第39話 困る王家


 レーリア王城の玉座の間。


 玉座に座る王とその傍らに立つ財務卿に対して、ミクズが絨毯の上で土下座をしていた。 


「王よ! どうかツェペリア領を不当に占領するベギラに、討伐軍を差し向けてください!」

「う、うーむ……」


 ミクズの言葉への返答に困るレーリア王。


 財務卿も少し顔をしかめながらミクズを睨んでいた。


「ベギラは私を力づくで追い出して! 領民たちを脅して苦しめています! 私も命からがら逃げてきました! 奴はもはや大罪人です! 私に王侯軍をお預けください!」


 ミクズは顔を歪ませながら叫ぶ。


 それは見下している王に頭を下げている屈辱か、いまだに折れている肋骨が痛むのか。あるいは両方か。


 そもそもミクズは選ぶ言葉を間違えていた。王家からすればベギラへの扱いを迷っているところだ。


 まだあくまでツェペリア領兄弟争いの結果で……という調停も選択肢にある。


 その中でミクズの今の言動で兵を出すならば、それを投げ捨てるようなものだった。


「まあ待ちなさい。其方はまだ傷が完治しておらぬ。なんにしても癒してからだろう」


 財務卿は言質をとられないように無難な言葉で返す。


 普通の貴族ならばここで一旦引き下がる。暗に今は返答できぬので下がれと言われていると察する。


 だがミクズにそんなことが分かる能力があるはずがない。


「大丈夫だ! それよりもツェペリア領民のことを思えば、この程度は傷のうちに入らね……入りません!」

「……ならぬ! それでお主に何かあっては大ごとよ。余の言葉を聞くのだ!」


 王も心配するように聞こえる言葉をかける。


 流石のミクズも分が悪いと判断したのか、顔を思いっきり歪めた後に。


「承知しました。では完治した時は必ずツェペリア領への討伐軍を差し向けると約束してください」

「先のことはまだ約束できぬ」

「ここは下がった方がよいです。お体に障りますし、どんどん悪化していきますよ?」

「し、しかし……」


 王と財務卿は冷たく言い放ったが、なおもミクズは食い下がる。


 王と財務卿は更に五分ほどやり取りをした後、何とかはミクズを玉座の間を追い出すことに成功したのだった。


 ミクズが去った後の玉座の間では、王が物凄く不愉快な表情を浮かべていた。


「はぁ…………なんじゃあいつは!? 貴族としての最低限の礼儀作法すらできておらぬぞ!? あんな無礼に頭を下げよって! 首を刎ねろと言わんばかりの姿勢じゃ!」

「王よ、落ち着いてください。命からがら逃げて来たミクズは、他貴族たちから同情されています。ここで処罰しては諸侯には口封じにしか見えませぬ……」

「領地を守れなかった罪に問えぬのか!?」

「貴族たちからすれば、援軍を送らなかった王家にも非があると考えます……ここはこらえてください」


 激高する王を必死になだめる財務卿。


 ミクズの生存は王家にとって目の上のたんこぶとなっていた。


 ツェペリア領を奪還して欲しい、とミクズから要求されること。それ自体が王家からするとかなり困る頼みなのだ。


「ぐぅ……! ツェペリア領の家内争いでおさまればよいものを……! 面倒ごとを運んでくるとは! あんな僻地、正直どうでもよいものを!」

「真にですな。あの領地は周囲を森に囲まれた辺境。ロクに税も納めてこない上に、特産品なども皆無の土地……そんな場所に軍を差し向けても得がない」


 レーリア国にとってツェペリア領とは、無価値の土地と言っても差支えがなかった。


 実利的だけで見るならば、仮に他国に譲り渡しても困らないくらいだ。


 故にベギラがミクズを殺して領地を継承したとしても、王家の面子などを除けばどうでもよい。


 誰が領主でも最低限、領地が完全崩壊しないくらいに統治すればよい。


「ミクズ準男爵の統治不備を理由にして、ベギラと言う男をツェペリア家の当主に認める。それで解決が丸いのですがね……準男爵が王都まで逃げて来た、というのが問題です」

「わかっておる! 死人であれば口がないものを! 先にお主が言ったように、援軍を送らなかったのを誤魔化すために邪魔者を排除したと見られる!」


 貴族が王に忠誠を尽くすのは守ってもらえるが故だ。


 ミクズが準男爵を継ぐことを王家は正式に認めているのだ。故に王家はある程度はミクズを守ってやる必要がある。


 つまりツェペリア領を武力で取り返す、もしくはミクズとベギラの仲を取り持つなどの姿勢を見せなければならない。


 逆にここで何もせずにミクズの口を塞ごうものならば、他の貴族は王家への信用をなくしてしまうだろう。


 王家は介入も援軍も送らなかったくせに、負けたら統治不備などと言い繕って見捨てるのかと。


 無様に単独で逃げて来たミクズの姿が、他貴族からすれば明日は我が身と同情に値するものだったことも大きい。


「それにツェペリア領近くの領主たちは、討伐軍に乗り気ではありません。これではそもそも軍を差し向けるのも困難かと」

「ええい! なんと面倒のくさい! 何かよい方法はないのか!? 万事解決する策は!」


 王の叫びに対して財務卿はしばらく悩み続けた後。


「申し訳ありません。現状ではよい手が思いつきません……」

「ええい! そもそもあのミクズとやらが、たかが数人に領地を乗っ取られたのが悪い! 斬首じゃ! 領地を守れなかった罪で斬首に処せ!」

「なりませぬ!? 他貴族から凄まじい悪評を受けますぞ!?」

「ではどうする! あのミクズとやらは、きっと今後も討伐軍をーなどと言ってくるぞ!?」

「じ、時間をくだされ。何とかよい策を考えてみます……」


 だが王も財務卿もよい策が思い浮かばず、延々とミクズの要求をはぐらかすことになる。


 当然ながらその話は他貴族の耳にも届く。貴族たちは王家が国内にすら派兵できない惨状を見て、その弱体化を肌で感じて行く。


 王家は「身内で争うのはよくない。討伐軍の派遣は慎重にせねばならない。決して出せないわけではない」と声明を発するが……各貴族の目は冷ややかだった。


 貴族たちはそれぞれ口々に、今回の件で話を盛り上げていた。


「もう王家とライラス領は力の差がないようだな。ツェペリア領の周辺領主たちが王とライラス領を天秤にかけた。だが王側に傾かないのだから」

「これはライラス領側につくことも、いずれは視野にいれなければ。強大化するライラス領と弱体化する王家、将来の期待値が違う」

「我がスクラプ領は今のツェペリア領を認めない! あの領地に軍を出さないのはライラス領と敵対したくないだけ! 我々は王家に忠義を尽くしている!」

 

 ツェペリア領の家内争いが、ライラス領と王家の権力争いへと広がっていくのだった。

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