第40話 お久しぶりです、師匠


 俺はメイルを連れてツェペリア領の村を歩いていた。


 領民たちが俺を見るたびに挨拶をしてくる。


「ベギラ坊ちゃん、税を減らしてください。こんにちは」

「坊ちゃん、今年は無税でお願いします。ちわっす」

「どうか恩赦で税をなしで。こんちは」


 ……こいつら無税にするお願いを挨拶と勘違いしてないか?


 しかも坊ちゃんとは失礼な。もう俺は正統なツェペリア領主だ!


「俺のことはベギラ様、もしくは領主様と呼べ。もう坊ちゃんじゃない」

「わかりやした、ベギラ坊っ様」

「造語をつくるな造語を!」

「あなた、落ち着くです。領民に認められる統治をすれば、おのずとちゃんと呼ばれるです」


 領民とちょくちょく口論しつつ目的地に向かって歩き続けた。


 そしてようやくゴーレム師匠の屋敷の前に到着した。


 本来ならばすぐに師匠のところに訪れたかった。


 だがツェペリア領の現状把握に忙しく、ここに来てから一週間も経ってしまっている。


 一年半ぶりくらいの再開となるので、そこまで久しぶりというわけではないが……。


 門に手をかけて思いっきり引っ張り、屋敷の中へと入っていく。


 慣れ親しんだ正面の部屋――工房――に入ると。


「おお、ベギラか。よく来たな」


 師匠は……老いていた。


 明らかに髪やヒゲにハリがなくなり、身体もひとまわり小さくなっている。


 以前は杖をついてこそいたが常に立っていた。だが今の師匠は木の椅子に座っていて、それがまた歳を感じさせる。


 ……外面がここまで変わってしまったのであれば、性格も少し変化があるのかもしれないな。


 ほら年をとると詫びさびがーとか言うし。


「……お久しぶりです。師匠もお元気そうで何よりです」

「世辞はいらん! 元気じゃないわい! 足腰が悪くなったのでお主のを参考に、四足歩行の椅子ゴーレムに座っとる! ほれ動け!」


 師匠が叫ぶと座っていた四足椅子が、まるで小さな馬のように歩き始めた。


 ……自動で動く車椅子じゃん。車じゃないけど……自動馬椅子?


 ちなみに背もたれがない方が、この椅子にとっては前なようだ。


 動物で考えるなら背もたれ部分が頭に見えるので、まるで後ろ歩きしているようで若干シュール。


「師匠もお変わりないようで」

「どう見ても変わっとるじゃろうが!」

「いえ性根というか性格が微塵も変わってないので……ゴーレムへの知識欲が」


 具体的にはゴーレムへの飽くなき探求心が、微塵たりとも失われていない。


 見た目がどれだけ変わっても、核の部分に一切のブレがないのは凄まじい。


「当たり前じゃ! ワシはゴーレム研究に生涯を尽くすと決めておる! そう簡単に変わるならば、とっくの昔に折れておるわ!」


 師匠はゴーレム椅子に座りながら宣言する。


 ……確かにそうだな。俺もリテーナ街に出て散々理解したが、この国はゴーレム魔法使いに恐ろしいほど冷たい。


 このゴーレムがひたすら悪く言われる国だ。ひとりで研究をつづけた師匠にもきっと幾度も悪口を言われただろう。


「流石ですね、師匠。そんな師匠を尊敬してますよ。俺がいまここにいるのも師匠のおかげです」

「世辞はよいわい。お前の発想のおかげでゴーレム研究も一足飛びに進んだ。ワシがいなくてもお前はここにおったわ」

「いえお世辞ではありません。師匠がいないと俺はゴーレム魔法を、身に着けていたかも怪しいです」


 師匠と俺では全く状況が違う。俺はゴーレムの活かし方を理解して、かつ師匠に教えを請えたからこそ今の自分がある。


 もし師匠がいなければゴーレム魔法を身に着けたかは怪しい。俺は彼のおかげで1から始められたのだ。


 ひとりで全てを切り開くのは、0を1にするのは物凄く困難な道だ。


 よく『一から教える』という言葉を使うが、時点で物凄く恵まれている。


 それは過去の人物が切り開いたから1がある。開拓者とはそれほど偉大なのだ。


 師匠は凄い人物なのだ。普通の魔法使いになっていれば勝ち組だったのに、それを捨ててまで人生をゴーレムに費やす……並みの人間では成しえない。


 忘れてはならない。今の俺があるのは師匠のおかげだということを。


「それを言うならワシはお前を弟子にして正解じゃったわ。これからツェペリア領をゴーレムで発展させるんじゃろ? ならゴーレムの世間的評判が上がる! ワシの研究を馬鹿にしたクソ王家に一泡吹かせられるというもの!」 

