第22話 男たちの末路


 ボクはベギラに助けられてから何となくずっと店にいた。


 メイルに顔を合わせる気にもなれず、ずーっと座り込んでいる間に朝が来てしまう。


 するとコンコンと扉をノックする音がする。


「……ベギラ?」

「賭博ギルドのものでございます。以前に金貸しは不要と仰っていましたが、今もお変わりないでしょうか?」


 外から聞こえるのはたまに店にやってくる男の声だ。


 この店とボクが娼館に入るのを担保にすれば、金貨百枚でも貸してくれると度々言ってきた。


「私としましても貴女の父親を助ける話に心を打たれておりまして、はい。もし力になれることがあればとはい」


 …………もういいかな、借りてしまっても。


 店を捨てるのも娼婦になるのもすごく嫌だけど、どうせお金は戻ってこないだろう。


 盗まれたお金が返って来るなんて、そんな甘い話があるわけないのだから。


「お金にお困りでしたら、扉を開けて頂きたいのですが……」


 ボクはゆっくりと立ち上がって扉の鍵を開けようとする。


 真面目にやっても無駄なのだから、どうせこうなるなら最初からしておけばよか……。


「ミレス、開けなくていいぞ! ゴーレム、そいつを扉から引きはがせ!」

「な、なんですかあなた方は!」


 外から声がする。よく聞いていた騒がしいけど、嫌いになれない声が。


 扉の小さな窓から覗くと、ベギラのゴーレムが賭博ギルドの人を片手でつまみあげていた。


「これは営業妨害だっ!」

「ふぅーん。こんな朝っぱらのミレスの店が開かれてるはずの時間に、金貸しがやってくるなんておかしくないか?」

「何が言いたい!」

「別にー? ただまあそうだな。俺の大切な友人を陥れるなら賭博ギルドだろうが何だろうが……潰すぞ。ゴーレム、放り投げろ」

「ひ、ひいっ!?」


 ベギラは初めて見るような怖い顔で、賭博ギルドの人を睨んでいる。


 対して賭博ギルドの人は投げられて尻もちついた後、一目散に逃げ出していった。


 そしてベギラは店の扉の近くに寄ってきたので、ボクは扉を開いた。


「べ、ベギラ……そのボクは」

「これ、取り返しておいたから。今日にポーション取りに行けるんだろ? 親父さんに飲ませるまで護衛してやるよ。あ、ちなみに袋が変わってるのはあいつらが捨てたからな」


 ベギラはボクに大きな袋をポンと渡してくる。


 中には金貨が大量に入っていた……おそらく金貨百枚あるのだろう。


「え、うそ。そんな……返って来るなんて」

「ミレスは真面目にやってきたからな。何だかんだで神様は見てくれてるものだよ……あれ、神様って言っていいんだっけ……迂闊に言うと宗教問題……?」


 信じられない、でも自分の持っている袋は本物で……。


「べ、ベギラぁ……ありがと……ありがと……」

「泣くな泣くな。せっかく目的が達成できるんだから笑っていこうぜ」

 

 思わず涙があふれてくるのを、ベギラが頭をなでて慰めてくれた。





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 俺はミレスを護衛してポーション購入を見守り、親父さんに飲ませるまでしっかりと確認した。


 これでもう盗まれることはないだろう。


 だがまだ俺にはやることが残されている。さてこの後が腕の見せ所だ!


 屋敷で鍛え上げたスキルを見せてやる時だ……行くぞ!


「メイルすまん! 金貨百枚……賭博で全部スッちまった!」

「ですぅ!?」


 俺は必死に頭をペコペコして、メイルに二無二謝ったのだった。


 そういえば憲兵に突き出したあいつら、どんな処刑方法になるんだろうか……。


 罪状を鑑みるとおそらく斬首辺りだとは思うが……後はライラス辺境伯次第かな。







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 ミレスを襲った男たちは、リテーナ街に連れ帰られた後に牢獄に投獄されていた。


 彼らは片足を失いながらも治療されて生きている。


「クソっ……あのイカレゴーレム野郎覚えていやがれ……! 絶対復讐してやる……!」

「あの商人女もだ! あいつが悲鳴をあげなきゃこんなことには!」


 強盗強姦殺人未遂、そこまでしておいて彼らは全く反省していなかった。


 むしろ自分達は被害者なのだと勝手な理屈を並び立てる。


「たぶん俺達は鉱山送りだろう。そこで逃げ出して再起を図るぞ」

「ああもちろんだ。鉱山奴隷なんかにされてたまるかよ」


 彼らは小声でボソボソと相談していく。


 そんな中で看守がやってきて牢の鍵を開いた。


「今から裁判だ。ついてこい」

「「はい!」」


 看守に連れられて階段を上って地上に上がり、牢獄に併設された建物の裁判部屋――法廷――にたどり着く。


 彼らが被告人の証人台に立たされる。そしてライラス辺境伯も入室してきて、裁判官用の席に座って男たちを正面から見据えた。


「ごきげんようー。貴方達の罪状は盗み入り、強姦、殺人未遂ですー。かなりの重罪ですが反省していますかー?」

「……はい! 反省しています! もう二度とやりません! なのでどうか寛大な処置をお願いいたします!」

「今後は心を入れ替えますので!」


 言葉などいくらでも偽れる。


 性根の腐った者はそうそう直るものではない。


 もちろん本当に心を入れ替える者もいる。だが裁判では反省したと言い放ち、出所したら再犯する者もやはり多い。


「そうですかー。その言葉に嘘偽りはありませんね? もし嘘と分かれば最も重い極刑としますが構いませんか?」

「「もちろんです!」」


 男たちは反省して落ち込んでいるような表情を浮かべる。


 それに対してライラス辺境伯はニコリと笑い返した。


「風よ、彼らの心の声を運べ」


 ライラス辺境伯が呪文を唱えると、閉め切っているはずの法廷に風が吹いた。


「反省なんてしてませーん! あのゴーレム使いも女商人も絶対許さねぇ! 今後こそ犯して殺してやる! ……なっ!?」

「あのゴーレム使いには妻もいるらしいから、そいつも襲ってやる! ……へ!?」


 男たちは心の声を暴露した後に、自分の口を必死に手でふさぐがもう遅い。


 これはライラス辺境伯の魔法。相手の心の声を無理やり引き出すことにより、嘘の類を許さない。

 

