第34話 ツェペリア領、奪取!
俺の足元には無様に地面に倒れたゴミクズが転がっている。
ゴーレムリンチで無様に気絶しているのでついでに足蹴にしていた。
しかし計算外だ。ツェペリア占領作戦は二段構えのはずだった。
まず大量の土ゴーレムたちを目立つように正面から攻めさせて、ツェペリア領の全軍を迎撃に出させる。
ただしその軍に俺はいなかった。事前に象ゴーレム馬車で先を進んでいたのだ。
敵兵がツェペリア領からいなくなった隙に別動隊の俺がゴーレムを大量生産して、その兵力でツェペリア領の村を占領する予定だった。
そうすればゴミクズ軍は挟撃される形になって、士気が消えて壊滅すると踏んでいた。
だが実際は囮であるゴーレムだけで、ツェペリア領というかゴミクズ軍を全滅せしめた。
屋敷を包囲している間に、メイルがゴーレム軍引き連れてやって来たからな。
……ツェペリア領は腐っても一領地。その一軍相手にするのだ。
占領するにはもう少し難易度が高いと思ったが……あまりにも張り合いがなさすぎた。
「……ゴーレム相手でも、戦い方を考えればもう少しやりようはあっただろ」
せめてもう少し抵抗して欲しかった。ゴーレムは機動力がないのだから、先回りして落とし穴掘っておくとか色々戦い方はあっただろうに。
何故にゴーレムに正面からぶつかるのか……バカ正直から正直取ってるよなこのゴミクズ。
……しかしここまで弱いとなると、本当にツェペリア領はやばい状態にあったな。
もし東側の領地とかがツェペリア領に攻めて来てたらと思うとゾッとする。ロクな抵抗も出来ずに吸収されていただろう。
「ベギラやるじゃねぇか! 本当にこのゴミクズを倒すとはよぉ! おらおら! これまでの恨みを思い知れっ!」
トゥーン兄貴が倒れているゴミクズを、思いっきり蹴飛ばしまくる。
作戦を行う少し前に俺は家族と師匠に手紙を送っていた。
故にトゥーン兄貴は俺に呼応してやって来たのだ。
兄貴はゴミクズに殺されかけたからな……蹴飛ばすのは正当な権利だが……。
「トゥーン兄貴。悪いけどそいつ五体満足で逃がさないとダメなんだ」
「わかった。つまり五体満足であれば後は何してもよいってことだな! ハサミ取って来て毛という毛を全部消し去ってやる! それと肋骨は折っていいよな!」
トゥーン兄貴が元気そうで何よりです。
そんなことを考えていると、屋敷から二人の人影が出てくる。俺の父親と母親だ。
「……ベギラ、本当にミクズから全てを奪うのか」
「はい、こいつからは全てを奪います。今回は命令により逃がしますが、いずれは」
「「…………」」
父と母は複雑そうな表情を浮かべながら、倒れているゴミクズを見つめる。
おそらく育てるのに失敗したなど考えているのだろうか。でも安心して欲しい、貴方達には全く非はない。
全てはこのゴミクズが地球から転生して来たのが悪いのだ。
いや本当にこいつ酷すぎる。どれだけの人間を不幸にしているのか……!