「ああ……やはり馬鹿にされてましたか……」

「前王のそれまた前の王じゃがな! ゴーレムなんぞ役に立たないと言いおったわ! すぐに研究をやめねば殺すとも脅してきてな! 無論断って逃げたが! 六十年くらい前じゃったかの!」


 流石は王家だ、悪い意味で期待を裏切らない。


 ちなみに師匠の年齢は現在八十歳を超えている。この世界ではかなりの長寿だ。


 てかゴーレムを悪く言うのはまあいいとして、研究を脅してやめさせようとするとかひでぇ……。


「そういえば前々王が死んでから、ゴーレム魔法使いが弾圧されなくなったのう。それまでは酷いもんじゃったが変わったわ。数年前など姫がゴーレム欲しいと手紙を送って来たからの」

「姫が? 売ったんですか?」

「売るわけないじゃろ、ワシの研究成果じゃぞ」


 ゴーレム弾圧って……今の王家はそこまでは言ってこないからまだマシなのかな?


 ゴキブリとゲジゲジのどちらがマシか、程度の争いな気はするが。


「それで師匠は今後も研究を続けられるのですか? もしよければ俺の領地経営を手伝ってもらえると嬉しいのですが……」

「すまんが無理じゃ。ワシは人生最後の研究に全てを費やしたいからな」

「人生最後の研究……ですか?」

「そうじゃ。ゴーレム界を根底から揺るがすような凄まじいものじゃよ! まだ内緒じゃ、楽しみにておるがよい!」


 師匠は物凄く楽しそうに笑う。


 この人くらい老後まで好きに生きられたら幸せだろうなぁ……俺も将来はこうなりたいものだ。


 まあ俺の場合はこれからだな。色々と頑張ってツェペリア領を発展させてハーレムをつくって……。


 あれ? 老後までハーレムって言ってたら流石に痛々しくないか……? 


 老い禿げたジジイが若い女を侍らせる……クズ臭しかしない。


 …………ま、まあ老後までには他の目標も見つかるだろう。たぶん。


「では楽しみにしておきます。ただ師匠、ゴーレム界に覆るほどの根底ってありますか……?」

「ないな! ほらあれじゃ、百年後にここがゴーレム発展の分岐点とかで語られる感じのやつじゃ!」

「なるほど、百年後に……」


 どうやら師匠の中では、ゴーレム魔法が今後発展するのは決定事項のようだ。


 それを成すのは間違いなく俺だろう。期待には応えないとな。


「ちなみに俺もその研究を手伝いましょうか?」

「いらん、むしろ邪魔じゃ! お主はツェペリア領の発展があるじゃろう! そちらに尽力せい! 領民を飢えさせてはならんぞ! 人は宝じゃ!」

「確かにその通りですね。では応援だけしておきます」


 俺の言葉に師匠は機嫌よく笑って頷いた。


 師匠はゴーレム信者ではあるが人間を決して軽視していない。むしろ普通の人よりも人命を大事にしているまである。


 幾度とないゴミクズの配下の襲撃にも、誰一人として命を奪わずに追い返したのだから。普通ならどこかで見せしめに殺してもおかしくない。


 ……襲撃されたほうがゴーレムの実験データがとれるので、キャッチアンドリリースしてたのも否定できないが。


「うむ! ああ、それとな。この屋敷にあるワシのゴーレムは自由に使ってよいぞ! どうせもうワシには使い道がないものたちじゃ! 使用した後にあれじゃ、お主が作ってた感想書みたいなのだけ渡せば!」

「レポートですか?」

「それじゃ! 誰がゴーレムを使おうがかまわんが、必ず書かせて提出するのじゃぞ! 今後の参考にできるからの!」


 師匠にかなり念を押されるのだった。


 ……ゴーレムを自由に使わせてもらえるのは嬉しいが、レポート提出は結構面倒だなぁ。


 いや夏休みの宿題みたいに面倒なのではない。


 この世界では文字を書ける人は当たり前ではないので、レポートを書く人員を用意せねばならない。


 それにレポート用の紙も普通に高いから……いやゴーレムを自前で用意するよりは、だいぶお安い値段にはなるのだが……。


 まあ師匠なりに俺のことを応援はしてくれているのだろう。彼の期待にもこたえて見せよう。



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ようやく次回から内政編スタートです。

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