第46話 増えて行く領民
俺がツェペリア領に来てから八ヶ月。
城塞都市の壁が完成してからなら二ヶ月が経ったことになる。
俺はツェペリア領主屋敷の執務室で、書類の確認業務の対応に追われていた。
「スクラプ領から今日も移住希望者が! 十人も来てるです!」
「またかよ!? どれだけ逃げて来れば気が済むんだ!?」
「それと今までのツェペリア領民の税ですが……」
「すまん、それに対応する余裕がない!」
メイルが書類の束を持ってきて、作業机の上に積んでいく。
あれらは移住希望者の名簿なんだろうなぁ……まだ城塞都市の建築許可とかも目が通せてないのに。
最近はゴーレム製造すらできていない。そもそも造ってもそれを扱う者がいないので、ひとつのコアに魔力を貯めまくっている現状だ。
今必要なのは単純労働力ではなくて頭脳……ミレスが増えないものか。
「ミレス! ミレスはどうした!? 手が回らないから手伝って欲しいんだけど!?」
「ミレスちゃんならライラス領の商人と商談中です! 他領からの商人が大勢押し寄せて、凄く待たせているです! ミレスちゃんも悲鳴をあげてるです!」
「ひ、人手が! 人手が足りない……!」
城塞都市の城壁が確認してから、信じられない勢いで外から人がやって来る。
まずは目ざとい商会たちが城塞都市の内部の土地を買い漁る目的で、なだれ込むように我が領地に襲撃してきた。
土地が余っている今ならば安く買えると踏んだのだろう。
後はツェペリア領の将来性も鑑みた可能性も高い。
本来なら我が領地は悪い土地ではないはずなのだ、レーリア王国のど真ん中に位置するのだから。
森さえ切り開くことができれば、少なくとも交通の通り道の価値はあるのだ。
それで商会たちはこぞって城塞都市内部の土地を求めて来た。
こちらも買い叩かれたくはないので、土地の一部だけを売ってやったのだ。
すると商人たちは買った土地を遊ばせなかった。すぐに各自で大工を用意して店などを建て始めたのだ。
ちなみに木材はツェペリア領の物を売ったので多少儲かった。そこまではよかったのだが……。
「各商会が大工を集めた結果、城塞都市に大勢の人間が集まってきた。しかも集まって来た人間相手目当てで、商売する商人や娼婦までやって来るとは……」
「計算外です……」
人が人を呼ぶとはよく言ったものである。
例えば戦争で軍が行軍する時、兵士を商売相手とする者達が帯同する。
商人や娼婦が従軍してせっせと兵士の相手をするのだ。
軍には千人以上の兵士が集まっている。大勢の人が集まっていれば飯も食うし、女も抱きたがるので戦争は商売チャンスなわけだ。
……まさか城塞都市の城壁建てた瞬間、こんなことになるとは想像つかなかったけどな!
いやもう少し段階踏んで人が集まって来ると思ってた……商人の儲けへの執念を舐めすぎた……。
各商会からは毎日のように土地を売れとの要望の山だ。
「商会は分かるけど……他領地からの移住希望者も多過ぎる! ツェペリア領の現状把握してるなら耳よいなこいつら……」
「人がいっぱい動けば話題になるです」
「そりゃそうだけどな……」
もはやツェペリア領はバブル経済になり始めていた。
それはよい。だが俺の睡眠時間も泡沫のごとく消えて行くんだが……。
「め、メイル……俺を少し甘やかしてくれ……膝枕して……もう二日くらいまともに寝てない……」
「そのまま寝るからダメです!」
俺の微かな望みすら否定された瞬間、執務室の扉が勢いよく開かれた。
ミレスがものすごく焦った形相で入室し、こちらに駆け寄って来る。
「ベギラ! ボクひとりじゃとても商会の人と商談しきれないよ! 手伝って!?」
「むしろ俺が手伝って欲しいんだが!? 城塞都市の区画管理すら出来ないぞこれ!?」
猫の手も借りたいとはこのことだ! ゴーレムなら手と言わずに五体満足で用意できるんだが!
まあ頭脳労働だからゴーレムがどれだけいても役に立たないが……。
「こうなったら優先順位を決めるぞ! 落ち着こう! 俺達は売る側、向こうは買う側! ツェペリア領の将来性は間違いなく高いので、アドバンテージはこちらにあるんだ!」
「商会を少しくらい待たせてもよいってこと?」
「そうだ! うちの城塞都市で儲けたいならそれくらいの損は許容してもらおう! 嫌ならお帰り頂けばよい!」
そもそも我が領に訪れる商会の数が多すぎるのだ!
規模問わずに他領地からこぞってやって来るからな!