「父上に母上、申し訳ありません。このゴミクズを助けることは無理です。すでにこいつはライラス領にまで攻め入った愚か者。許せばライラス辺境伯の怒りを買います」
「分かっている。そもそもライラス辺境伯がいなくても、お前が領主になるならばミクズを生かすわけがないことも」
「……ベギラ、領民が幸せになる統治をお願い」
父がため息をついて、母が悲しそうに俺を見てくる。
……俺もベギラの元の人格を上書きしてしまった。少し罪悪感はある。
あのゴミクズも俺も同じく転生者だ。だがあいつと俺が同じ立場だとは言いたくなかった。
転生してしまったのはどうしようもないのだから、せめてまともな息子になるべきだったのだ。
「ありがとうございます……それと真に申し上げにくいのですが……お二人には……」
「わかっている、私と妻はこの領に向かえばよいのだろう。このツェペリア領はお前に託した」
……父は俺の言いたいことを察してくれたらしい。
父はツェペリア領の前当主だ、今もなお領民への影響力はある。
これからツェペリア領は俺を中心に一丸となる必要があるが、現状では父の存在はその邪魔になりかねない。
なのでライラス辺境伯が引き取ってくださる、という態の一時的な人質だろうな。
あの人は決して甘くない。俺が彼女の下から離れるのに対して、首に紐をつけたがっている。
婚約の世話に関してもそのひとつ。まあこの紐は俺にとってもメリットは大きいが。
ライラス辺境伯としても俺との関係を簡単には切れなくなるからな。
何せライラス領が実質従属している俺を見捨てれば、他の同じ立場の貴族も守ってもらえないのではと離反しかねないからな。
とは言えいざとなればしっぽ切りはされるだろうが。
「ありがとうございます。ライラス辺境伯ならばきっと悪いようにはしません」
俺は父に頭を下げた。
さてと……後は領民の支持を集めるだけだな。まあ大量のゴーレムがいる以上、逆らう民はいないだろう。
領民たちは危険を察知して家に引き籠っているので、兵士を使って村の広場に呼び出せば……。
「しまった……ゴーレムに呼び出しは無理……っ! 俺しか出来ないじゃん!? 俺が律儀にひとりひとり家庭訪問!?」
「俺がやるよ。ツェペリア家当主のお前が、いちいち村中を呼びかけたら恰好つかないだろ。ついでに俺がお前の下についてる証明にもなる」
トゥーン兄貴がニヤリと笑って俺を見てくる。
彼は愉快そうに口端を引き上げた。
「これでツェペリア領から逃げ出せるぜ、ヒャッホー! 俺はこれからは自由に生きるんだ! 本当にお前は兄貴思いだなベギラ! わざわざこの領地を継いでくれるんだから!」
「……微妙に後悔し始めてるんでやめてください」
俺だって本来ならこんな土地継ぎたくなかったよ!
ライラス辺境伯の御膝もとで、今後の対王国最前線になるだろう場所!
でもあのクソ豚王が俺に領地くれないから! こうするしか土地持ちになれなかったんだ!
ハーレムには土地持ちが必須だから……やっぱりあのクソ豚王許せねぇ!
「じゃあ俺は最後の仕事として領民集めてくるから! 報酬は弾んでくれよ!」
トゥーン兄貴は走り去っていった。
最後の仕事というのは、彼はツェペリア領を去るのだろう。
……まあ俺が領主となるならば、兄貴がここに残っても立場が微妙だからな。
元々は俺よりもツェペリア家の継承権が高いので、誰かが担ぎ上げて神輿にすることを画策などもあり得る。
俺が兄貴の立場だとしても逃げる選択肢はアリだ。今のツェペリア領に大した価値なんてないし……。
「いやー……うちの家族、ゴミクズ以外は優秀だなぁ……。でもいずれは戻って来てもらおう」
俺としても領地経営するなら親族は欲しいからな!
重要なポジションを赤の他人には任せられないし! ましてや優秀な親族ならなお逃がしたくない!
ははは、兄貴たちも甘いようで。俺だけに押し付けて逃げるつもりだろうがそうはいかない!
統治が少し落ち着いたら絶対に連れ戻す! 束の間の自由を味わってくださいな……!
そんなことを考えているとメイルがこちらに駆け寄って来る。
「坊ちゃま。お家族との話は終わられたです?」
「そうだな、これで万事解決だ。後は領民を集めて俺に従うように命令するだけだ。彼らも逆らうことはない! 俺の天下だ!」
「そうですか……なら……もう坊ちゃまではないのですね」
メイルは少し悲しそうな顔をしてスカートのすそを掴むと、俺に深々と頭を下げてくる。
それはいつもの仲の良い間柄ではなく、壁を作られたような雰囲気だった。
「ベギラ様、おめでとうございますです。このメイル、これからは誠心誠意、一介のメイドとしてお仕えいたしますです」
「……何の冗談だ?」
一介のメイド? お前がそんなわけないだろ??
