第36話 さらばリテーナ街


 俺達はツェペリア領を奪取した後、リテーナ街の自宅に戻って来ていた。


 領地のことはひとまずトゥーン兄貴に任せている。まあ現状でやることはほぼないが。


、庭に埋まっているゴーレムはどうするです?」

「廃棄処分……というわけにもいかないか。ライラス辺境伯の屋敷にプレゼントしよう。稼働限界までは働いてくれるはずだ」


 メイルが床を箒ではいている。


 どうやら婚姻したことで俺の呼び名は坊ちゃまではなくなったようだ。


 俺達は家の大掃除を行っていた。この家からは今日出て行くから立つ鳥跡を濁さず だ。


 俺がツェペリア領主になる以上、当然ながら現地に住む必要がある。領主はその土地の面倒を見る義務があるのだから。


 ……まあ酷い領主だと自分は王都に住んで、現地の代官に全て任せたりしているのもいるが。


 そうしてしばらく家の掃除をし終えた後、俺達はあいさつ回りに出向く。


 まずは冒険者ギルドに併設された酒場で、仲良くなった野郎共に対して俺が領主になったのとメイルとの婚姻を話す。


「俺はツェペリア領主になるからこの街を去る! どうだお前ら! 俺は土地持ち貴族になったぞ! しっかりと手柄を立ててな!」

「確かになったが実家を継ぐのはちょっとズルい」


 酒飲みどもは愉快そうに笑いだす。ぐぬぬ……!


「継いだんじゃなくて乗っ取ったんだ!」

「余計にズルい」

「畜生! 最後くらいほめろよ!」


 俺の魂の叫びに対して、酒飲みどもは高らかに笑い始めた。


「冗談だ。そもそもお前は戦争で活躍したからな、本来ならあの活躍で準男爵になれてもおかしくなかったんだ。お前はすごい!」

「しかもこんな美少女を嫁とかズルいぞ! 今日は祝いだ、俺達がおごってやるから飲め!」

「……す、すまん。実は今日中に挨拶終わらせて、この街を出ないとダメなんだ……!」

「そうかそりゃ残念だ。頑張ってツェペリア領発展させろよ! それで俺達も仕官させてくれよ!」


 俺とメイルは温かく見送られて、冒険者ギルドから出て行った。


 いくつかお世話になった場所に寄った後、次は果物露店のおばちゃんのところへ向かって別れの挨拶を告げると。


「ええっ!? あんたらまだ結婚してなかったのかい!? てっきりもうズッコンバッコンしてたもんだとばかりっ!」

「やめろ! 周囲の人がこっち見てるだろ!」

「あうう……恥ずかしいです……」


 メイルが顔を真っ赤にして俯いている。


 こ、このババアめ……少しばかり人生経験が豊富だからって……!


「あっはっは! どうせ子供を産んだやつは皆ヤッたんだなと思われることさね! ほれ、土産に果物やるよ! 頑張って貴族やるんだよ! ほらこれ馬車の中で食べな!」


 おばちゃんは果物がギッシリ入った籠を渡してくれる。


 何だかんだでこの人はお節介で優しい。


 そうしておばちゃんと別れを告げた後、最後に残るはミレスの店だけとなった。


 彼女の店の前に着いたところで、メイルが俺の方を意味深に見てくる。


「メイルは用事があるので、坊ちゃまだけでミレスちゃんに挨拶して欲しいです」

「用事? 俺も手伝うから、終わってから二人で挨拶を」

「ダメです! そうじゃないとまたと呼びますよ!」


 そう言い残すとメイルは走り去っていった。


 ……はぁ、ミレスには事前に家を出るのは伝えている。だが別れの挨拶となると……ちょっとしづらい。


 本当ならミレスをツェペリア領に来ないかと誘いたい。彼女は若くして店を経営する才女だ。


 ツェペリア領に来てくれればいくらでも仕事がある……それに彼女も俺に気を持ってくれている、と思う。俺の自意識過剰でなければ。


 だが彼女には病み上がりの父親がいるので、この店を放置してやって来ることは出来ない。


 俺としても彼女に父親を放って来いなんて、口が裂けても言えない。


 ツェペリア領に彼女の父親を連れて行くのも無理だ。


 もし彼に再び何かあった場合に困るのだ。我が領では低等級のポーションすらロクに手に入らない。


 つまり今から行うのは別れの挨拶だ。


 …………ええい! いつまでも店の前に突っ立っていても、何も変わらないだろうが!