 つまりこの魔法で漏れた言葉は全て真実である。


「ま、待ってください!? 今のは違うんです!」

「そ、そうです! 俺達は反省していて……!」

「ちなみにですが、盗んだ金を全て返せば少しは罪が軽くなりますよー。苦しまないように死ねるかもですー」


 ライラス辺境伯は淡々と公正な裁判の続きを行っていく。


 彼女は辺境伯なだけあって、人を死刑にする権利も与えられている。


 そもそも彼女は本来ならまともな裁判など開かなくても、最初から処刑にしてもよかった。


 罪状的に処刑は明らかだ。それにライラス辺境伯にとって時間は貴重、こんな輩に費やすのは無駄に等しい。


 それをわざわざちゃんとやっているのは、ベギラの金貨百枚を取り返せないかという理由だった。


「と、賭博ギルドに全額取り立てられまして……!」

「返せないということですね」

「か、返すつもりはあるんです! でも賭博ギルドが……」

「返事になっていません。これ以上の問答は無用ですね」


 ライラス辺境伯はハンマーを叩いて判決を下す。


「では裁判の結果を言い渡します。貴方達は三日後に街の広場で、絞首刑にて公開処刑します。ではこれで裁判は終了です」

「ま、待ってください!? お慈悲を!」


 部屋から退出しようとするライラス辺境伯に対して、男たちはなおも食い下がろうとする。


 ライラス辺境伯はそんな彼らに対して、底冷えするような視線を向けた。


「……貴方達なんかを解き放ったらまた罪を犯す。何故反省もしていない罪人のために、罪のない人を危険にさらさねばならないのですか。レーリア国の法に基づいても処刑が妥当です」

「あ、あ……」


 打ちひしがれる男たちに対して、ライラス辺境伯は更に追い打ちをかける。


「そもそも反省しているなら『今後は心を入れ替える』なんて言葉は出ないですー。貴方達の罪状は、どう考えても処刑に値しますー……反省しているなら甘んじて受けるのでは?」

「お、お慈悲を……! どうか……!」

「なるべく当日は盛り上げてくださいねー。貴方達の処刑で得る利益の一部は、被害者への救済にあてますのでー。反省してるならせめてできることを、ですー」


 そう言い残して今度こそライラス辺境伯は退室する。


 処刑はこの世界における娯楽の一部だった。大勢の人が広場に詰めかけて見物するほどのだ。


 人が多く集まるということは経済が回る。処刑場近くの建物が貸し出せたり、屋台などが儲かると街の活性化にも繋がる。


 更には街のガス抜きにもなるので、正当な処刑ならば殺らない理由がない。


 だからこそベギラはこの男たちを殺さなかったのだ。捕縛した方が支払われる謝礼金が遥かに多くなるから。


 そこに男たちへの慈悲や同情など皆無。ベギラは純粋にミレスが最も恩恵を受けるように行動したに過ぎない。


 男たちは判決通りに三日後、公開処刑として広場に連行された。


 広場に集まった民衆に野次られて石を投げられ、最終的に縛り首にされたのだった。


 ライラス辺境伯は馬車の中でその様子を見物していた。


「賭博ギルドですかー、いずれ消した方がよいかもしれませんねー。ベギラも嫌ってるようですしー、たかが悪徳ギルドひとつ潰して、彼の信用が稼げるならお得ですからー」

「ではすぐに手配をいたしますか?」


 メフィラスはワインをグラスに注ぎながら、ライラス辺境伯へと質問する。


 だが彼女は首を小さく横に振った。


「いえー。今回の件は賭博ギルドもうまく偽装していますのでー、もう少し決定的な証拠を出すまで待ちましょうー。ミレスさんでしたか? 彼女の店にはこっそりと護衛を置いてください」

「承知いたしました、お館様」

「大義は必要ですからねー。まあいざとなれば義を無視して潰しますが。賭博ギルドが存続すればベギラの不評を買う以上、残す意味はありません」

「念のため確認いたします。賭博ギルドが尻尾を出さなければ?」


 ライラス辺境伯はメフィラスからワイングラスを受け取り、ゆっくりと口つけた。


 その後にすごく可愛げな微笑みを浮かべる。


「尾を出さなければ引っ張って、無理やりにでも出させなさい。くだらない小組織に必要以上の手間をかけるのは無意味です」

「賭博ギルドの長は【撲殺剛力】のバルガスです。迂闊に戦えば我が方にも被害が」

「ではー、潰す時はなるべく被害が出ないようにしてくださいー。それと賭博ギルドは最大限利用してくださいー。鶏肉は骨まで出汁を取れますからー」



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ベギラもすごく頼りになる人に目をつけられましたね(

ところでざまぁ回のはずが、ライラス辺境伯で塗りつぶされてるような……。

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