第21話 成敗


「チッ。あのいかれゴーレム野郎のせいで、あの商人女を犯れなかった……くそ。犯って殺せばバレずにゆったり移動できたのによ!」

「しゃーねぇよ。当初の目的の金は奪えたんだからよしとしようぜ。他の街でまた襲えばいいんだから」


 ミレスを襲撃した男たちは、馬のスピードを少し緩めて話し合っていた。


 流石に馬を常に全速力で走らせるのは難しい。街から距離を取れたことで安心して、今後をどうするかを相談している。


「しかしあのゴーレム野郎、まじで正門の前で待ち構えてたな……執念深すぎるだろ」

「何となく嫌な予感がして、門開く瞬間狙ってよかったな」


 彼らは門が開いた時に外に逃げるつもりで近場で待機していた。


 ベギラが変わり者と有名なせいで彼らを警戒させてしまったのだ。そして見事に不意のタイミングをつかれた。


「さあこのまま走り続けようぜ。念のためにリテーナの隣のもうひとつ隣の町に行くか。そこならあのいかれ野郎も追いかけてこないだろ」

「そうだな……うん? なんか後ろから妙な音……が……」

「…………は?」


 ドドドドドと地響きのような音がして、二人の男は後ろを振り返って固まる。 


 彼らの視線の先には巨大な土の象が、馬の倍ほどの速度で街道を爆走していた。


 もはや大型の魔物にしか見えない怪物に、彼らは一瞬正気を失った後。


「な、なんだあの化け物!? こっち来るぞ!?」

「に、逃げろっ!? おら馬はやく走れっ!?」


 彼らは急いで手綱を振るって馬を走らせようとするが……。


「ひひぃん!?!?」

「「ぐわぁ!?」」


 馬も象ゴーレムに驚いて立ち上がっていなないた。その拍子に男たちは地面に振り落とされてしまう。


 そして馬たちはこんなお荷物など知らぬとばかりに、急いで逃げだしていく。


「ま、待てっ!?」

「主人を置いていくんじゃねぇ!?」


 男たちは地面に転がりながら悲鳴をあげるが、馬耳東風とばかりに去っていく馬。


 そんな彼らに象ゴーレムが突っ込んできて、目の前ですさまじい音を立てながら立ち止まった。


「ひ、ひいっ!? 来るな化け物!?」

「なんだこの魔物みたことねぇぞ!?」


 男たちは恐怖のあまりか腰を抜かして立ち上がれずに、必死に地面をほふくしながら逃げようとする。


「逃げるなよ。人を襲っておいて、自分達が襲われる立場になったらそれかよ」


 そんな彼らに対して、象の背中から声がかけられたのだった。







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 俺は象ゴーレムの背中から強盗共を必死に見下していた。


 ……いやいくら何でもこのゴーレム速すぎる。時速80kmくらい出てたのでは……高速道路で走る車かよ。


 ゴーレムコアを暴走させることで、一時的に性能を上げられることは知っていたし試したこともある。


 ただあの時は人サイズで二足歩行のゴーレムかつ、魔力も必要最低限しか込めていないゴーレムコアで試したのだ。スピードも人が全力疾走するくらいしか出なかった。


 だがこの象ゴーレムは以前のとは条件が違いすぎた。


 先日発見した普通よりも過剰に魔力を込めたコア。旅に出てから練習した四足の巨大な象型ボディ。


 更にコアを暴走させると初めてづくしだったのだが……いやこれダメだ。


 危うく振り落とされて死ぬところだった……もうゴーレムに捕まるというか張り付いて、何なら土の身体なので少し潜ってたくらいだ。


 正直泣きそう。普通に使えないこれ。


「て、てめぇ!? イカれゴーレム野郎!?」

「人をイカれとは失礼な!」

