第43話 昨日の味方は今日の相手


 ライラス辺境伯が俺の屋敷の応接間(食堂)で、椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる。


 彼女にゴーレムレンタルの商談に伺いたいと手紙を送ったところ、なんとツェペリア領に来てしまわれたのだ。


 普通に考えて俺達側が出向くべきなのに、なんでこの人はわざわざやってきたのだろうか……不気味だ。


 俺とミレスは横並びに椅子に座って、ライラス辺境伯と対面していた。


 ちなみに悲しい事実がある。この応接間の全ての家具何なら部屋いれての価値が、ライラス辺境伯の着ているドレス一着に負けている。


「み、ミレスと申します! ベギラの二人目の妻でツェペリア領の財務を担当してます……」

「ベギラからのお手紙で存じてますー。可愛らしいお嬢さんではないですかー」


 立ち上がって頭を下げるミレスに対して、ライラス辺境伯は笑って返す。


 ミレスは少し緊張しているが仕方ないだろう。なにせ相手はこの国でも最有力者だ。


 王家? もうライラス辺境伯の方がおそらく権力持ってるよ。


 ツェペリア領に王侯軍が派遣されないことがその証明だ。


 ライラス辺境伯の圧によって、周辺貴族が王家の命令を聞かなかったのだから。


「ツェペリア領主になって一ヵ月半ほどですかねー。具合はどうですかー?」

「ははは、色々と苦労しております」

「でしょうねー。お金が足りないのでしたら貸しますよー?」


 ライラス辺境伯はニコニコとこちらを見つめてくる。


 怖い、この笑みがめちゃくちゃ怖い。ここで借りをつくりたくはない。


「いえ、お金の無心はやめておきます。やはりツェペリア領を継いだ者として、最初から他頼りはよろしくないかと」

「あらあらー、私と貴方の仲ではないですかー。遠慮しなくてもー」

「プライドがありますゆえ。ところで……ライラス辺境伯にご足労願わなくても、こちらから向かいましたのに」


 本当に何でこの人はツェペリア領に来たのか。


 気になるのでストレートに聞いてみると、ライラス辺境伯は「ふふっ」と呟いた。


「ツェペリア領を一目見たかったのですー。しかし隣領とはいえ、リテーナ街からここまでたどり着くのは大変ですねー。象ゴーレムが頂けると助かるのですがー」

「ははは、あれは二頭しかいないので……簡単にはお譲りできないです」


 悲報、俺のライラス辺境伯への交渉手札。とっくの昔にバレていた。


 や、やりませんぞ!? 象ゴーレムは現状のツェペリア領において、唯一の価値ある担保となるのだ!


 なにせ長距離なら馬よりも速く走れる上にエサなども不要。


 頻繁に他領に挨拶に行く為政者なら、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。


 こんな貴重なモノ。簡単に手放したら詰むぞ、うちの領地!


 何としても品薄商法で価値を引き上げねば……俺なら簡単に造れる代物ではあるが、安売りする必要は皆無なはず!


「それは残念ですねー。ではベギラ、貴方がお話したい用件はなんでしょうか?」


 ライラス辺境伯は笑みを絶やさない。だがその目は明らかに俺を注意深く観察していた。


 ね、値踏みされている……! この交渉次第でツェペリア領の未来が少し変わりそうだぞ……!