 勢いよく店の扉を開いて中に入ると、いつものようにミレスが店番をしていた。


「べ、ベギラ……いらっしゃい……」


 ミレスは俺の姿を確認すると、暗い顔でこちらの様子を伺ってくる。


「お、おう。以前に伝えた通り、俺とメイルは今日でこの街を出る。それで……この鍵を返しに来た」


 俺はポケットから家の鍵を取り出す。


 ミレスは鍵を見て少し俯いた後に……無理やりのような引きつった笑みを浮かべた。


「う、うん! 今日まで借りてくれてありがとう! べ、ベギラたちが新天地に行っても……応援してる、から……」


 どんどんミレスの声がか細くなっていく。


 だが俺としてもどうしようもない。こればかりは……。


 ミレスは泣きそうな顔になりながらも、俺の差し出した鍵に手をゆっくりと伸ばす……。


 この鍵を受け取ればもうミレスへの用事は終わりだ。もう俺はここから去った方がよい。


 そして俺が彼女の手に鍵を渡そうとした瞬間だった。


「待って欲しい、その鍵は私が受け取ろう」


 店の二階から声が聞こえ、階段からゆっくりと男の人が降りて来た。


 この人は……ミレスの父親だ。以前にミレスがポーションを飲ませるところを見たから知っている。


「お、お父さん! まだ本調子じゃ……」

「私はもう万全だ! これでもまだ三十三だぞ! 人を老人みたいに扱うんじゃない!」


 急いで駆け寄るミレスに対して、ミレス父は元気そうに歩くフリをしている。


 よく見れば膝が少し震えていて明らかに本調子ではない。そりゃそうだ、ずっと起き上がれない難病だったのだ。


 そうそう完治はしないだろうが……そんな人は俺の前まで歩いてきて。


「ありがとう、ベギラ君。君のおかげで私は元気になった。何とお礼をすればよいか」

「いえ、お気になさらず」

「そうはいかない。借りたまま返さないのは商人の名折れだ。だがあいにくこの店には貯金がなくてね……ついては私の娘の身体で返したい」

「お、お父さん!?」


 か、身体……いや娼婦とかそっちの意味ではないだろう。


 事実、ミレスの父親もすごく真剣な顔で俺を睨んでいる。


「君は新しい領主になるのだろう? なら会計などを行う人物がいるはずだ。私の娘ならばそれができる」


 確かに彼の言う通りだ。


 ミレスがツェペリア領に来てくれたら俺も助かる。今の俺には人手が全く足りないのだから。


「お、お父さん! 私がベギラについていったら、店やお父さんが……!」

「大丈夫だ、この店は私が面倒を見る。私はまだまだ若いし心配するな。それにこれは物凄く大きな商売チャンスだぞ! 将来有望な準男爵の御用商人になれる機会! これを捨てるならお前は商人ではない!」

「そういう問題じゃ……!」


 なおも反論するミレスに対して、父親さんは彼女の頭にポンと手を置いた。


「お前は好きなようにしなさい……散々迷惑をかけたんだ、少しくらいは父親らしいことをさせてくれ」

「…………っ!」


 父親の言葉でミレスは泣き崩れてしまった。


 ……ここまで言われては、俺がミレスを連れて行かない理由はないな。


 俺は父親さんに鍵を手渡した後、空いた手をそのままミレスに差し出した。


「ミレス、俺にはお前が必要だ。ツェペリア領に来てくれないか?」

「…………はい。よろしく、お願い、しますっ! 不束者ですが……」


 ミレスは顔を真っ赤にして小さく呟きながら、俺の伸ばした手をそっと掴んだ。


 こうして俺はツェペリア家の会計係を手に入れたのだった。


 ……ところでこれは、ミレスもハーレムに加わったと見てよろしいかな? 


 雰囲気的にはよさそうなんだけど……もし俺の勘違いだったら痛々しすぎる。


 なおこの後すぐにわかるのだが彼女は俺のハーレムに入っていた。


 ちなみにミレスの父親さんの完全放置は怖いので、ライラス辺境伯にこの店のことをお願いした。


 なに、義父になる予定の人だからこれくらいお安い御用。


 というか廃棄処分予定だったゴーレムを渡す対価にしたから、安いところか無料だったのだが。


 ミレスの旅の準備が必要ということで、俺は冒険者ギルドに舞い戻って飲み狂って翌日の朝。


 俺たちはリテーナ街の正門前にいた。


 すでに象ゴーレム馬車の御者台に、三人並んで座っていた……少し狭い。


「あのー……どちらか後ろの荷車に乗っても……」

「御者台の方が景色が見えるもの」

「メイルの席はここなのです」


 ミレスもメイルも俺の横がよいそうだ。そんなこと言ってない? うるさい、俺の脳内ではそう変換されてる。


「よし! じゃあツェペリア領に向けて新たな一歩だ! 行くぞ!」

「「うん!」」


 象ゴーレム馬車が発射し、リテーナ街はどんどん離れて行く。


 さらばリテーナ街。これからはツェペリア領を発展させて、あの街にも負けない都会にしてやるからなっ!


 俺は更に象ゴーレム馬車を加速させて行くのだった。


 

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一章完結です。

なんか綺麗にしまったので完にしそうになりました。

なおこの作品を二章にするか三章にするかなどは悩み中です。

(真に申し訳ないのですが、自分は書籍化が夢のため人気次第のところも……もちろんしっかり終わらせるように心がけます)

また次話以降は一日一話にする予定です。


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