第41話 ツェペリア領発展計画


 季節は春、ツェペリア領西の森。


 俺は伐採した後に積まれている木を目の前にして、少し頭を悩ませていた。


「この木で家を建てようと思うんだが。この森付近に宿町とかどうだろうか? ちょうどライラス領との境付近だし、ライラスツェペリア間を移動する商人で潤うかも。スクラップ領に行く物好きも通るかも知れないし」

「現状で商人は誰一人として来ないけどね」


 ミレスは少しジト目でこちらを見てくる。


「そこはほら、まだ宿屋とかのインフラが整ってないからだ」

「でも現状だと仮に商人が来ても品を売っていくだけじゃない? ツェペリア領には特産品もないから、お金がとられていくだけなような。しかもライラス領と物凄く近いから、さっさと売ってすぐ帰りそう」


 ……た、確かに。商人は売るだけ売って、買わずに帰ってしまいそうだ……。


 そうしたらツェペリア領内の金は増えずに消えていく一方では……?


「交通の便が整って商人が訪れやすくなったら、むしろ品を売られるだけになって領地から余計にお金が消えて行くかも。旅人とかの通り道として、どれだけお金を回収できるか次第だけど」

「……実はスクラップ領がな。ツェペリア側から入領、もしくは出領の関税を五倍に引き上げると手紙が来た」


 つい先日、スクラップ領から謎のお手紙が届いたのだ。


 ちなみに本当の名前はスクラプ領で、俺だけ侮蔑の意味でスクラップ領と呼んでいる。


 その文の内容はいくつかあったのだが、ほぼ全てがうちの領地への嫌がらせ宣言だった。


 そのひとつとしてスクラップツェペリア間の関税を、あり得ない額に引き上げやがった!


 他にもブチギレ案件あるし、この関税は幾分マシな情報だったけどな!?


 あの野郎、赤字覚悟で俺達への嫌がらせしやがって!


「ツェペリア領を通り道にするとしたら、大半がライラスとスクラプの間を歩く人なんだよね……それだと誰も通らないかな。今まで通りにツェペリア領の上か下の領地通るよ」

「ぐぎぎ」


 あんの敵前逃亡野郎! 戦争以外でも足引っ張って来るとは!


 ば、バカな……交通インフラの整備は内政の基本。


 交通の便がよくなれば経済が豊かになるのは、内政シミュゲーでは常識なのに……。


 何も売れる物がない上に、他領間の通り道としての価値がなければ! 


 むしろ道が整ったら金が外に出て行きやすくなるのかっ!?


「や、やはり特産品の類がないとダメか……」

「うーん……まあ特産品と言うか、商人からお金を吸う仕組み? 物じゃなくてもよいけど商人に好き放題儲けさせたらダメだよね。都市なら入る時に関税を取るんだけど……」

「関税なんて取ったら誰も来ないな! こんな辺鄙なところにわざわざ時間と金かけて商人が来るわけない!」


 商人たちだって儲けるために必死なのだ。


 馬車を走らせれば馬の餌代や宿代もかかるから、儲からないならば来るわけがない。


 こんな村に関税払って入る商人はあり得ない。


 え? あり得ないは言い過ぎだろって? 


 いや言いすぎではない。仮にも商人がそんなバカなことしたら、そいつは商人失格だからな! 


