第29話 賭博ギルドをぶっ潰せ 前編


 もうすぐ日が暮れる頃、いつものように家で坊ちゃまの帰りを待つ。


 そろそろかなと思った時に家の扉が開いて、すごく機嫌よさそうな顔の坊ちゃまが帰って来た。


「坊ちゃま、お帰りなさいです」

「ただいま! なんとライラス辺境伯から提案があった! 俺がツェペリア家を乗っ取れるかも! 成功すれば俺は土地持ちの貴族だ!」

「それはよかったのです!」

「あれ? なんか思ったより驚かないな……」


 坊ちゃまはメイルの反応に少し不満そうです。


 でも実はメイルは……ライラス辺境伯から、詳細を聞き及んでいたのです。


 馬車で一緒に乗った時に彼女から教えてもらっていました。


「坊ちゃまがツェペリア家当主になったら、メイルはどうしましょうかです……」

「え? そんなの決まってるだろ? 俺についてきてメイドするんだよ」

「それは決定事項なのですね……まあいいです」


 坊ちゃまはいつものようにメイルに笑いかけてくれる。


 彼との二人暮らしの生活は、なんだかんだで楽しかったです。 


 ですが……坊ちゃまがツェペリア家当主になるならば、これはもう終わりになるです。


 そして坊ちゃまはあまり気にしていませんが、メイルは今後の身の振り方を考えなければなりません。


 ライラス辺境伯からも忠告されたのです。『貴女はベギラとどんな関係なのですかー? 今の関係はもう、彼が貴族となれば通用しませんよー』と。


 あのお方の言葉は間違いなく正しいです。


 この生活が成り立っているのはメイルと坊ちゃまが同じ立場だから。


 坊ちゃまが貴族となれば身分に差ができてしまう。


 今のような距離感で彼といるのは、土台無理な話なのです。


 そして坊ちゃまはメイルを、ハーレムに加えると言ったことはなかった。


 ミレスちゃんには初対面の一言目に、「君がほしい」とまで発した坊ちゃまがです。


 ……きっとメイルを、姉のような存在と見ているのです。妹なことはあり得ないです。メイルが姉です。


 たかが平民のメイドを姉と見ていては、貴族家の当主となったべギラ様の評判に傷がつきかねないです。


 それに傍から見ればメイルと坊ちゃまの関係は夫婦。実際は仲良く話してるだけでも。


 貴族の当主がメイドをお手つきの遊び相手に……と見られてよろしくないのです。


「メイル、ところで腹が減った。飯が欲しい」

「はいはい、すぐ用意するのです」


 元々、何となくで坊ちゃまと一緒にこの街に来て、流れで一緒に暮らしてましたが……もうすぐこの関係も終わりなのです。






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「ではベギラをツェペリア領主に据えるにあたってー、もう少し手柄を立てて欲しいのですー」


 俺がツェペリア領乗っ取り計画を承諾した後、ライラス辺境伯は可愛く手をパンと叩いた。


「手柄ですか?」

「はいー。英雄の凱旋となればー、ツェペリアの領民たちも喜びますしー。速攻でツェペリア領を実行支配してしまえば、王とて横やりを入れづらくなります」

「俺は以前の戦争で活躍しましたが……」

「少し足りないですねー。武力はアピールできていますので、次は貴方が清き者であるとアピールしましょうー」


 ……俺が清き者? ちょっと無理がある気がするなぁ……ハーレム作りたいって奴は不純だと思うが。


 しかも清き者アピールって何をすればいいんだろう。ボランティアで清掃活動?