それどころかライラス領を牛耳る大手商会まで、ツェペリア領で商売をしたいという始末だ!
どう考えても現状でもすごく儲けてるだろうに……それほどまでにツェペリア領が美味しそうに見えるのだろうか。
「ミレス。うちの領地って他の商会からどんな風に見えてると思う?」
「金貨一枚払えば、金貨掴み放題させてもらえる感じ」
「…………そこまで?」
「うん。だって今のツェペリア領って異常だもの。森をほぼ切り開いて街道を整備し終えたから、四方の領地全てとの交通の便がよすぎる。しかも城塞都市まである。なのにまともな既得権益がない」
ミレスが淡々と事実を口にしていく。
ツェペリア領はゴーレムの尽力によって、信じられない速度である程度森を切り開いていた。
少なくともツェペリア領の四方の領地を繋ぐ街道を、雑ではあるが整備し終えたのだ。
普通の領地ならば最低でも十年単位の仕事が、僅か数か月で完了していることになる。
本来ならその十年の間に、既得権益が徐々に埋まっていったはずだ。
だがうちの領地は埋まる前に、というか。何なら各商会が着工の情報が得た時には工事完了していた説まである。
この世界では情報の伝達は馬だからな。
「普通なら商人が投資する場合は、今後発展するかを見極めないとダメ。でも今のツェペリア領はすでに発展し終えた後の外観なんだもん。絶対得する儲け話、商人なら誰でも一枚噛みたいよ」
ミレスは「ボクが無関係の商人だったなら、どんなことしてでも関わろうとしてたよ」と付け加えた。
まあ今のツェペリア領はおかしいもんな……内情はすっからかんなのに外観が整いすぎている。
すでに城塞都市の外側は完璧、街道もだいたい整っている。
ついでに森を開墾したため木材も余っているという、『都市経営をしよう! 初心者チュートリアルセット!』みたいな。
後は人と家だけ建ててしまえば都市の完成です! 次は一から頑張ってみてください的な。
なお俺達は街道の宿町などは特に何もしていないが……すでに東のスクラプとの街道以外は、他領地によって宿屋など建てられているらしい。
あ、もちろんだが他領地はツェペリア領内に宿屋を建てたわけではない。
あくまで彼らの領地側の街道に、簡易宿泊所とかを……という話だ。
正直助かる、現状では俺達の方で宿屋を建てる余裕は皆無だからな。
我が領地は狭い。他領との境付近で泊まって翌朝に出発すれば、次に日が暮れるまでにはこの城塞都市にたどり着けるだろう。
つまり他領は宿代が儲かって、俺達は旅人の宿屋を用意しなくてよいというWinWinな関係だ。
「……よし決めた! そこまで商人にとってツェペリア領が魅力的なら、切羽詰まってまで不眠で必死に対応しなくてもよいだろ! 倒れたら元も子もないから、できる範囲でやっていこう!」
「……そうだね。商人の癖で儲けられる間にと思ってたけど、よく考えたら放っておいても状況は悪化しないよね。相手の商人側が待ってくれるよ」
ミレスもゆっくりと頷いたので今後の方針は決まったな!
商会の人には事情を話して、待ってもらえる人とだけ商売をしよう。
駄目な人には申し訳ないが諦めてもらうしかない。流石にこの状況が続けばいずれ俺達の誰かが倒れる。
……ほんの少し前まで人が来なくて嘆いていたのにな。今はむしろ人が集まり過ぎて悲鳴なのだから因果なものだ。
「メイル、今までのツェペリア領民の税について言ってたよな? 対応するから教えてくれ」
「ツェペリア領民の今年の税は何割にするです? 以前に前領主の重税により、今年も例年通りにとったら餓死者が出そうです」
「無税でいいよ、無税で。正直税を取り立てても、今年の収穫量から見れば誤差だし取り立てる手間も惜しい」
すさまじく大勢の人が増えている状況だ。百人くらいの領民の税がなくなっても大きな痛手にはならない。
今年はゴーレムに新農地を耕作させて、麦が例年の十倍以上の収穫高をあげたのも大きい。
全ての領民を無税にしても全収穫量の一割程度の麦ですむ。なら領民のご機嫌とりをしておくのもよいだろう。彼らもミクズの被害者だし。
そんな甘い考えで無税にしたところ、更にツェペリア領の評判が高まって人を呼び寄せることになる。
ツェペリア領の城塞都市にはどんどん人が集まっていき、信じられない勢いで建物が建って発展していくのだった。
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もうすぐ50話に到達するので、隔日投稿にするか検討し始めてます。
カクヨムコンに向けて新作検討もしたい……。
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