「こんな意味不明なゴーレムで、馬より速く走らせる奴がイカれてなくて何なんだよ!?」

「微妙に否定しづらいこと言うな! それよりお前ら、さっさと金はどこだ! 出せ! 出さないならどうなるか……!」


 俺は未だに腰をぬかしている奴らに対して宣言する。


 ミレスを強姦しようとしたのは絶対許さないが、それはそれとしてまずは金を取り返さなければならない。


 俺がやるべきことは復讐ではなく、ポーション代を取り戻すことだ。


 だが男たちは下卑た笑みをこちらに浮かべて来た。


「へ、へへっ……もう金はねぇ! ないものは返せねぇ! 俺達捕縛して兵士に差し出しな!」


 ……は? そんなバカなことがあるか。


 こいつらが自由に動けたのは、ミレスの店から逃げてからだ。


 つまり夜の八時ごろから、朝になるまでの間のみ。


 あの短い時間、しかも夜で金貨百枚もの大金を全部使えるわけがないだろ!


「嘘をつくんじゃない。つまらないこと言うなら踏み潰すぞ! ゴーレム!」


 象ゴーレムが右の前足を浮かせて男たちの頭上の止めた。


 このまま踏み降ろせばこいつらは死ぬだろう。


 流石のバカ共も危機を感じたようで、先ほどに比べて焦ったような態度になる。


「ひ、ひいっ!? 待て! 本当にないんだ!」

「くだらない嘘を言うな! 金貨百枚だぞ! 代わりに買った物があるならそれを出せ!」

「ないんだよ! 俺ら借金抱えてたからそれの返済にほぼ全部使った! 残りはさっきの馬だ……!」

「くだらない嘘を……! ゴーレム、もっと足を近づけろ!」


 ゴーレムは更に男たちに浮かせた足を、奴らの頭に触れる直前まで近づける。


 男たちの息をのむ声が聞こえるが……。


「本当なんだよぉ!」

「まだ言うか! ゴーレム、そいつらの足を潰してやれ!」


 ゴーレムは男たちの足と片方ずつ踏みつぶした。


 こいつらは俺が子供みたいなものだと舐めている可能性もある。


 かなり脅して脅しまくらなければ、本当のことなど喋るはずがない!


「ぎ、ぎああああやややああぁぁ!? やめてくれっ! 本当だっ! 本当にないんだっ! 嘘じゃねぇよ! 疑うなら賭博ギルドの長に聞いてくれぇ!」


 男たちは片足を潰されてなお、金のありかを言わない……まじかよ。


 こんな小悪党がここまでやって嘘つくとは思えない。まじか……まじで全額使ったのかこいつら……?


 最悪だ、最悪すぎる。賭博ギルドの長にこのことを言ったとしても、金は絶対に返ってこない。返すわけがない。


 あいつらヤクザみたいなものだし、今回の場合は法で考えても賭博ギルドと争っても勝てない。


 法では盗まれた金だから返せは認めていない。それが通用してしまったらマズイのだ。


 例えば二人が結託すればいくらでも悪用できる。片方が相方の金を盗んで商品買って、もう片方が店に金返せと言えてしまう。


 つまりミレスの金を取り返す手段がない。


 ……何となくきな臭い気がする。だが今の俺には賭博ギルドを何とかする術を持たない。


「どうするかな……」


 思わずブツブツと考え込んでいると、男のひとりが何か瞬時に腰に手をやった。


「隙あり、死ねぇ!」


 掛け声と共にその男は腰につけたナイフを手に取り、俺に対して投てきしてくる。


 だが象ゴーレムの長鼻が動いてそのナイフを弾き飛ばした。


 男たちは間の抜けた顔をし始める。


「……はっ? そんなのあり……?」

「…………」


 俺が無言でゴミ共を見据えると、奴らは更に狼狽する。


「や、やめろっ! 助けてくれ! 俺達も賭博ギルドに殺されるところだったんだ! 借金返さないと! 仕方なかったんだ! ほら商人娘の死にかけの父親より、元気な俺らが助かった方が!」

