第35話 ライラス辺境伯の悩み


 私が屋敷の執務室で仕事をしていると、メフィラスが部屋に駆け込んできました。


「お館様! ベギラから早馬、いえ早ゴーレムが来ました! こちら書状でございます!」


 メフィラスから手渡された書状を確認する。


 ふむふむ、どうやら万事滞りなく進んだようですねー。


「ベギラがツェペリア領を占領したみたいですー。民衆からも信頼を得て、予定通りに実効支配できるとー」

「おお、それはよかった。ベギラは少し詰めが甘いところがあるので心配でしたが」

「彼ならやってくれると信じてましたー。さて、ここからが大変ですねー」


 私は急いで机の引き出しから大量の手紙を取り出した。


 王族たちからすれば自分達が任じた準男爵を追い出されて、力ずくで領主を奪われたことになる。


 彼らの面子にかけて、諸侯に命じてツェペリア領に軍を差し向けるだろう。


 そうすればまたあの地を取り返されて、ベギラも捕らえられかねない。


 それでは困るのだ。このツェペリア領をきっかけにして、王家の信用は粉々に砕きたい。


「この手紙たちを各貴族に送ってくださいー」


 メフィラスに対して、机の上の手紙を全て送るように指示を出す。


 これらの手紙には以下の内容が記されている。


 ひとつ。ベギラはツェペリア家の四男であり、家の血をひいている。家を継ぐ正当性があること。


 ふたつ。ツェペリア準男爵であるミクズは、相当酷い統治をしていたこと。


 みっつ。ライラス領はツェペリア元準男爵に不当に攻められた。よってベギラが当主となることを歓迎する。


 よっつ。ベギラがツェペリア家当主になることに異を唱えるならば、ライラス領としては容認しかねる。


 この手紙を送ることで貴族たちが、王族の命令によって諸侯軍に参加することをけん制するのだ。


「事前に書いた手紙が無駄にならなくてよかったですー」

「承知しました。すぐに早馬を飛ばします」


 今や王家の力は弱体化して、このライラス領とほぼ拮抗。いやこちらの方が幾分強いとまで言われている。


 その状況で王族に唯々諾々と従って、私たちと敵対する貴族はそうそう出てこない。


 少なくともツェペリア領の近くの領地は、我がライラス領とも隣り合っているに等しい。


 そんな領主たちは私たちと争うのは容認できないだろう。


 彼らはこのライラス領と敵対しても勝ち目がない。なので必ず様子見の中立の立場をとる。


 近場の領主が協力しない以上は、諸侯軍がツェペリア領に攻め入ることもできない。


 遠くから軍を遠征させるには負担がかかりすぎる上、そもそも進軍経路がない。


「これで王家は面子を潰された上で、泣き寝入りするしかないですねー」

「もし王家もベギラがツェペリア家を継ぐことを認めたらどうされますか? 我らとの対立を嫌えばその選択をするやも……」

「それをさせないためにツェペリア元準男爵を逃がしたのですー」


 王家は面子を重要視する、国の支配には必要だからだ。


 だがその一方で損切りも考える程度のことはできる。


 進軍経路も戦力も用意できないならば、多少の面子の低下は諦めてベギラの統治を認める選択肢を取るだろう。


 ベギラはツェペリア家の息子である。もしミクズが死んでいれば、王家は家内争いの結果だから……とベギラをツェペリア準男爵にする。


 本来なら家内争いにしてはダメだ。家内争いはに行われること。


 前領主が亡くなった時などに、跡目争いで長男と次男が争って勝った方が……というのはよくある話。


 だがそれは後を継ぐ者が決まっていないからできること。王家が領主として任命した後では苦しい言い訳にはなる。


 だが文句を言ってくる者がいないのであれば通せるだろう。


 ミクズが死んでいれば「ベギラをツェペリア領主にする。領民のことを思って、領地が安定するのを優先するため」などで成り立つ言い訳だった。


 でもそれでは困る。王家にはベギラを認めない上で、かつ攻められなくて困って貰わなければ。


「なるほど、王家がツェペリア家の当主と認めたのはミクズ。彼が死んでいれば、文句を言う者もいないので王家もベギラを認められる。ですが生きている」

「はいー。ミクズは王家に散々要求するでしょうー。領地を取り戻して欲しい、と。そうすれば王家はその要求を無視するわけにはいきませんー」

「聞かなければ、他の貴族はこう考えますでしょうね。自分達がミクズと同じ立場になった時、見捨てられてしまうと」


 メフィラスの言葉にうなずく。


 ツェペリア元準男爵が生きているからこそ、王家はベギラに家を継がせられないことになる。


 王家が認めた領主が生きているのに、何故ベギラが無理やり奪って継ぐのを容認するのかと。