困惑する俺に対してメイルは寂しそうに微笑んでくる。
「冗談ではないです。もはやベギラ様はツェペリア家の当主です。今までのようにメイルと接されては、内外に示しがつかないです。これからは距離をお取りいただきますよう……」
ああ、なんだ。そんなことか。
メイルは随分と的外れな勘違いをしてるな……言わなくてもとっくに理解してると思ってた。
……急に距離取られたから嫌われたのかと思って泣きそうになったじゃん。
ゴーレムの進軍の指揮とらせたの、流石に無茶ぶりだったかと思った……。
「おーい、ベギラー。領民を全員広場に集めたぞー、ただしお前の師匠を除く!」
遠くからトゥーン兄貴の声が聞こえる。
流石は兄貴、結構仕事が早い。たぶん領民に伝言ゲーム式にして集めさせたのだろう。
この狭い村で、かつ全員が家に籠っているならばこの早さにも納得がいく。
では後は……この急にビックリすることを言い出したメイドに、少し意趣返しをしなければならない。
俺はメイルの手を掴んで広場の方へと歩き出した。
「ちょっ!? ベギラ様!? 離してくださいです! もうメイルとベギラ様では身分が……!」
俺は力ずくでメイルを引っ張っていき、広場にある木で作られた簡易なお立ち台の上に立った。
集まった民衆は百人くらいだろうか。そんな彼らを俺は見据えた後。
「我が名はベギラ! ツェペリア元準男爵であるミクズの圧政を聞きつけ、捨て置けぬと奴とその配下を追いだした者なり! これよりこの領地は俺が継ぐ!」
俺の宣言に対して、民衆はしばらく黙り込んだ後。
「お、おお、おおおおおおおお! あのミクズ様、いやミクズの圧政から解放されるんだ!」
「もうあの外から来た輩共にペコペコしなくていいのか!」
「ベギラ様最高!」
一斉に歓喜の叫びを繰り出した。
ゴミクズの圧政のおかげで、俺は民たちに物凄く歓迎されている。
そんな中で俺はメイルを無理やりお立ち台に立たせると、彼女を引き寄せて軽く抱きしめた。
「また俺はこのメイルと婚姻を結ぶ! これより先、メイルの言葉は俺の言葉だと心がけろ!」
「なっ……!?」
メイルは目を白黒させながら俺を見てくる。
だが民衆たちはそれには気づかないようで、更に大きく歓声をあげた。
「メイルってあのメイルちゃんか! 胸以外は大きくなって!」
「かーっ! あの時のガキ二人がこんなことになるとはなー!」
「めでてぇ! 酒が欲しい! ミクズに取り上げられてなきゃ飲んでたのに!」
ヨシ! これでもうメイルは俺の嫁で逃げられないぞ!
メイルは俺を責めるような視線を向けてくる。
「……坊ちゃま、メイルはなにひとつ聞いてないのです」
「もう言っちゃったからな! そもそもずっと一緒に暮らしておいて、今更俺から逃げられると思っているのか! 俺は生活力皆無だからメイドがいないと野垂れ死ぬぞ! どうだ参ったか!」
「いばっていうことではないのです……まったくもう、坊ちゃまにはメイルがいないと何もできないのですから……!」
メイルは泣きながら笑っていた。
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木の陰に隠れる者たちは忌々し気に、檀上に立つベギラとメイルを見ていた。
その者たちは緑のフードを被っていて、完全に周囲の木と自然に同化している。
広場にいる者は誰一人としてその存在に気づいていなかった。
「……計算外だ。すでにゴーレムの量産まで使いこなしているとは……! せっかくあの無能な人間に金を支援したのに無駄になったか」
「どうする? あのゴーレム使いの暗殺を狙うか?」
「いやもう遅い。すでにゴーレムの有用性が周囲に喧伝されてしまった。こうなると一人殺したことで、我々の存在を迂闊に出す方がマズイ……」
「つまりまた起こすのか? 人間の過ちを正し、探求心などという思い上がりを砕く焚書戦争を」
「かもしれん。ひとまず賢人会議に報告するしかない」
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