第45話 豊かになっていくツェペリア領


 俺達がツェペリア領に来てから半年が経った。


 切り開いた農地の初収穫が、現在進行形で行われている。


「「「「ごおおおおおおお」」」」


 手先が鉄の鎌になっているゴーレムたちが麦畑の収穫中だ。俺達はそれを少し離れたところから見ている。


 二百ものゴーレムたちが一斉に畑仕事をするのは少し壮観な光景だな。


 彼らは手先の鎌で麦を刈り取ると、背中につけた巨大な籠の中に放り込む。


 籠が満杯になったら麦を集める場所に持っていく、の繰り返しだ。


 ……少し麦が地面に落ちて踏みつぶされるが誤差の範囲だろう。


 何度でも言うがゴーレムは繊細な仕事は苦手だ。


 専用のボディかつ人がつきっきりで命じるならば、考えを読み込んでわりと細かい作業もできたりするが……これだけ大規模農業だととても無理。


「麦がもったいないです……」


 メイルが踏みつぶされていく麦の穂を見て悲しんでいる。


「仕方ない。森を一気に切り開いて農地にしたんだ。ゴーレムなしでは回収なんて不可能だ」

「勿体ないのはボクもわかるけどね……ゴーレムに潰された麦、いったいどれだけの量になるんだろう……」


 ミレスがすごくしかめっ面をしている。


 潰された麦がもし売れたら、と考えて大損と考えているのだろう。


 気持ちはわかる。だがそもそもゴーレムたちの労力なしでは、全ての麦の収穫は不可能と言ってよい。


 人手など全く足りていない、足りるわけがない。


 ツェペリア領の周囲の森を僅か一ヵ月半程度で全て開墾した結果、我が領の農地の面積は十倍に増えたのだから。


「ミレス、諦めるんだ。麦畑を回収しきれずに一面腐らせるよりよほどマシだ」

「わかってる……わかってるよ……! でも勿体ないなぁ……! もうちょっとやり方があったかも……!」


 なおも麦畑を見ながら嘆くミレス。


 商人根性たくましいと褒めるべきか、細かいことは気にするなと慰めるべきなのだろうか。


「うう……でも豊作でよかったね。これで食べ物に余裕ができるよ! それに……この農地から収穫した麦は全てボクたちのもの! なんたって農民に与えた土地じゃないからね! 本来なら三割くらいは減ることを考えれば!」

「そうだ! この麦畑の収穫に領民は使ってないからな!」


 本来ならば作物を育てるというのはすさまじい重労働だ。


 例えばこの世界に土地持ちの農家一家がいるとする。そこの働き手である夫が亡くなりでもすれば、即座に妻は再婚しようと必死になる。


 あるいは娘が未成年であっても、他農家の男と結婚させようとする。


 そうでなければ労働力が足りずに、持っている農地で作物を育てられない。そして税が払えずに没落するのだ。


 日本で老人夫婦が農業できているのだって、機械とかの力がなければ不可能だろう。


 普通なら土地からの収穫物は、税という形で農民から回収する。


 当然ながら収穫した全てを取ることは無理だ。そんなことをすれば領民が飢えてしまう。


 だがゴーレムたちが育てた畑ならば話は別だ!


 くぅ……頑張ったかいがあった……! ゴーレムに雑草抜きをさせるために、小人ゴーレムとか作ったからな……!


 普通のゴーレムに雑草抜きなんて命じたら作物を踏みつぶすが、小人ならば麦の間を通り抜けるから……!