 少し悩んでいるとライラス辺境伯の顔がすぐそばにあった。


「難しいことを考えなくて大丈夫ですー。貴方にはとある悪徳ギルドを潰して頂きたいのですー」

「悪徳ギルドですか?」

「そう、悪徳ギルドですー。派手に軍を率いて討伐してください―」






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 賭博ギルド本拠である賭博場。


 これ見よがしに建てられた豪華な木造建築物のギルド長室では、スキンヘッドの強面男が激怒して叫んでいた。


「くそっ! どうなってやがる!? この一ヵ月でギルド構成員が何人捕まった!?」

「じゅ、十三人です……借金の取り立て時を、狙われたかのように現行犯で……」


 執事服を着た男が返事をすると、スキンヘッドはさらに顔を歪ませる。


「おかしいだろ! 借金の取り立てだぞ!? そりゃ脅すし暴力も振るう! そんなのどの街でも当たり前だ! それに難癖つけるなんざ!」


 賭博ギルドのトップである男は、憲兵などのあまりの横暴さに怒り狂っていた。


 借金の取り立ての時に脅すのはこの世界では至って普通のこと。


 王国法では合法、ライラス領では法的にグレーゾーンではある。だが金に窮した者たちに対して、全く脅さずに金を徴収なんて不可能だ。


 脅しや多少の暴力を振るうことくらいは、賭博ギルド以外もやっている。例えば金貸しギルドの取り立て人も、ヤクザに近いことをしていた。


 この借金取立ては日本の法定速度みたいなものだろう。ライラス領では違法と定められてはいるが、厳守させると成り立たないので多少は見逃されていること。


 実際に恐怖で縛って無理やり徴収しなければ、借金した者が借りるだけ借りて返さないというのが横行する。


 元々金を返す余裕がなくて借金したから、残り僅かの歯磨き粉チューブみたいに無理に絞り出さなければ出ないのは道理だ。


 だがその取り立てにおいて、賭博ギルドの者だけが咎められて捕縛されてしまう。


 賭博ギルドに対して借金した者を脅せなければ、期限が過ぎても金を払わない。何なら逃げられる。


 かといって賭博ギルドの者が債務者を脅したら憲兵に捕縛される。そしてこれは違法だと何と借金無効にされてしまう。


 挙句には憲兵たちが連日賭博ギルドの火事場にやってきて、賭博で詐欺があるのではとか言いたい放題だ。


 当然ながら賭博である以上、勝つ客だっていて彼らには金を支払わなければならない。


 本来ならイカサマで客が儲からないように調整していたが、それも憲兵の見張りによって難しくなった。


 彼らがしているのはイカサマ前提で儲かるように仕組んだ博打だ。


 ズルできなければ勝つ客が増え始めて、負かした客からは金を回収できない。


 もはや賭博ギルドの金は底をつきかけている。


「いくら何でも無茶苦茶だ! ライラス辺境伯め! あの女狐め!」

「ど、どうしますか……このままだとうちは破産ですぜ!」

「……こうなりゃライラス領からは撤収するか。おそらくあの女狐は、俺らを滅ぼすつもりだ。その前に無理やりでも金を回収して、この国の東側だけを拠点にする!」

「へ、へい! すぐに各部に通達しやす!」


 執事の男が凄い勢いで部屋を出て行った。


 賭博ギルドの長は性根は腐っているが、それなりに頭がキレる人物ではある。


 ミレスの一件だけ見ても、彼女を襲った男たちに対してこんな会話があった。


『お前ら、金貨百枚絶対に返せ。返せないなら楽には殺さねぇ』

『ひ、ひぃっ!? で、ですが俺らには金が……なくて……』

『ないならどんな手段使ってでもつくれや! ちなみにこれは関係ない話なんだが……ミレスって商人の女がかなり貯め込んでるらしいな。お前らも知ってるだろう?』


 賭博ギルドはミレスのことを完全に把握していた。


 理由は簡単だ。彼女の店がよい立地だったので、地上げしようとしていたのだ。


 そのために借金させた者がミレスを襲撃するように誘導した。


 賭博ギルドからすれば男たちが襲撃に成功すれば得、失敗しても損ではない。


 男たちがミレスを強姦して殺せば店はおそらく売りに出されるので買い叩く。それに男たちは金貨百枚を奪ったはずなので取り立てることも可能だろう。


 襲撃に失敗して仮に金貨百枚が返ってこなくても、元々賭博で負けさせたことで得た借金。


 何かを売っているなどではない。なので賭博ギルドからすれば最悪借金が取り立てられなくても、そこまでの損は出ない算段だ。


 もちろん賭博ギルドはこの犯行には関わりがない。あくまで彼らはミレスが金を持っていると伝えただけに過ぎない。


 どう転んでも賭博ギルドの懐は痛まないという卑劣な策、のだった。


「はぁ……ライラス辺境伯め、あの女狐め。俺を怒らせたな? 俺達のバックには王族もついてるんだ! いずれ失脚させて俺が飼って……!」

「た、大変です!?」


 撤収する準備を命令されて部屋から出て行ったはずの執事が、飛び込むように入室して戻って来る。


 彼は物凄く慌てた様子で明らかに動転していた。


「なんだ! さっさと各街の支部に撤退を……!」

「そ、それが……ゴーレムがっ! 大量のゴーレムがこの本部を包囲していますっ!?」

「な、なんだとっ!?」

「兵たちが迎撃していますがっ……多勢に無勢です! このままでは勝ち目はありません!」


 執事の報告に対して、賭博ギルドの長は近くにあった机を力の限り蹴飛ばす。


 憤怒の形相を浮かべた後に、部屋の壁に立てかけてあったメイスを手に取った。


「くそがっ! 俺を舐めやがって! 俺は【撲殺剛力】と呼ばれたバルガス様だぞ! 騒ぎを聞きつけた盗賊ギルドが援軍を送って来るまで籠城する! ゴーレムなんぞ粉砕してやる!」


 バルガスは元有名な冒険者だった。


 その剛力で振るわれるメイスは魔物も人もひき肉にする。


 本来ならば冒険者に対人の依頼は来ないが、バルガスはその強さと凶悪さから特別に殺人の指名依頼が多く来ていた。


 ただし冒険者ギルドを通したものではなく非合法のものである。


 そうして人脈を広げた結果、以前の賭博ギルドの長に見初められた。バルガスは冒険者ギルドをやめて賭博ギルドへ。


 最終的に元賭博ギルド長を消してギルド長の後釜についたのだ。荒事にも当然慣れていて、かつそう簡単にあきらめる人物でもない。


「俺を舐めるなよ、小娘! 俺は自分の腕で成り上がった男だ! かかってきやがれ!」



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ゴーレムに包囲されるのは、普通の兵相手よりも恐ろしい。


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