「はい。実はツェペリア領では、ゴーレムレンタル……ゴーレムの貸し出し事業を行おうと思います。つきましてはライラス辺境伯には、その最初のお客様になって頂きたく」

「なるほど、売るのではなくて貸し出すのですねー。お得ですよねー」


 ライラス辺境伯はこともなげに言い放つ。


 お、俺が必死に考えたゴーレムレンタルの利点が、一瞬にして看破されるとは……。


「そうですねー、ちょうど人手が欲しかったところですねー。ライラス領の東に宿町などを作りたいのでー」


 ……俺がライラス領側で切り開いた森を、早速有効活用する気マンマンなようだ。


 ついでに言うなら砦を建てるのやめてるし……俺がツェペリア領を継いだことで、ライラス領と王家の盾になったからな……。


 あの森は王家陣営との境の位置ではなくなったので、軍事施設よりも町などの商業施設にすると……。 


 何だろう、俺って本当にこの人の都合の良いように転がされてるなぁ。


 俺もそのおかげでのしあがったので文句などないけど。


「ではゴーレムのレンタルはいかがですか? 単純な力仕事ならば容易にこなします!」

「そうですねー、借りることにしましょうかー。では五十体を半年ほどお借りしますー」

「……結構長い期間の割に数も多いですね」


 これは想定外だ。


 お試しだから一ヵ月で五体でー、とかにすると思ったのに。


 それでお近づきの印に無料で……とかの交渉していく予定だったのだが。


「ベギラの森の切り開きを見ればー、ゴーレムの性能に今さら疑いはありませんー。なら多く借りた方がへの宣伝になるでしょうー?」


 ライラス辺境伯を利用してゴーレムレンタルの宣伝作戦、完全にバレてる件について。


 俺の目論見も考えも全部看破されてる……やだこの人やっぱり怖い……。


 ライラス辺境伯は愉快そうに笑い続けている。この笑みはもはや凶器の類だと思う。


 むき出しの刃を見せつけられてる感じがしてきたぞ!? 私の剣はこれほど切れ味があるのです、と!


「ところでー、象ゴーレムのレンタルはやっていないのですかー?」

「今のところは難しいです。あれは特殊な作り方でして……」

「あらあらー、近いうちに譲っていただきたいものですねー」

「ははは」


 いかん、ライラス辺境伯は完全に象ゴーレムをロックオンしておられる。


 これ近いうちに奪われかねないぞ……まさかここまで執着するとは……。


「ライラス辺境伯。我が領としては貴領と親密な関係を結びたいと考えています。つきましてはお互いに連絡街道の整備を行いませんか? その方が馬の足も速くなり、連絡も滞りません」


 象ゴーレムから話を逸らすようにミレスが口を開く。


 た、助かった……グッジョブミレス!


「そうですねー。我が領とツェペリア領の密接な関係、それは私も望むところですー。ライラス領側のツェペリア領に続く街道は、速やかに整備することを約束しましょうー」

「ありがとうございます。ツェペリア領側はすでに完了しておりますので、よろしくお願いいたします」


 世間話などを交えつつ、更に議論は続いたのだった。


 そうして半日ほどで会談は終了して、ライラス辺境伯は屋敷に一泊してから去っていった。


 彼女が去ってからすぐ、俺とミレスは応接間で完全に脱力して椅子にもたれていた。


「な、なんとか終わった……予定通りだったのに勝った気がしない」

「ボクすごく疲れた……ライラス辺境伯、あんなに怖い方だったんだね……」


 ……この交渉での俺の目的は何だかんだで達成した。


 ゴーレムレンタルをライラス領に貸し付けられたし、借金などを作ることもなかった。


 なので俺からすれば完全勝利、のはずなのだが……むしろ完敗した気分だ。

 

「今後もあの人と渡り合わないとダメなんだね……」

「辛いです、敵が強大過ぎて辛いです。いや厳密には敵ではないけど……」


 なお後で判明したことなのだが。ライラス辺境伯が大量にゴーレムを借りていった理由は、工事の用途だけではなかったのだ。


 なんとゴーレムの性能テストを行っていたと。


 今後のツェペリア領の核であるゴーレムを徹底的に調べて、将来性を占っていたらしい……油断も隙もなさすぎる。


 更に言うならゴーレムたちを工事よりも、野盗退治などで重宝したらしい。



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申し訳ありません。

この作品を他サイトでも投稿をするため、カクヨムオンリーのタグを消しました。

ただやはりカクヨムを最優先で考えていますので、ここで最新話を一番早くあげるようにします。

(そもそも話数多いから転載しても時間かかるのもありますが)

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