「しかし商人が来なくて金が入らないのは弱ったなぁ……領民たちから不満が出てるんだよ。領内では不足している物が多すぎるので、外から買い付けて欲しいって」


 俺は領民の嘆願をまとめた紙を懐から取り出して呟く。


 ツェペリア領民からすれば嘆願も当然だろう。生活必需品が領内ではまったく揃わない。


 ひとまず食べ物は麦、衣服は自前でも毛皮とかで造れるが……特に問題解決が急務なのは塩だ。


 この領地では塩が手に入らないので、外から買い付けるしか方法がない。


 商人側が売りに来てくれたら楽なんだけども……。


 ミレスは俺の持ってる嘆願書を覗いた後に首をかしげた。


「今までのツェペリア領はどうやって塩を用意してたの?」

「親父の時は都度借金して頭を下げて、東のスクラップ領から買い付けてたらしい」

「前領主は?」

「買ってない」

「……え?」


 ミレスは固まった表情で動かない。


 わかるぞ、俺も領民から話を聞いた時は同じようになったから。


「塩なんかなくても生きていける、贅沢言うな。汗でも飲んでおけって仕入れなかったらしい。領民たちは今までの備蓄で何とかしてきたと」

「ごめん、ミクズって人はバカなのかな!?」

「ミレス、それは言い過ぎだ。馬と鹿に失礼だぞ」


 ミクズはもはや野生動物より頭が悪いぞ。


 動物たちだって塩が必須と理解して、岩塩なめたりして摂取するし。


「どうするのさ? 以前みたいにスクラプ領から買い付けるの? 関税が高いけど……」

「……そもそも無理だ。実はさっきのスクラップからの手紙に記載されてた……俺の妻をどちらか人質として差し出せば塩を売ってやると」

「……滅茶苦茶過ぎる。妻を人質要求なんて、ライラス辺境伯くらい力があってもためらうのに! 自分達を王家とでも思ってるの!? いや王家でもそんなの……」

「それな。そもそもスクラップ領は王家派だから、塩の命綱を握られたくない」


 先も言った気がするが、スクラップ領主は以前の戦争で敵前逃亡した貴族だ。


 あんな奴に頭を下げるとか絶対に嫌だ! ましてや誰があんな奴にメイルやミレスを差し出すものか!


 あの最低野郎のことだ! 差し出したら最後、絶対に俺の妻を襲うに決まっている!


 信じて送り出した妻が……なんて展開になったら、俺はスクラップ領を超巨大ゴーレムでぎったんぎったんに踏みつぶしてやる!


 そもそもスクラップは王家派を宣言してるから、人質を出すなんてあり得ないが!


「スクラプ領からは塩は買えないね……でもどうするの? 塩は絶対に必須だよ?」

「少し遠いがライラス領の北側に買い付けに行くしかないな……スクラップ領に向かうのと比べると、三倍ほど距離が違うのは痛い」


 流石は天下のライラス領だけあって、岩塩もしっかりと採掘可能な場所がある。


 不幸中の幸いとしては、ライラス領と正式な塩交易を結ぶ必要はないことだ。


 ライラス辺境伯への借りが増えないのは助かる。


 我が領の人口は百人程度なので、馬車数台で買える程度の塩で足りるからな……。


 商隊組む規模だと個人では買えなかったから助かる。いやツェペリア領が貧しい証明なので、言うほど幸せでもないのだが。


「象ゴーレム馬車で塩を買い付けに行くしかない。その大役はミレスに任せたいが大丈夫か?」

「うん、任せて。ただちょっと確認なんだけど……塩を買いに行く時に、馬車の中身はどうするの? せっかくだから何か売りつけたいよね」

「パンでも詰め込むか? 少なくとも秋までには農地開墾が終わって、収穫量は各段に増えるはずだ」


 ツェペリア領がまともに売り出せる特産品はない。


 だがゴーレム農業改革によって、農地がかなり増えているので収穫量は例年の二倍以上を見込めるのだ。


 近くでもゴーレムがすでにあるていどの形になった農地を耕していて、一週間後くらいには種まきもさせられそうだ。


 これがゴーレムのメリット! 重機ばりの効率で開墾できる上に、水やりとかの簡単な農業ならば任せられる!


 あ、雑草抜きは現状では無理だ。周囲の土ごと引っこ抜くので、そこらへんは領民使うしかない。


「うーん……豊かなライラス領ではパンは大して売れないかな。食べ物が不足してる貧しい領地ならともかく」

「だよなぁ……あ、川魚とか売るのはどうだろうか?」

「川魚を干物にしても需要は大して……」

「いや生きてるやつ。小さな水ゴーレムで魚を生かしておいて、そのまま売ったらどうだろうか」


 大した利益にはならないだろうか、目下の小遣い稼ぎくらいにはなる。


 ひとまず塩の買い付けだけは急務なので、そこの金だけは何とかしたいのだ。


 俺が何となく呟いた瞬間、ミレスが俺の肩を掴んできた!?