「そうそうそれにこっちは二人だ! 一人助かるより二人助かる方がいいだろ!? 子供でも分かる計算で……!」


 茫然としながらも命乞いをする愚か者たち。


 こいつら混乱して自分が何を言ってるかも分かってないのだろうか。


 お前らがしているのは命乞いではない、乞いだ。


「…………お前ら、本当に救いようがないな。ゴーレム、俺を降ろせ」


 象ゴーレムにしゃがむのを命じてから俺は地面に足を付けた。


 そして男たちに背を向けて離れて行く。ゴーレムは男たちのそばにしゃがませたままだ。


「な、なんだ……? 見逃してくれるのか!」

 

 勘違いしているバカどもの声が聞こえる。見逃すわけないだろ、普通にお前ら捕縛して金にするわ。


 まだあいつらは気づいていないのだ。象ゴーレムが異常なほど真っ赤になっていることに。


「いいことを教えてやろう。その象ゴーレムは限界を超えて走らせた。なので……もうすぐ爆発する」

「「……は?」」


 背を向けているので奴らの顔は見れないが、きっと間の抜けた馬鹿面をしているのだろう。


 コアを暴走させた以上、デメリットがないはずがない。元々想定していない過剰魔力を生み出した結果、コアは耐えられずに爆発するのだ。


 核爆発というやつだな、違うか。


 象ゴーレムが蒸気を上げ始めているようで、プスプスといった音が聞こえ始めた。


「ま、待ってくれ!? 許してくれ!? 仕方なかったんだ!」

「俺ら殺されるところだったんだ!」


 ……仕方なかった? 


 働かずにひたすら飲んだくれてあげくに賭博で借金!


 それで真面目に働いていたミレスの金を奪って、しかも強姦までしようとして……どうせ口止めに殺そうともしただろう。


 それで出る言葉が仕方ないか……こいつらここで殺して…いや落ち着け。


「そうだな、仕方ないな。ならゴーレムが爆発するのも仕方ない。さっさと逃げれば?」

「あ、足が折れてるんだぞ!?」

「そうだな。それなら……逃げられなくて死んでもな。最後だ、金のありかを話せ」

「ほ、本当に払っちまったんだ! や、やめろっ……やめろぉ!」


 やめても何も。元からゴーレムの爆発は俺にもどうにもならない。


 そうして後ろから爆音が発生するのだった。


 振り向いて状況を確認すると、男二人が土砂に飲み込まれている。


 ゴーレムコアの爆発自体は別に爆風など出さない。純粋にゴーレムを構成していたものがはじけ飛ぶのだ。


 今回の場合は土の散弾が男たちに襲い掛かった。


 ただまあ……こいつらまだ生きてるけどな。鉄ゴーレムとかなら飛び散った破片で殺せるかもだが、土ではな。


 こいつらはここでは殺せない。街まで連れて帰るのだ。


 ライラス辺境伯に対して、を確約してもらった上で引き渡して褒賞金をもらう。


 別に「人殺しをしたくないー」、とか「法律で裁くべきー」とかそんな綺麗ごとを抜かしているのではない。


 俺は戦争でもアイガーク兵を殺してるし、こんな奴らを生かしておいた方が問題だ。


 では何故殺さないのか、答えは簡単だ。


 死体よりも生け捕りにして、犯罪者として差し出した方ががもらえるのだ。


 生きてる方が金が増える理由? 色々と利用価値があるから。


 本来ならここで殺したいところだが、それで得られるのは俺の満足感だけ。ミレスのポーション代は一銭たりとも返ってこない。


 こいつらを少しでも金にしなければならないのだ。それさえなければ綺麗サッパリこの場で殺るのだが。


 ……こいつらはここまで脅しても金貨のありかを言わなかった。


 つまり先ほど言っていた借金の返済に使ったというのは、ほぼ間違いなく本当なのだろう。


「さてと……どうしようかね、金貨百枚。……いや迷うまでもないか」




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生かして差し出した方が有効活用できますよね。

ちなみにこれは関係ない話なのですが、中世の人にとって処刑はエンタメだったらしいですよ。

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