「収穫を終えたら麦をパンにするです。そこは領民の人に頑張ってもらうです」

「そしてパンゴーレムにすれば劣化しない食料の完成だ! くくく……不作の年まで貯めておけば大儲けできるぞ!」


 パンゴーレム、なんかすごく遊び心があって可愛いだけな感じがする。


 だが実用性が半端ないのだ。ゴーレムは劣化しないので、誇張抜きで腐らない保存食の完成だ。


 まあ地面とか歩かせると汚いので、倉庫で眠らせておくだけになりそうだが。


 倉庫に大量の動かないパンゴーレムが並ぶ……少しシュールな光景かもな。


「でもこの食料は今年でなくなると思うよ。城塞都市のために必要だからね」


 ミレスがすごく楽しそうに笑っている。


 城塞都市も農地と同時に作っていて、すでに城壁は完成している。


 壁の中は殺風景な平原みたいになっているが……まだ建物を用意できてないんだ。


 農作業と城壁つくりにゴーレムをほぼ使っていたからな……。


 そもそもゴーレムは家などを建てるのは不得手というのもある。


 以前に話したように大工が家の建て方を思い浮かべて命令して、かつもう少し力加減のできるボディが必要だ。


 少なくとも目の前で繰り広げられている大規模農作業は無理。


「そうだな。大人数を養える食料も手に入れた。これでようやく本格的に城塞都市を開始できる」


 とはいえ城壁はできている。つまり城塞都市に住むメリット、中に住む人の安全を守る壁はあるのだ。


 そして城塞都市に住む人間が食えるだけの食料もある。こうなれば後は住民を募集すればよいだけだ。


 ツェペリア領民百人は城塞都市の中に引っ越しさせて、その上で移民を募っていけばよい。


 建物にかんしても集まって来た者たちにも建てさせる。


 とはいえ流石に好き放題に土地を与えると、城塞都市が滅茶苦茶になってしまう。


 なので大雑把に都市の区画だけ考えて建築を許可制にするつもりだ。


 住宅区に賭博場とかは禁止する感じで。


「これからやることがいっぱいだぞ! 頑張らないと!」

「ボクも頑張るよ! これからが商人の本領発揮だ!」


 ミレスがすごくやる気を出して掛け声をあげた。


 彼女がやる気なのは当然だろう。


 なにせ城塞都市に人が増えればお金が入るからな! ようやくツェペリア領にも経済が生まれるのだ!


 これでやっと自給自足だけの領地から解放される……!


「…………でも少し懸念があるです」


 俺とミレスが盛り上がっている中でメイルは少し俯いていた。


 懸念? 今後のツェペリア領の未来は明るい通り越して眩しいと思うのだが。


「おいおいメイル。ツェペリア領に懸念なんてないだろ? 何を心配しているんだ?」


 メイルはさらに視線を下げ、顔を少し赤く染める。


「その……世継ぎがいないのです……。領地が発展していくのに対して、ツェペリア家の者が足りないのです……このままだと膨れ上がっていく領地の権利を、いずれ赤の他人に渡さないとダメに……」

「「…………」」


 俺も返事ができずに黙り込む。あ、ミレスもメイルと同じように顔赤くなって可愛い。


 ……親戚、それは領地経営において極めて重要なファクター。


 特に大事なのはメイルがさっき話したように、領地の権利をなるべく身内で独占する必要があるのだ。


 仮に他所の大商会にでも特権を与えてしまうと、そこから領地経営が狂わされる恐れもある。


 例えばその大商会が他領地に買収でもされて、ツェペリア領に都合の悪いように動かれたら? などの恐怖が付きまとう。


 だから身内や譜代の家臣による、身内経営は物凄く大切なのである。


「……トゥーン兄貴やスリーン兄貴がいるから。いざとなったら父も……」

「その三人を合わせても全く足りないのです……。メイルは最悪動けなくなってもよいので、子供を産んでもよいですけど……」


 メイルはすさまじく顔を真っ赤にして、俺の方をチラリと見てくる。


 本当ならば今宵はこのままお楽しみの流れに持って行きたい。


 だが出来ないのだ……! とある理由のせいで……!


「ダメだ……ライラス辺境伯が未だに正妻を紹介してくれないからな……」


 長子、長男。最初に生まれる男の子。


 それはすごく重要だ。具体的に言うと跡目争いの関係で。


 仮に側室が先に子供を産んで、側室の長男と正妻の次男がいるとする。


 本来ならば正妻の次男が家を継ぐ嫡男になるべきだが、いや先に生まれた長男が継ぐべきだと喧嘩になる恐れがあるのだ。


 なので理想は正妻の長男である。そのためにライラス辺境伯による正妻の紹介を待っていた。それも半年間も……!


 でも一向に音沙汰がない。正直もうヤッちゃってもいいんじゃないだろうかと思えて来た。


 それに言い訳というか大義もある! 


 もし俺に何かあった場合、子供がいないとツェペリア領は跡継ぎ問題で崩壊しかねん!


 つまり早急に子供をつくる必要があるのだ! 


「今度、ライラス辺境伯に最終確認する。それでも正妻の紹介がないなら……もう知らん! 俺達にも都合があるんだから!」


 大義は我にあり! 半年以上も放置されて俺も我慢の限界なのだ!


 可愛い嫁が二人もいるのに、何もできないこのもどかしさが!




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