何でそんな明らかな大嘘を信じたのだ!」

「そ、それが……嘘ではありませぬ! ツェペリア領に念のために向かわせた間者から、確かに城塞都市がそびえたっていると! それにツェペリア領は今年は無税にしていて!」

「ば、バカな!? そんなあり得ぬことがあるはずが!? その間者も嘘を……!」

「複数の間者を忍ばせた上に、複数の商会からも真偽確認を致しております! 間違いなく、ほぼ間違いなくツェペリア領に城塞都市は存在します!」


 じいは目を見開きながら口を大きく開いた。


「そ、そんなバカなことがあるか! 城塞都市が僅かな期間で建つはずがない! やはり嘘に決まっている! そうだ嘘だ!」

「しかし各場所から真実だと報告が!」

「その者たちもツェペリア領の誑かしに引っかかったのだ! まず前提として城塞都市を一年経たずに、ましてや人も用意せずに作成できるはずがない! 城塞都市完成が嘘なのは確定だ!」


 ならば問題は我が領の民や商人たちがそれを信じ切っていることか! 


 ツェペリア現領主……ツェペリア領を一日で奪取しただけのことはある。


 普通ならば騙すなど容易ではないのに、それを愚民に信じさせる辺りは流石の卑劣漢か!


 街道も噂に説得力をもたせるために用意したと! 


 鮮やかな薄汚い手腕は確かなようだ。だが貴様の敗因は、私を相手にしたことだっ!


 私は他の愚か者とは違って騙されないのだから! 


 城塞都市とてどうせ木の板をそれっぽくとか、そんな代物で周囲を謀ったのだろうよ!


「すぐにツェペリア領間の関税を撤廃せよ! 出向いた商人たちが戻るように仕組むのだ! ついでに騙された商人たちが、我が領内で仕入れをしてツェペリアに持って行くように仕向けろ!」


 偽噂への対応、そして騙され続ける者から金を絞る策。


 こうすればツェペリア領の狡い策など無意味になる! 我が領内から金や人を奪う算段だろうがさせるものか!


 だがじいは勢いよく首を横に振った。


「そ、それが! ツェペリア領が逆に我が領地との出入り時に、膨大な関税をかけております! 我らが関税を撤廃しても無意味で……! 領民たちはこれまでと同じく、北や南の領地からツェペリア領に向かって……帰って来ませぬ」


 ツェペリア領め! 小領地の分際で我らとの交通路を遮断しただと!?


 よくも偽りの噂で我が領民をたばかってくれたな。


 小領地の分際で身のほどを弁えぬのだ。正しき裁きを下すには十分すぎる。


 せっかく見逃してやっていたのに、ここまでされたのだからもう我慢ならん!


「ツェペリア領に軍を差し向ける! 兵を集めろ! もはやこれは立派なだ! 奴らの偽りの情報に対して反撃する!」

「お、お待ちください! それは大義としては不十分で……ツェペリア領には不自然なところもありますのでまずは調査を……」

「愚か者! これ以上、我らが侵略されるのを黙って見ていられるかっ! あのような弱小領地、即座に滅ぼしてくれる!」


 なんと卑劣な策を思いつく悪党め! この私が成敗してくれる!



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予約投稿忘れてました(小声)


相手が化かしてくるタヌキだったら、スクラップ男爵の前提から否定する論は有効だったかもしれませんね。



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