 そしてそのベギラの不当性を口うるさく叫ぶミクズがいる。


 王家から正式にツェペリア領統治を認められた男が、声高らかに領地の取り返しを要求するのだ。


 あの何も考えてなさそうな愚か者だ、アレは何も考えずに領地奪還を王家に訴え続けるだろう。


 何ならミクズが諸侯に手紙を飛ばしてくれるかもしれない。『王家の説得を手伝って欲しい』などの。


「必死に領地奪還を願う準男爵、それに対して王家は冷たい……貴族たちはどう思うでしょうねー」


 ミクズの訴えは当然ながら諸侯も知ることになる。そしてベギラが不当にツェペリア領を実効支配しているのも事実。


 この不当性と訴えを見逃せば諸侯の王家への信頼が揺らぐ。でも王家はツェペリア領に攻める術をもたない。


 つまり詰んでいる。どう足掻いても王家の威信がすり減る。


 もしミクズが死んでいれば文句を言う者がいなかった。


 なので王家も『ミクズの統治がうまくいっておらずー』などと言い訳して、ベギラのツェペリア領主の容認も選択肢にできただろう。


 王家の信頼はこれでも減るが許容範囲内だったはずだ。


 周辺貴族たちも、『前ツェペリア準男爵は実際酷かった上、訴える者がいないし……』と納得しただろう。


 だがミクズが王都に逃げた後に、王家が『統治がうまくいっておらずー』と言っても後だしの言い訳にしか聞こえない。


 もし統治がーと言うならば、ミクズがベギラに追い出される前から宣言しておかねばならない。


 趨勢が決してから王家の都合で、屁理屈で爵位を取り上げる……諸侯は納得しないか呆れかえる。


 もはや王家は他領地への裁定権をなくしてしまったのだと、ね。


「ミクズのことは最大限に利用ですー。彼に裏で支援してもよいですねー。王家はミクズに動かれたくないので活動資金を渡さない。なら私たちで彼のお手紙代を負担しましょうー」

「お館様の発想は恐ろしいですな。巻き込まれたベギラには少し同情します」

「何でですかー? 私は王家の威信を下げたい、ベギラは土地持ちの貴族になりたい。双方の願いを完璧に叶えていますー。同情なんてそんなー」


 まあ巻き込んだのは否定しませんが。


 それにベギラとしてもまだ足りないはずです。


 彼がハーレムを築きたい理由が、大義というのであれば今のツェペリア領では不足です。


 草しか生えない貧乏領地でハーレムを作りたくても、生活が苦しくて無理な話でしょう。


 貧乏なのに妻を増やせば周囲から白い目で見られます。それは彼の望むところではない。


「ベギラはもっと領地を発展させなければなりませんー。そのためには隣領である我がライラス領の協力が必要不可欠ですー」

「それは否定できませんが……お手柔らかにしてあげてください」


 メフィラスは深々と頭を下げてくる。


 どうやらベギラをかなり気に入っているようですねー。私も彼は嫌いではないのですがー。


「もちろんですー。その証拠に今も必死にベギラの妻を考えている所ですー……ちょうどよい人がいないのですがー……」

「見事に身分、年齢のどちらかがズレていますね」

 

 我がライラス家の親族には、ベギラの妻として相応しい少女がいない。


 今のベギラの妻には必須条件が多いのだ。


 まずは私とある程度近い親族の娘でなければならない。


 ベギラの正妻を我がライラス家の者にして、その子供をツェペリア家の次期当主にさせるためだ。


 そこまでは条件に合致する者はいるのだ。いるの、だが……。


「九歳で子供は産めますかねー……?」

「いくら何でも無理かと」


 ツェペリア家は現状、しっかりとした後継ぎがいない状態だ。


 もし現状でベギラが何かの事態で死ねば、ツェペリア家にミクズ復帰などという話になりかねない。


 なのでベギラに急いで子供をつくらせて、世継ぎを確保させる必要がある。


 その子を産ませる妻が問題だ。先ほど話した条件に合致する娘でなければならない……だがその娘はまだ九歳なのである。


 九歳で子供を産むのは……それよりもベギラの方が拒否しそうですが……。


「ポーションとかで何とか……」

「お館様、無理です。それをやらせるくらいなら、お館様がべギラと婚姻を結んだ方がいくらか現実的です」

「それも現時点ではあり得ませんねー。ツェペリア家とライラス家では規模が違いすぎます。当主である私が木っ端領地の貴族と婚姻すれば、ライラス家の威信が崩れ落ちます」

「ではどうするのですか? 嫁に出せるのは九歳だけですが」

「……ポーションで何とか」

「お館様、無理です」


 お父上が私の妹を作ってくださっていればー……大貴族にとって娘は大事な嫁入りですのにー……。

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