 あのミレスさん、顔が少し怖いです……。


「待って? 今なんて言った? 水ゴーレムってなに?」

「え、いや俺のゴーレムは水でもつくれるから。魚を生きたままで持ち運べるんだ。だからそれを利用して……」

「……そんなことできるなら先に言えー! それどう考えてもお金の匂いしかしないじゃないか!?」

「いやツェペリア領では海の魚は取れないし、領主の俺が個人で海に向かうわけにもいかないから微妙かなーって……すみませんミレスさん、顔が怖いです」


 ミレスは鬼の形相でこちらを見続けてくる……ゴゴゴゴみたいな音が聞こえてきそうだ。


「待て、他も儲け話はあるから! ゴーレム馬車往復便で儲ければいいんじゃないかなと! 普通の馬車より速いから人気が出るはずだ!」

「象ゴーレム馬車は二台しかないのに?」

「三日あれば象ゴーレム一頭作れる」


 俺がそう告げた瞬間、ミレスはニッコリと笑いかけて来た。


 だが……目が笑っていない……っ!


「ベギラ、ゴーレムのことを全部ボクに教えなさい」

「いや待て。全部となるとかなり長くなるから……」

「教えなさい」

「……はい」


 お、おかしい。


 ミレスはもっとこう、可愛いくて俺にずっと甘えてくれる娘では……。


 この後寝る前までミレスに対して、ずーっとゴーレムのできることを説明した。


 彼女は俺のベッドの上に座って必死にブツブツと考え込んでいる。


 ……おかしい。互いに寝間着で同じ寝室にいるのに、ここまで色気がないなんてあってよいのだろうか。


「よし。ひとまずゴーレム馬車で川魚を運ぼう。川から少し離れた土地なら売れるよ。それに開拓に関しても大工を数人雇って宿屋とか色々と建てよう。後は住む人は置いておいて、壁で囲んだ街をつくろう」

「城塞を作る。そうすれば自ずと人は集まって来るということか」

「そうそう!」


 ミレスはすごく楽しそうに俺の隣に寄り添ってくる。


 城塞都市は人が集まるのだ。民衆は壁の中に囲まれる安全を求めるから。


 この世界は危険がいっぱいで、人が集まる村だろうが街だろうが安全ではない。


 例えば魔物や狼が襲撃してきたり、最悪なら盗賊団などがやって来る可能性だってある。


 そんな恐怖と常に戦っている民からすれば、危険から守ってくれる城壁に囲まれた街はすごく魅力的だ。


 人の集まるところに城塞都市が立つのか、城塞都市が立つから人が集まるのかという話がある。実際はどちらのケースもあるのだろう。


 ようは城塞都市とはそれほど魅力的なのだ。


 ツェペリア領に城塞都市ができればおのずと人が集まって来る。


 人が集まるということは金も回るので、領地が潤うというわけで……!


 もちろん城塞なんて作るなら物凄い労力が必要だ。だがそこはこの俺がいる、ゴーレムがいる!


「よし! ツェペリア領城塞都市計画を明日から開始するぞ!」

「うん! 頑張ろう!」


 俺とミレスは互いにガッツポーズを繰り出すのだった。


 ……ところでだな、ここは夜の寝室。ミレスは薄着のヒラヒラした寝間着。


 俺は同性愛者ではない。こんなシチュで興奮しないわけがなく……。


「……ところでミレス。俺とお前は夫婦だ、ここは夜で寝室で……」


 俺がそう告げた瞬間、ミレスは顔を真っ赤にして自分の身体を両手で抱きかかえた。


「だ、ダメだよ!? 妊娠しちゃったら動けなくなるし……それにライラス辺境伯からも正妻を紹介してもらうんでしょ? もう少し落ち着いてからで、ね?」


 あああああああぁぁぁぁぁぁ!? 俺の甲斐性がないばかりにぃぃぃぃ!

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